西村コロナ担当相のこと | 100回行こう、ヨーロッパ 

100回行こう、ヨーロッパ 

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  100 回行こう! と勢いはよくても、実際の訪欧はまだ約40回。欧州その他への
  これまでの 100 回超の海外旅行で 体験したことや、思ったこと ・ 感じたことを
  つれづれに記してみる。  【タイトル背景はプラハ】

コロナ騒動が収まらない中、ステイホームしていると TVで西村コロナ担当相を目にする機会が多い。次々と対応策を発信しているが、報道番組で高橋洋一氏と討論しているのを見ても 博識なのが分かる。安倍総理の傀儡だと言われたりもするが、そうは思わない。

 

隣の明石市出身で 灘高➝東大法➝通産官僚と絵にかいたようなエリートコースを歩んだ御仁だが、2回関わったことがある。1回は 彼が通産省を辞めて衆院選に立ったものの落選し、浪人中だった2000年代初め頃。次の選挙に備え 老人会大会の会場前で立会し、顔を売っていた。私も仕事でそこに居合わせたが ヒマだったので、何の選挙に出るの? と訊いたりした。これ程までドブ板活動してるのに私を知らないのか、の思いが彼から伝わってきたが、当方からすると 違う選挙区の立候補予定者のことなど 知らんのが普通であった。

 

もう1回は介護保険が始まる前に 制度の勉強会が地域で開かれたが、その時に西村代議士 (次の選挙でブジ当選) が講師として出ていた時。制度の裏話でもしてくれるかと期待したが、学校の講義みたいのを 1時間も話し、面白くはなかった。しかし 僅か数十人の参加者を前に律義に制度説明するのはエライと思った。

当時は まだ40代初の新進気鋭だったが、イケメンだったので女性軍の追っかけみたいのがいたのも覚えている。