父性による日本復活 | Shall we think?!

Shall we think?!

一個人、海賀大湧の自由な発想の記

資本主義は、富める者が社会貢献・還元の意識を忘れなければ、良い教義であることを、「母性による日本再生」で触れた。



問題の一つは、富と地位を最終目的とする「貧相なプロセス」を突き進んでいる輩が、世間に氾濫してきたこと。そして、時折、間違って賞賛を受けている。


(本物の女性は、そんな男性に惹かれないのではないかな?物質に恵まれる生活のために、惹かれるふりはしているかもしれないが。こころまでは、捧げていないのではないかな。)




更に大きな問題は、健全な能力や父性=リーダーシップを持つ男性が、標準化された、かつ不健康な人間関係の社会の中で、「たたかれ尽くされて」元気を失っていること。


日本のため、組織のため、家族のために健康なこころを持って働く人々が、少しでも目標に届かないと家畜のように責められ、その能力に罵声を浴びせられる。浴びせている連中にも、当然に連帯責任があるにもかかわらず。


責任を取らない輩がはびこり、責任感の強いリーダーが傷を負う。これも「貧相なプロセス」の一つである。当然ながら、家庭に帰って、父性を発揮できる力まで失ってしまう。「自分の人生は、何なのか/何だったのか」、と。




皆で、「貧相なプロセス」は、短期的な利益を上げる手段にすぎない、ということを共有することで、それは解消できる。


社会の優秀な人材イメージを、確かなものに変えて、共有することが大切になる。


多くのみんなが、「貧相なプロセス」で富と地位を背景にして他者の尊厳を打ち砕く者たちを「格の低い輩」として認識し、それを広め、確かに共有することが大切になる。




人間性を失ってまで、利潤を追求する輩を認めない。社会環境を破壊してまで、突き進む輩に苦言を呈する。



深い人間性と、社会を大切に思い、継続的に繁栄させ、後世まで伝える人々を認める。そういう人々が、お互いに知恵を出し合って、力強く企画・政策を打ち出し、行動に移す。




難しいことではない。




家族のみんなを大切に思い、家族(子供)の自立・成長を長期的に考えて、育て上げ、子々孫々までの繁栄の基盤を作るために、家族全員で力を合わせて、時にはわが身を犠牲にしてまでも、確かな人生を進んでゆく。



このような父性を、皆が「思い出す」だけでいい。