こんばんは。りょうきです。

 

りょうきの相談室。今までで一番多いやつ。

 

家族の話。

 

いろいろです。家族の誰が嫌いとか、なんか上手くいかない家族だとか。

 

 

結論。 何も問題のない家庭なんて、存在しません。

 

 

例えば職場の人とか学校の人には、ある程度言葉も選んで、いろいろ気遣いますね。

言いたいことも時には言わず。つまりこちらがある程度リミッターをつけてる状態です。

 

仮にですね、そのリミッターを解除して会社で1日過ごしてみたら。

ついでに、会社の人全員がみんなリミッター外してみたら。

 

すごいことになりますね(笑)。あちこちでケンカ。怒号と暴力の嵐。

 

そうならないように、人は皆「対人リミッター」みたいなのを持つんですよ。

で、このリミッターがみんなONになってるから、社会はある程度平和なわけです。

 

 

ところで。

 

 

家族というのは、要するにそのリミッターをOFFにしていい相手です。

つまりわがままを言っていい相手であり、時には嘘もついていい相手でもあり、ある意味自分の好き勝手にしていい相手でもあるわけですよ。

 

一つの屋根の下で何人かで集団になって、しかもみんなリミッターを外した時、何も起こらないはずがないでしょ。

しかし、一つの屋根の下で何人かで集団になって、しかもみんなリミッターを外した状態が家族です。つまり家族である時点で、必ず何か問題が起こります。

だから、何かしらおかしなことを抱えていて、それで正解です。というかあるべき姿です。

 

家庭外で、何かしらおかしなことを抱えている方が、よほど問題じゃないですか。

 

例えば、どこへ行ってもトラブルメーカーで、どこへ行っても嫌われる人がいるとします。

職場でも学校でも、もう敵しか作らない、どうしようもない鼻摘まみみたいな人。

しかしその人の家庭が完全円満だとして、その人のこと羨ましいですか。

 

家庭の問題のご相談は、具体的にどうすればいいかという話ももちろんですけど。

「うちだけこんなことになっている」という妄想による苦しみの方が大きいですね。

 

「うちだけ」じゃないです。例えば私の家庭もややこしい。

相談者には現在進行形の実体験として語ることもありますが、だいたいびっくりされます。

そしてその時点で、相談者はちょっと楽になっていたりする。

 

「うちだけおかしいのではないか」という不安は、無理もないです。

家庭というのは、問題が起きる条件は全て揃っているくせに、しかし周囲からは一番見えない場所でもあるからです。

つまりあなたの家庭の問題は周囲から見えないけど、どなたの家庭の問題もあなたには見えない。

だから、どうしても「うちだけこんなにおかしいのでは」という心理が働きます。

 

働かない息子さんでお悩みですか。そうですか。

右隣の家庭は、浮気が止まらない旦那さんでお悩みですよ。

左隣の家庭は、変な宗教にはまったお嬢さんでお悩みだし。

向かいの家庭は、よく知りませんが頻繁に警察が来ていますね。

 

親父が横暴だって?

でしょうね。だって、家庭はリミッター外して甘えていい場所だから。

つまりおやっさんは、ある意味あなたに甘えている状態です。

それが証拠に、おやっさんは会社の部下には横暴ではないはず。

要するに、甘え方が乱暴で下手なおやっさんということです。ダサいね(笑)。

 

ならば、おやっさんにダサいと言っていいんです。あなたもリミッター外せばいい。

おやっさんだけリミッター外して、あなたはリミッターをつけているのは不公平でしょ。

 

会社であればみんながリミッター外すと滅びますけど。

家族であれば、みんながリミッター外しても不思議と滅びません。

言葉選びとかは必要でしょうが、安心してちょっとずつあなたもリミッター外すといいです。

 

 

家族であるからこそ、必ず問題は抱えるもの。

そして、自分の家以外の問題は、決して見えないもの。

 

本来、私は各家庭の事情なんか見えません。

しかしこういう立場で相談を受けていると、それぞれの家庭が勝手にカミングアウトしてくれるわけで(笑)。

その結果、あぁやはり問題のない家庭ってないんだなと思うに至るわけです。

 

かといって、その問題を放置すればいいというものでもなくてね。

それはその問題ごとに例えばこうなさったらと申し上げはしますけど。

 

家族はある意味腐れ縁みたいなものでね。ずっと一緒にいなきゃいけない。

最初からパーフェクトなものではないので、ちょっとずつ手入れというか、なんだかんだ工夫しながら少しずつ快適さを足していくものです。

 

このように必ず問題を抱える家族でもしかし、貴重なものですよ?

そんな格好で、すっぴんで、ソファに横になれる環境、他にありますか?

