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Shall we think?!

一個人、海賀大湧の自由な発想の記

歴史の話題に触れるときは、




古代史の入り組みを紐(ひも)解き、




共生の大切さを述べていこうとしていました。




もちろん明治維新も、その流れの中で視野に入れていましたが、




それほど力を入れて書こうとは思っていませんでした。




時代も近いですし。




しかし、現実の政治の転換期を目の当たりにし、




これほどメディアで幕末の物語が取り上げられると、




やはり意見は書いておこうと思って、記しています。




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どんな時代であろうと、この国は「共生の国」です。




一勢力の詭弁・独占、内輪での盛り上がりには、どうしても一言申し上げたくなります。




それでは、もはやグローバル時代の尊敬は得られないからです。




もはや、情報は操作できませんし、歴史は自由に書き換えられません。




私には、特に最近の政治家の言葉の軽さや官僚の静けさは、「権力さえ渡さなければ、後で何とでも自由に記録しておける/メディアの論調を一定の色で染めることができる」という、「後付け期待の論理」が原因ではないかと思えています。




これは古い体質です。このリアルタイムで観察が進む時代のスピード感には、観察者も数多く、記録者も数多く、おそらく通じない手法でしょう。


この国の賢民を掌中に入れて、「何とでもなる」という意識で政治・行政(官僚)を続けてきた方々の「ツケ」が回ってきてしまったのだと思います。



少なくとも、見抜いている、見抜こうとしている賢民が、過去の比ではない人数でいらっしゃることを、為政者・官僚は心して(観念して)、「共生」を目指してほしいものです。




そういう意識が、襟を正して賢民を豊かにする政治を実現してくれるはずです。




議論を重ねながらも、目の覚める政治を、行政を、お願い申し上げます。





長らく歴史を学び続け、現実の目の前の政治と関連付けて、このような記事を書く時が来ていることに、実に不思議な気持ちを感じています。



現代なのか、幕末なのか、・・・・ドラマ「JIN」が大ヒットするわけです。



この情報化社会では、私が得ている/学んでいる情報は、皆がその気になれば書籍やネットですぐに手に入ります。もはやタブーでも何でもないのです、実は。



ただ、多くの民が長年「ええじゃないか」の風潮に流されていたために、その感度が少し落ちていただけです。今回の大震災で、皆の瞳孔が開いたのだと思います。



幕末に暴れまわった方々は、その点を心して、策に溺れず、今度こそ自重して頂きたいものです。同じように多くの民意を軽視して振る舞ったら、現代では賢民の存在が「共生」の大きなうねりになって、きっと跳ね返されると思います。



今度は、皆が、「龍馬」なのですから。




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幕府の「開国」への動き・努力に反対し、

「攘夷」という公約をかかげ、



藩毎に英国等を相手に戦争を仕掛けて戦い、



両方の敗戦の賠償金を幕府に肩代わりさせ、



今度は、その英国の後ろ盾を受け、



「開国」の方針に転じ(「攘夷」の公約を降ろし)、



自分たちが主導するために「武力討幕」をしかけ、



最後には「勅命」としてしまう。



戊辰戦争を始め、会津(東北)・函館まで激化させる。




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歴史を長年学んでいると、最後の「勅命」が無ければ、この流れはクーデターそのもののような気がしてきます。




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高杉晋作氏は一人の英傑でしょう。しかし高杉氏を尊敬して止まない首相は、高杉氏が上記の英国との戦争で敗戦して、その賠償金を幕府に付け替えてしまったこともご存知だと思います。(弁術ですね)



そして、たとえ孤立しても、最後まで諦めないで戦い抜けば「小が大を倒す」ことを、高杉氏の生き様を通じて、信じていらっしゃる気がします。



当時の薩長、特に長州は英国の支援を受けて回復したのです。



(そこで龍馬が「武器の提供」等の重要な役割を果たしたことは、最近ではテレビにも多く出てきます。「JIN」では、「大政奉還」で戦乱を回避する動きが素晴らしく描かれていました。)




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さて、現代の首相は、この劣勢で、何を待っているのでしょうか。



そこが非常に気になります。



一市民が知りえる情報では、読み切れませんね。




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本当に、私見ですが、多くの政治家・為政者(官僚・米英も含めて)たちは、この情報化社会の広がりを軽視しすぎていたと思います。米国でも民が政治(戦争)を懐疑的に見るようになっているようです。



