津波跡地を巡る60時間の旅③~野蒜震災記念館 | 100回行こう、ヨーロッパ 

100回行こう、ヨーロッパ 

.
  100 回行こう! と勢いはよくても、実際の訪欧はまだ約40回。欧州その他への
  これまでの 100 回超の海外旅行で 体験したことや、思ったこと ・ 感じたことを
  つれづれに記してみる。  【タイトル背景はプラハ】

6月27日(日):前半

朝食を済ませ 松島へ行くことに。仙台からJRで40分、列車は海に近い所を走っていく。塩釜を通過する際は 湾がすぐ近くに見え、あ~ ここへは前に来たことあるなぁと懐かしむ。

沿線の見知らぬ地でも、ここの入り江は (津波が来たら)危ないなぁと思うような集落には 高い防波堤が岸辺に沿って張り巡らされている。アツモノに懲りて・・ ではないだろうが、味気ない景観である。

 

松島駅で降りて海岸まで出ると、すぐ 「遊覧船どうですか~」 と客引きが近づいてくる。海岸から見ても小島がいっぱいあって 風光明媚だと思うが、改めて船上からも観てみたいとは思わない。芭蕉ゆかりの五大堂や雄島などを観て それなりに良かったが、長居する気はなかった。

 

次に東松島市にある野蒜 (ノビル) 震災記念館まで足を延ばすことにした。ここは津波に遭ったJR駅舎を記念館に転用したもので、旧野蒜駅のホームや線路を被災当時の姿で留めている。

駅がこんなとこにあるんじゃカナわんと思ってか、今は山の方へ路線ごと移ってしまい、この記念館へは新駅から10数分歩くことになる。津波の状況をパネルと映像で伝えるが、映像を見ていると 今でも当時のことが鮮明に思い出される。

 

記念館周辺は公園として整備されているが、それでもぽつんぽつんと新しい家も建ち始めている。敷地をググっとかさ上げしているのが涙ぐましい。

 

100年前の松島・五大堂 (宮城県立美術館で)

 

旧野蒜駅を活用した震災記念館           もう津波が来ても大丈夫 (かな?)   記念館近くで