100回行こう、ヨーロッパ 

100回行こう、ヨーロッパ 

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  100 回行こう! と勢いはよくても、実際の訪欧はまだ40回余。欧州その他への
  これまでの 100 回超の海外旅行で 体験したことや、思ったこと・感じたことを
  つれづれに記してみる。  【タイトル背景はプラハ】

「この暑さ」をテーマにブログを書いた。それをA Iに校正してもらったのが 次の文である。そして下掲が 私の書いた当初の文である。

 

梅雨明けと同時に、容赦ない暑さがやってきた。

タイミングが悪いことに、今日は歯医者の予約日だ。
かつての相棒(自転車)が謎の失踪を遂げて以来、私は徒歩で通っている。
片道30分とはいえ、この炎天下では命がけのディスタンスだ。

 

汗臭い体で診察台に上がるのは忍びないと、出がけにわざわざ着替えてみる。しかし、クリニックに到着した頃には元の木阿弥、すっかり汗だくである。

不幸中の幸いは、ルートの半分が地下街とアーケード街であること。
店舗から漏れ出す冷気に出会う瞬間は、まさに天国の一言に尽きる。

 

しかし、一般道に出ると過酷な現実が待っている。
汗を滴らせて歩く私の横を、窓を閉め切った快適そうな乗用車が走り抜けていく。
思わず心の中で「今 歩かないと、将来歩行困難になるぞ」と毒づいてみるが、声が届くわけもない。ただの弱者の遠吠えである。

 

治療を終えた帰り道、この酷暑の中で働く人々が目に入った。
ビルの取り壊し現場も大変そうだが、その横で頼りない手振りをしている年配の警備員さんに目が留まる。一歩違えばあれは我が身。どうにも同情を禁じ得ない。

 

命からがら帰宅し、服を脱いで即座に洗濯機を回す。
洗い終えた服をエアコン室外機の吹き出し口に干しておけば、あっという間に乾いてしまう。
これくらいの恩恵でもなければ、やっていられない猛暑の一日だった。

 

      ~ ~ xx ~ ~ xx ~ ~ xx ~ ~ xx ~ ~ xx ~ ~ xx ~ ~

 

猛暑の季節

梅雨が明けて一挙に暑くなった。そんな中 今日は歯医者通いだ。前は自転車で通っていたのが、その自転車がなくなり(盗られた? 撤去された?)、仕方なく今は歩いて通っている。

片道30分とはいえ, 炎天下の30分は辛い。汗で臭くなった体では歯医者に迷惑になると思って、出かける前に身ぐるみ着替えて出かけるが、クリニックに着いたら元の木阿弥、汗びっしょりである。

 

道のりの半分が地下街とアーケード通りになっているのは まだ救いである。地下街で店舗から冷えた空気が漏れてくるのは、天国気分である。半面 一般道で汗を垂らして歩くのを尻目に 窓を閉め切った乗用車が走り抜けていくのに、思わず「歩かんかったら、将来 歩行困難者になるんやぞ」と憎まれ口叩いても そんな声は届くハズなく、ただの弱者の遠吠えでしかない。

 

治療を終え、また歩いて帰ることになるが、そんな道中でも 暑い中を普通に働いてる人を目にする。ビルの取り壊し作業をしている人も大変だが、その横で年寄りの警備員が頼りない手振りで歩行者を誘導しているのを見ると、ひとつ違ってたら あれが我が姿と思えて、同情を禁じえない。

家に帰り着いたら服を脱いで すぐ洗濯する。それをエアコン(室外機)の吹出し口にぶら下げておいたら すぐに乾く。猛暑の数少ない恩恵だ。

 

 

・旅行中は毎日 1~1.5万歩を歩いた。それも石畳とか森の土道など。タリンではオレフ教会の258段の石段のほか 旧市庁舎などにも上ったが、旅行するには体力がいる。リーガのホテルにはスパがあり、3日間通ったのは気分転換になった。 