何度も申し上げますが、賢民の度合いがグローバルで飛躍的に高まっています。違和感のあるシナリオ(公約の変転も含みます)には、賢民は鋭敏に反応し、それが長い間続くと、無言なるも、圧倒的な「いいかげんにしなさい!」パワーが蓄えられるでしょう。



街々の男性にも、女性にも、子供にも、蓄えられます。



グローバルにも、国内的にも、為政者の作為的な操作は、もう見たくありませんし、通じないと思います。




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国内的には、つい最近、「桜田門外の変」が映画化されました。唐突感が高いです。



きっと、「すべては幕府の弾圧から始まった」、ということを主張されていらっしゃるのだと感じます。



そういうこと(=突然の映画化等)も含めて、賢民はその意図をよく見ています。



この情報化社会は、「作為」に反発する時代でありますこと、お忘れなきよう、願いたいものです。




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為政者が驕ってはいけません。




IT・通信革命も、明治維新の産業革命も、「民を豊かにつなげる」ための陰・脇の存在と認識すべきですね。




それが、「民主」の考え方でしょう。(2大政党のどちらにも民主は入っているのですから)




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時代が求めているのは、「江戸泰平の共生」だと思うのですが・・・・・。江戸の街も、大阪商人も活き活きとしていたはずです。



あの高名なアインシュタイン氏も、1920年代ですが、西洋化されていない部分の日本を賛美していました。





これから何が起こっても、賢民の「一勢力だけの詭弁を見抜く、幸せを願う共生の眼力」を信じましょう。信じ合いましょう。






今後の政治のキーになるかもしれないスピーチをご紹介させてください。



3:40~が一つの山場です。



http://www.youtube.com/watch?v=5sAjQ-wJuvU&feature=related





これは、実は大震災前のものです




すでに警鐘を鳴らされてました。連立を組んでいる側からの厳しい指摘です。




この胆力。そして、大慧眼(けいがん)です。



「少数政党の意義、ここにあれり」、です。




是非、一度はご覧になっておくべきものかもしれません。




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最近、メディア・TVでも顕著になってきてしまいましたが、「仲間内だけで何でも許してしまう風潮」は、この国では長続きしませんね。



(余談ですが、「お笑い」も内輪受けがひどくなってきましたね。芸人さん同士だけが内輪ネタで盛り上がるシーンが目に余ります。・・・・・ウッチャンの「世界の果てまでイッテQ」は大好きです:笑。ほんとうに、いいですね。)



(さらに余談ですが:笑、それは例えばグローバルな多様性を容認する姿勢ではないのです。グローバル社会でなかなかコミュニケーションが通用しない人材が多いのは、そこに尽きます。)



多様性を理解したうえで、その長短を鑑み、知恵を絞ってコンセンサス(合意)を得ていくプロセスこそ、コミュニケーションなのです。



そういう人材は、ビジネスの世界でも多くはないかもしれません。聞いているふりをして、実は一方的に押し切ろうとする人材は、数多(あまた)いらっしゃいますが・・・・:笑。




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おそらく何万~何千年前もから、この大地で安定して生き続けてきた生命力、「自然や人を愛する共生の力」は、厳然と存在し、多少のまやかしにはビクともしないのですね。




「信」、「無作為の豊かなこころ」をこそ、賢民は注目しています。




そこを土台にしたコンセンサス(合意)は最強です。




実は、それが国際的な信用を生むポイントであり、この国の民がそれを生んでいるのです。




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今、メディアに日々現れている拙(つたな)い政治劇を、見極めましょう。





これほど多くの方々が「こころの大切さ」を訴えかけても、改心するどころか、ますます突き進んでいます。




産経新聞の阿比留記者が、明治維新期を引用した記事を書かれています。民のこころの主張です。


http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110604/plc11060401310001-n1.htm



同記者は、首相会見でも鋭い質問を投げかけていますね。有意の士です。



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さて、ここが考え所です。Shall we think?! ですね。



