やはり、「何か」が、出て参りました。
噂ではありますが、ありえなくはない話だと思います。
MSN産経ニュースからの引用です。
永田町に駆けめぐる首相「原発解散」の噂 自民党に警戒感
2011.6.18 21:21
『首相が「脱原発」か否かを争点に衆院解散に打って出る-。永田町でこんな噂が駆けめぐり、自民党が警戒感を強めている。東京電力福島第1原子力発電所事故で原発への不信感が高まるなか、平成17年の郵政解散のように、民主党に地滑り的勝利を与える可能性があるためだ。
「首相の性格から、そのシングルイシュー(単一課題)で選挙をやるのかもしれない」。自民党の大島理森副総裁は18日、BS朝日とテレビ東京の番組で、表情をしかめて語った。
「原発解散」は、選挙の陣頭指揮を執る大島氏にとっては気になる噂のようで「原発をイエスかノーかだけで議論する選挙はあるべきではない。首相個人の政治家の戦略だけで、日本のエネルギー政策を判断されたらたまらない。その前に辞めていただく」と、警戒感をあらわにした。
背景には、5月6日の首相の中部電力浜岡原発停止発表が、有権者から高評価だったという自民党の分析がある。「首相は原発解散で勢いを挽回しようとしている。解散は8月の広島、長崎の原爆の日らしい」という、もっともらしい“尾ひれ”までついて広まっているという。』
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冷静に考えれば、大震災の原発被害の主原因は「巨大津波」だと思います。
しかし、「この遅々とした対策の進め方」と相まって、人々の不安心理は収まっていません。
今、原発か、脱原発か、を問われたら、どうしても後者でしょう。
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上記の記事が本当なら、それは「今回の民主党の対応・対策の拙さ」の責任をうやむやにし、その原発推進という根本の原因に立ち返り、一気に自民党にかぶせる手法です。
この手法を権力者が身に着けてしまうと、ほんとうに恐ろしい事態が生まれます。すべて周囲のせいです。独走が生じます。その独走をとことんまで進めていくと、今度は、それに追随する者たちが増えてくるのです。「権力へのすり寄り」ですね。そうなると、多くの方々の自律的な思考や「こころ」が奪われてしまう可能性があるのです。
もしも、首相の「こころ」ないと言われていた今回の大震災の対応の原因が、「原発は自民党の責任だろ。私の責任ではない」、「被災者の悲惨さが拡大すればするほど、自民党にダメージを与えられる」等という思いに基づくものであれば、私たちは悲しいトップを持ってしまったと言わざるを得ないでしょう。そうは思いたくないのですが・・・・。
そういった責任転嫁は、あくまでも現状への努力を最大限に発揮し、被害を最小限に食い止めてから、その後に議論することですね。現場対策への「必死さ」が民の目には映らなかったこと、他責のような雰囲気が数多く報道されていたことが「致命的」であろうと、私は思います。
現代では、そういう手法すら、民は見抜いてしまいます。
政治家の、行政の、「こころ」・「心根」を見つめています。
権力者こそ、自戒の念を強く持ち、本当の共感を得られるリーダーであってもらいたいものです。
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とはいえ、利権や裏金などが頻繁に報道されてしまう自民党にも、民はあきれています。
私見ですが、胸のすくような、倫理観や知見の高い第3、第4、第5の政党がそれなりの数を獲得して、彼らと組まないと政権を運営できないような体制が一番好ましいのだと考えます。
民主党も自民党も、一度、大きく分裂することで、各政治家同士の連携を見直されたらいかがでしょうか。いわゆる政界再編ですね。
それが本当の合議制だと思います。
そうすれば、海外からのプレッシャーも、合議の名のもとに「跳ね返す」「反論する」こともできるでしょう。
そうは思いたくないのですが、・・・・権力に溺れ、権力に取りつかれてしまい、そのうえ責任を取りたくない「こころ」の弱い人々が集まる政治・行政が主流だとしたら、合議制が一番でしょう。
現代の賢民は、そういう時代でも、間違いのない方々を選ぶに違いありません。
選ぶ権利が続く限り。