私たちの高校は、指定校推薦という制度があった。
慶應、上智、中央、立教、などの大学の特定の学部に枠を持っていた。
私は、彼女と高校二年生の時に仲良くなった。
彼女と私は、全く違う部類の女子高生だったが、合唱練習のときに隣になり、その日から会話を交わすようになった。
彼女はよく笑った。私は嬉しかった。
自分の自由な発言が許されているような気持ちになった。
彼女は、今、唯一の高校からの親友といえる。今でも大好き。
高校生の時の私は、いわゆる「お勉強」をしなかった。
テストの成績は望ましくなかった。
対照的に彼女は、驚異的だった。
高校3年間通じて、学年一位の成績をとり続けた。
彼女の好きな教科は国語だった。
羅生門や源氏物語を習った日の帰り道、登場人物に陶酔していた彼女をよく覚えている。
もちろん、卒業後の進路はひらけていた。
彼女は、上智大学に進学するものと思っていた。
上智大学では、文学部の推薦枠があったから。
(そう、少し厄介なのが、「指定校推薦」といっても、全ての学部から選択できる訳ではなく、我々の高校と提携していたのは限られた学部のみ。)
でも、彼女が選んだのは、慶應の商学部だった。
そこでは、会計、経済、経営などを学ぶが、彼女の志向とは全くズレている領域だった。
そう、彼女は、自分の興味よりも、親の期待や社会の評価から進路を選んだのだ。
私は、今まで10年以上、彼女を見てきた。
振り返るとあの時の選択が、今の彼女を作っているのではと思う。
就職活動では、全く興味のない車産業へ行ってしまった。
いわゆる日本の高度経済成長を支えた、一流企業だ。
今では、彼女は、生活のための仕事をして、心を埋没している。
何が言いたいかというと、自分の内部から湧き上がる欲求や関心を無視することの弊害は大きいということ。
自戒。
(そして、彼女は今でも大切な一人の親友です。)