皆、首相が「気がついていない方」、「資質に欠ける方」と思って、議論を進めています。「改心しなさい」と訴えかけています。


果たして、ほんとうにそうなのでしょうか。


「気づいていて、意図的に振る舞っているのではないか」と考えることはできないでしょうか。



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これほどの批判を浴びても、自信満々に振る舞っている方。



普通、どのような会社・チームでも、そういう場合、「確信的な根拠・拠り所」を持っているものです。そういう方々が出てきて、社員を苦しめてしまいます。



もしかしたら、私たちの気がついていない「批判を封じ込める新たな仕掛け」を既に考えていて、この延命の時間に手を打っていこうとしているのかもしれません。



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今後、批判と改心を迫る場合、私たち民はそれが何かを正確に突き止めて、その根拠を一つ一つ「間違いであることを公に示していくこと」が必要です。



たとえば、・・・・



「明治維新期の非公開的な政治のやり方は、このリアルタイムの情報化・民主主義社会では通用しません。150年も前の手法に頼ることはおやめなさい」



「メディアで恣意的なブームを作ることも、賢民はあきれて眺めているだけです。煽られません」



「有意の士に対して、表から裏から、様々な弾圧を加えても、それらはすべてオープンになれば、この司法社会では通用しません」


等々



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たとえば、明治政府は、



足尾鉱毒事件では、銅山の鉱毒で死者・病人が多数出て、農作物・森・川が壊滅的な汚染をされ、それに耐えられずに抗議デモを行った農民たちを、弾圧・逮捕しましたね。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%80%A0


(ウィキペディアから抜粋引用)

『明治33年(1900年 2月13日 農民らが東京へ陳情に出かけようとしたところ、途中の群馬県邑楽郡佐貫村大字川俣村(現在の明和町 川俣)で警官隊と衝突。流血の惨事となり、農民多数が逮捕された。これを川俣事件 と呼ぶ。この事件の2日後と4日後、田中は国会で事件に関する質問を行った。これが「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」で、日本の憲政史上に残る大演説であった。2日後の演説の途中で当時所属していた憲政本党 を離党した。当時の総理大臣 山縣有朋 は「質問の意味がわからない」として答弁を拒否した。』



ここにも山縣有朋卿の名前が出てきました・・・・・。皆さんご承知のように、今の首相と同郷ですね。



そういう時代だったのです。



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さて、何を根拠に自信を持って振る舞っていらっしゃるのか。



①海外の後ろ盾なのか。


②国内の絶対的権威なのか。(・・・・明治期は「御旗」が上がりました。今は「象徴」であらせられますので、まさかとは思いますが・・・


③政敵を一層できる見通しなのか。


④在任の4年間のうちに、この国のカルチャーを、この国ではないカルチャーに変えてしまう「シナリオ」を持っているのか。



それとも、そもそも・・・・



⑤政治の権利を「独裁」と勘違いしているのか。


⑥単なる、能力の勘違い、過信なのか。


⑦人としての「こころ」が全く無いのか。




メディアの論調が⑤⑥⑦だけになっているような気がします。



政治家・メディアの皆さんは、よくよく注意して、特に①②④を凝視して、十分な対策を打てるようにしておくことが大切です。


「この国はバランスと中庸を超えると必ず調整のマグマが動く」ことを、為政者・メディアに周知徹底する姿勢を整えておくことが重要です。それは、賢民のデモなのかもしれません。



おそらく、⑤⑥⑦なのでしょうが・・・・・。





一市民が言えることは、ここまでかもしれませんね。





政治を



「民意」ととらえるか、



「権力」ととらえるか。



今回も後者でしょうね。渡さない、という発想はそこから出てきます。



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辞意を表明したのですから、実質的には「信」を得られなかったことを認めたと同義です。




その場合、投票結果(否決・可決)はあまり意味はないと思います。




皆が政治空白を危惧していた「解散」は避けられました。




野党は気を削がれたのでしょう。


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今後、震災の避難者への手当てが早急に、そして厚くなるのでしょうか。




リーダーシップの変化に期待したいものです。





究極の矛盾が露呈しています。



しかし、メディアはそのポイントを必要以上には広げません。自民党時代と明らかに違います。


今、解散をすると選挙で惨敗するので、解散はできない。政権を死守するために党は一致団結しなくてはならない。


このような主旨がメディアに散見されますが、このような内容は果たして「民主主義の政治」にとって、成り立っているのでしょうか?




