朝起きた。

同時に感じる空気の新鮮さ、外へ出たら一歩先に広がる稲作風景、私は岡山県吉備中央町にあるおばあちゃんちにいた。

 

世間では連日、新型コロナのニュースで溢れんばかり。

「緊急事態宣言の解除はいつか?」が論点だ。

 

新型コロナのニュースを見ることのない日が早く来て欲しい、

という私の願いとは遠い現実。

 

 

数週間が経ち、ついに全国で緊急事態宣言が解除された。

私は、今いる岡山の田舎から東京へ帰ろうと思った。

 

手元には、読み始めた「深夜特急」(沢木耕太郎氏著)。面白くて仕方なかった。

インドからイギリスまでバスで旅する。

 

「誰にでも可能で、しかしおよそ酔狂なやつでしかしそうにない旅」

これは、面白すぎる。3頁に一回はクスッと笑ってしまうような、著者の文章力に魅了されていた。

 

 

 

さて、私は東京に帰ろうとしていた。

いつも利用している飛行機は当面運行休止。普段の私であれば新幹線で帰るという選択肢を取っただろう。

でも、2ヶ月前に、肌荒れを理由に仕事を辞めた私の予定表には、誰かと会う約束もなければ、仕事の締め切り日などあるはずない。

 

私は、鈍行列車で東京まで帰るとした。

 

鈍行列車は、遅くて、不便で、嫌われがち。

でもさ、みんな知らないんだよ、

 

不便さの中にあるロマンの味。

 

鈍行列車って、登山に少し似てると思う。

「登山の何が面白いんですか?」よく聞かれる。

ただ山を登って降りる行為のために、朝5時に起きて、2時間電車に揺られて、休日の一日を登山に捧げることは、大半の人にとって理解し難いのだろう。

 

 

 

山を登って降りるという行為には、その過程に意味があって、楽しみがある。

 

登りながら一人で人生について考えたり、

景色の移ろいに心が動かされて、

山小屋で出会う人々の暖かさに触れる。

 

無心でただただ足を山頂に向かって一歩一歩踏み出している時もある。

好き。

 

 

ロープウェーを使えば、ものの10分で山頂まで到達できるかもしれないんだけど、そこにストーリーの芽は生まれにくい。

それを小説にしようとしたら3行で終わっちゃうんじゃないのかな。

 

時間の効率から得られることってもちろんあるけど、時間の非効率から得られることも人生にはたくさんあるんだよ。

 

 

そんなことをホームで考えてるうちに、岡山の備中高梁駅に私が乗ろうとする普通列車が到着した。さて、どんな旅になるのだろう。