 

・タリンでは施設入場ができ、市内公共交通にも利用できる「タリン・カード」というのを購入した。ただその交通機関利用だが、メトロやバスは乗り場・降り場が把握できないので、ほとんど利用しなかった。地下鉄の走っていない都市は行動が制約される。

 

・リーガ 3泊タリン 3泊の旅行は両都市にそれだけの観光資源がないので水泳や観劇を組み込んで日々を過ごした。それだとゆとりもできるので、これくらいのペースがいい。

 

・旅行中に団体ツアーはよく見かけたが、日本人ツアーはタリンのニコラス教会前で一度出会っただけ。それだけ日本からのツアーは少なくなっている。ただ 日本からの個人旅行者とは 3回くらい話す機会があった。

 

・日本円とユーロ通貨を一定額持参したが、旅行中の支払いは全てクレカで行った。そもそもバス料金の支払いなどでも現金を受け付けない。

 

・前に北欧旅行した時は 夏でも寒くて震えた。今回も事前に天気を調べまたライブ・カメラで現地の様子を伺った。それで現地持ち込みは全部を長袖とし、コートまで用意したのに、実際は日本並みの気温の日もあって、暑くてもだえた。

 

・思うようにコトが運ばないと 嫁さんと揉めることが多くなる。嫁さんはもうあんたとは行かないと怒る。さて もう次はないのか?   体力面、経済面で旅行しづらくなっているのも事実だが

 

リーガの公園で

リーガのホテルを選ぶに際しては、旧市街にあって オペラ劇場に近いところとした(夜にオペラを観に行くため)。 近くで良さげだったのはケンピンスキーだったが、ここは高級すぎてムリ。それで 二番手として Grand Poet Hotel にした。

嫁さんの怪我で旅行が中止となった昨年も ここを予約してあったが、宿泊する 2日前にも拘わらず ホテルは既定のキャンセル料を徴収しなかった。そのことに好印象を持ち、今回改めて予約することになった。

 

今回の旅行は私らの結婚50周年にあたるので、その旨をホテルに伝えておいた。ホテルの部屋に入ると 祝福のメッセージと共に赤いバラが一輪活けられていた。嫁さんはそのことに少しだけ喜んでいた。

ホテルの設備で良かったのはSpa(プールとサウナ)で遊べたこと。3日間続けて通ったら係員が私らの顔を覚えてくれ、 2回目からは黙っていても同じサイズのスリッパを出してくれた。

 

部屋のバスタブは巨大で、湯を溜めるのに時間がかかる。湯舟に体を横たえる姿はまるで 棺桶に納まっているようだった。

浴室に不明なスイッチがあって それが何かとずっと悩んでいたが、ONにしておいたら床のタイルが暖かくなっているのに気づいた。それは床暖房のスイッチで、寒くなる冬には必須なのだろう。こんな装置は初めて体験した。

 

ヨーロッパはどこも 220VのC型コンセントだが、このホテルでは 100Vの日本と同じタイプのコンセントも併設されていて重宝した。これも初めての経験であった。 

朝食は豪華で見栄えがする。どの料理も美味しく(ただ果物は貧弱) 、朝からシャンパンも提供され 豪華な気分になれた。ホテルの周辺環境もよく、4日間の滞在は満足できた。

 

一方、タリンで3泊したマイ・シティ・ホテルは 立地こそ良かったが、ホテルとしては部屋、朝食、設備とも 1ランク落ちるものだった。そのため取り立てて記述することはない。

 

 

Grand Poet Hotel の外観と室内

 

朝食会場に行くと、今日は祝日だから開始が1時間遅れると言われ、引き返す。30分後に出直して朝食をとるが、同じメニューで3回目となると 食もあまり進まない。それより疲れが溜まってきて 体がだるい。

 