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「選挙で惨敗する=賢民に認められていない」ですね。



それでも政権を死守する・・・・・これは、明らかな矛盾です。


政権を奪取するときのマニュフェストでは民に受けのいいことを列記して、奪取後に平然と見直すと言い放つ方々。



そして、支持率を無視し、選挙に負けるとわかると、必死に回避する方々。


ほんとうに、民を主体にするという名前を持っている党なのでしょうか。



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当然ながら、賢民はすでに見抜いていますね。街頭インタビューでも、多くの賢民から「あきれてしまう」という声も聞かれています。



ニュースがリアルタイムで流れない時代に、このような政治がまかり通ることがあったかも・・・、と考えると、ほんとうにあきれてしまいます。



この現代の情報化社会の進んだ民主主義に感謝です。



そういう現代に産まれたことを感謝し、意義を感じ、賢民の役割を果たしたいです。


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今、「政治全体」の改革期なのでしょうね。



ここまで情報化が進めば、もはや明治維新期のような「作為」は通じないでしょう。メディアが巧妙に「作為」を仕掛けてくる動きも散見されますが、こころ無い対応が続く現状を見ると、それも無力でしょう。



目の覚めるような政治の変革、リーダーの出現が、近い将来起こってくるにちがいないと感じます。


政治への不信、天災の被害、そして今後の国債の暴落、景気の低迷等があっても、この国の将来に期待の持てるビジョンを明確に打ち出して、作為なく、民のために尽力する政治家が出現するでしょう。



私たち民の責務は、間違いなく、そういう方々を選ぶことだと思います。




混乱の時期には、属性(仲良し・同質化の度合)よりも、才覚(方向性・対応に間違いのないリーダーシップ)を重視して人選を行わなくてはなりません。



もし二大政党で無理なのであれば、・・・・・再編、新党も視野に入れて、期待を託さなくてはなりませんね。















4月27日に「全国区」という記事の中で、「遠野物語」について触れさせて頂きました。



http://ameblo.jp/m-up/entry-10873654827.html




東北の静かな強きこころを、私たちに伝えてくれています。




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本日、下記の記事が出ました。




日出る国の民 国難で強まる「遠野」の絆

MSN産経ニュース
2011.6.1 09:00

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110601/dst11060109010008-n1.htm




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ほっとします。




作為に溺れず、この国のこころを素直に感じるメディアであってほしいものです。




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「遠野物語」(ウィキペディア)



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A0%E9%87%8E%E7%89%A9%E8%AA%9E







不信任案が出されるようです。



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「信」なきものは、一時的に繁栄したとしても、この国では「短期的」でしかありえない。




悠久の民は、「信」こそ、最も大切にするもの。




自分の姿に酔ってパフォーマンスに走る姿に、「信」は感じません。



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ビジネス交渉の世界では、基本中の基本です。




賢民同士が支えあう姿にも、「信」が溢(あふ)れています。




だからこそ、世界的な信用が生まれるのですね。メイドインジャパンと賢民の姿が、尊敬されているのですから。



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首相の国会答弁中継を病院のテレビで見ましたが、ほとんどの大臣が欠席していましたね。



人が、自然と離れています。



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今の与党の議員は、解散は望まないでしょう。



それならば、自分たちの党内で、「信」なき風潮を払拭することができるのでしょうか。



権力を必死に守ろうとして正当化して、権力で押さえつける政治家の発言をメディアで見るにつけ、???です。



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ほんとうに、そろそろ数多くの賢民は怒り出すかもしれませんね。



必ず、現代の南方熊楠氏(熊野の森を守った賢民の巨人)、田中正造氏(足尾銅山鉱毒事件を生涯かけて追及した政治家)・・・・が出現すると思います。



その際には、「信」あるメディアが力強く支援しています。ほんとうに、有意のメディアに目を覚ましてほしいです。




この国を、この悠久の民の社会を、ほんとうに深く理解するべきでしょう。






昨日、とあるミーティングの場所で、



すぐ左に、とても「硬い気」を発している方と隣り合わせました。普通の感じではなかったです。




ノートを拝見すると、A4ノートの左上から、一行の空きもなく:驚!、文字を綴っていました。



2時間ほど同席しましたが、終わった後、自分の左半身・左脳が「硬い気」の影響を受けていることに気が付きましたので、少々ツボを押さえて等:笑、リラックスを。




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しかし、・・・・昨日の自分のブログ記事が、自覚はあったのですが・・・:笑、とても硬い書き方になってしまっていました。



私のノートは、スペースも大切にして、チャートも交えながら(これはコンサルタント特有かもしれません)書くことも多いです。文字同士、チャート同士の感覚も大切にして、全体のバランスを考えて書いていることが多いです。枠線もない自由な無地のノートを使っていますし、スピードも速いです:笑。



昨日は、どうにも左脳に硬さが残り、私のブログも文字を切れ目なく綴る感じになってしまいました。



リラックスが足りなかったですね。




そういう時は、脳の持久力も低下しているようで、一つの記事を深く書き進めることができませんでした。



不覚であります・・・・・。




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自由な思考には、リラックスできる空間が欠かせませんね。



昨日のことも含めまして、昨今は、リラックスが足りていないのかもしれません。




もしかしたら、メディアの論調を見ても、私だけではなく世間全体も、リラックスが足りていないのかもしれません。



事件が起こったり、張り詰めると、人間は一点に集中する傾向があると思いますが、そうすると思考が広がらなくなることも多いですね。そうなると、一定のイデオロギーに捕まってしまい易くなります。



(チームのリーダーとは言い切れませんが・・・)一例ですが、ジェームズ・ボンドが、激しいアクションの連続で難題を解決できるのは、数々迫ってくる困難の中でも、全体を見て先々を予見する「クールヘッド」を保って動くことができているからだと思います:笑。時折のユーモアも忘れてはいないですよね。日本でも、本当に強いサムライ(剣の達人)は、そうなのだろうと感じています。



脳にゆとりがないと、自分の知っていることを、全体の体系を考えることなく綴ってしまいます。昨日の私は、「伝え方」まで「気」が満ちていませんでした。申し訳ありません。




どんな場合にも、ひと時でも、心身のリラックスは大切ですね。




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昨日の宿題以外にも、また、ゆったりと記してまいりますね。


あと、1~2日はかかるかもしれませんが・・・・:笑。




何卒、宜しくお願い申し上げます!




未曽有の大震災により、様々な現代の課題が明らかになりつつあります。



つい、そちらの方向にブログが走ってしまいました。



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本来は、歴史や人事教育などのテーマが本題だったかもしれませんね:笑。




先般、シャープという企業が、どれほど素晴らしい企業カルチャーを守っているかお伝えしますと約束していました。「社員を守る」が、「社員で創造性を発揮する」に発展した素晴らしい例です。必ず、お書きしますね。



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アメリカでは、若いテイラー・スウィフトが、レディー・ガガを上回る活躍を見せています。10代のカントリー歌手が、「正統派の恋の歌」で、全米・全世界を席巻していますね。サブプライムで、何か風潮が変わったのかもしれません。しかし、テイラーに対する批判も散見されます。ある授賞式(2009年)では、表彰のステージであからさまに他のミュージシャン(カニエ・ウエストという黒人のラッパーでした)から嫌がらせを受けましたね。あってはならないことだと思います。オバマ大統領もそのことに注意を促し、カニエは正式に謝罪をしたそうです。



また、Facebookでは私の大好きなカルロス・サンタナが、移民法の改訂について、積極的な人権擁護のご発言を繰り返していらっしゃいます。世間のコメントは、不法移民のコストは膨大で許されないという批判と、愛と寛容で共存を主張する方々で、いっぱいです。サンタナは、「もう黙ってられない」という感じで、夫婦でコメントや詩を発表しています。



テロに勝利したと強気のアメリカも、財政にも課題を抱えていますし、上記も含めて、実は揺れているのかもしれません。



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日本も、大前研一氏の文庫版の「新版 「知の衰退」からいかに脱出するか?」(光文社)では、その財政赤字の現状と、今後の見通しなどを拝見するにつけ、脱力をしてしまいます。



もちろん、政治にも厳しく言及していらっしゃいます。



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そして、私の自己の本業のほうでも、少しまとまった考察の時間が必要かもしれません。




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今日は、取り留めもないことをお書きしてしまいました。


いつもは、上記のどれか一つのテーマに絞って筆を進めるのですが・・・・・:笑。




すべて、今後の宿題ということでお許しください。




何卒、宜しくお願い申し上げます!