祝日は観光施設の多くが閉まると聞いていたので、バスで郊外の野外博物館に出かけた。中央駅前からバスに乗ると30分の乗車で着くらしいが、バス内の表示が理解しがたく どこで降りたらいいか分からない。それで前席の女性に聞いてみると、彼女も博物館前の停留所で降りるから付いてきたらいいと言われ、あとは スイスイ。

 

野外博物館は 昔のエストニア建築物を多く移築した公園で、敷地が広大。ところが入場者がいない。ずっと歩いていて、たまに出会うくらい。立派な博物館だがふつうその手の施設には何度も行かないと思うし、18ユーロ (3500円)の高い入場料もリピートのネックになる。土・日は歌や踊りがあるらしいが、平日にそんな催しはなくただ建築物を見て回るだけだ。

各建物はどれもが大きな造りで、茅葺きの木造というのが共通している。柱も棟木も梁も全部が巨大な木で造られている。

 

敷地内をぶらぶら歩いて 3時間も過ごしたか。帰りのバス停で同じくバスを待っている男性にバスはいつ来るかを訊いた。時刻を教えて貰い、やがて来たバスに乗り込んだ。離れて座っていたその男性が、途中で乗ってきた人に席を譲り、本人は私らの向かい席に移ってきた。何も思わずに嫁さんと話してたら私らの会話を耳にした男性が 急に 「日本の方ですか? 」 と問うてきた。お互いに同胞とは思っていなかったのでビックリ。 

 

彼は木造建築物に関心があって、北欧を回っているという。今日の野外博物館は 昨日に続いて 2回目の見学だという。大いに勉強になると言ってたが、私らにしたらフ~ンという感じだ。趣味であれ仕事であれ、テーマを持って観光するのはいいことだと思う。 

 

タリンも 4日目になって見るトコもなくなってきたので、時間が早いけど 空港へ向かうことにした。ホテルで預け荷物を引き取って 空港へバスで向かうが、ここでも乗車にひと苦労。ちょっとしたターミナルなのに、何の案内もない。そして人に訊こうにも、エストニア人は概して不親切で聞きにくい。

 

 

木漏れ日ふり注ぐ野外博物館

'26/06/22

明日に野外博物館行きを予定しているのでそのバス便を確認しておこうと バスターミナルまで歩く。鉄道駅横のバスターミナルは 何十台ものバスが出入りしているのに、人が誰も 配置されていない。また 総合案内板などないので、どこから出発するのか全くわからない。人に訊こうにも 旅行者然とした人が多くうろうろしていた。

 

そこに「お手伝いしましょうか」 と声掛けしてくれる人が現れた。彼女も旅行者ながらスマホで調べてくれ、野外博物館へは 〇分後に出る〇番バスで行ったらいいと教えてくれた。でも今日 出かけるわけじゃないので、適当にごまかして対応した。 

 

バスターミナルの横に大きな市場があったので覗いてみた。食糧品のほかアンティークやusedも扱っている。それで嫁さんのサンダルを買おうと探してみたが、どれもこれも大き過ぎて、結局 合うサイズを見つけられなかった。果物で欲しいものもあったが、持ち歩くワケにいかず 見ただけで終わる。

 

今日は一日中 旧市街を観光したが、入場料を合計しても38ユーロにしかならない。タリン・カードの2日券は65ユーロもしたのに、このままでは元が取れない。

今日入場したのは旧市庁舎と生活博物館など。このうち生活博物館では ロシア占領下の生活が展示されていた。その時代のエストニアは悲惨で、今なお ロシア憎しの気持ちが滲み出ている。

 

 旧市街を歩き回るうちに、街のつくりが次第にわかってきた。狭いエリアだから、どこを目指してもすぐに着く。しかし道が入り組んでいるので、地図が手放せない。また城壁に囲まれた旧市街はどこも石畳で、すごく歩きにくい。

 

  

 ㊧ 個々の市場でも果物が溢れる       ㊨ タリンの街並み

ロシア大使館前に並ぶウクライナ侵略に抗議する多くの旗