 

愛すべき環境であり、しかし同時に憎たらしい要素もある。

私の家もそう。あなたの家もそう。お隣さんもそう。総理だって、皇室だって(笑)。

それが何であって、かつどう工夫していくべきかは、それはそれぞれ。

 

お互い強く生きましょうね(笑)。

 

良き週末をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

りょうきの相談室。最近はお客様が多い。

 

その1。コロ助騒動の結果、生計が危うくなった方から。

「店もたたまないといけない。先が見えずもうだめだ」

 

その2。お年寄りの方から。

「年寄りは社会の穀潰しみたいに思われている。早く死んだほうがいいのか」

 

2つをまとめてお答えします。

 

 

前提として、私の話。

 

私は、それほどお金を持っていません。

蓄えらしい蓄えもありませんが、しかしさほど心配はしません。

 

理由は簡単です。自分が月にいくらあれば生きていけるかを知っているからです。

私の場合、月に12万円あれば今の生活をキープできます。燃費はいい方です。

 

月に12万円稼ぐには、例えば平日朝から夕方までのコンビニバイトで十分です。

つまり、もし自分の仕事がどうにかなったら、私は近所のコンビニで働けばいい。

 

「自分が生きるためには、月にいくら必要か」が明確に見えていると、楽です。

とりあえずその金額を満たせるなら、私は別に仕事は何でもいいと思っているので。

 

 

ここで、お年寄りの話。

 

 

私が上記の通り呑気に生きていられるのは、今のお年寄りのおかげです。

団塊の世代とか、戦中生まれのお年寄りは、戦後の日本で猛烈に働いた世代です。

1着の安い背広を、臭くなるまで毎日着てね。朝から晩まで激烈に働いておられた。

 

彼らは何を求めてそんなに働いたのか。

 

「1日生きるために1日働かないといけない国を、半日働くだけで1日生きていける国にするため」です。

 

当時は、その日1日を生きるために、本当に1日働かないといけなかった。

明日働けないと、明日生きていけないというね。ある意味わかりやすい社会でした。

 

しかしそれだと何のために生きているのかわからない。

だから、せめて自分たちの子供や孫の世代が、1日に数時間働くだけで1日生きていけるような国にしようとした。そういう国を作ることを、自分たちの目的にしたんですね。

 

だから、彼らは1日に2日分働きました。

1日分は、自分たちの生活のため。2日分は、未来の日本のため。それを毎日。

 

それが証拠に、彼らは何の贅沢も知らないでしょう。

あんなに働いたくせに、アルマーニも知らないし、ベンツも知らない。

彼らの欲しいものは、アルマーニではなく未来の日本だったからです。

 

おかげさまで、今はコンビニで1時間働けば、その日の食事代は手に入ります。

もう1時間働けば、その日の水道光熱費は手に入る。辛うじてですけどね。

 

先進国になるというのは、こういうことだと思います。

彼らが、日本を先進国にしてくれた。こんないい国ないですよ。

 

私は、平成や令和に生きることは、昭和の方々からのお年玉で生きることだと思っています。

 

もしそのお年玉がなければ、つまり今日働かないと今日生きていけない国であったならば。

今日働いて、今日生きると、お財布はゼロに戻る日々です。明日もゼロスタート。

 

コロ助騒動で、日本は破綻してますね。北斗の拳みたいな世界になってるはず。

私なんか2ヶ月前に餓死してますよ。あるいは犯罪に手を出しているか。

 

 

だからですね、お爺様、お婆様。

 

社会の穀潰しなんか、とんでもない。あなたのおかげで私の生活が平和です。

あなたが作り上げたシステムのおかげで、ちゃんと生きていけております。

 

ですのでお爺様お婆様は、今むしろ贅沢をなさってください。

いいお酒を飲まれるといいです。健康にお気をつけて、煙草もどうぞ。

あるいは、いよいよエルメスをお持ちください。大変お似合いだと思います。

 

早く旅立てばいいとか、なおさらとんでもない。

120まで生きていてくださいな。私は生きていてほしいです。

 

 

ということでですね、お店のご主人。生きていけるんですよ。

 

結局、団塊の世代の方々が何を目的に生きて、その結果が今まさに機能していることを知らない人が多い。

 

もちろん、この騒動でお店を…というのは、悲しい決断だったと思います。

かといって、行政レベルでも、単純に収入源の話でも、あなたがヒモをくくる理由は、今の日本には本来発生しないはずです。

 

自己破産も任意整理も、戦後に完成された制度です。

あの手続きを踏むことで、再スタートが切れるようになっています。

 

「今生失格」の烙印ではありません。

社会的理由で自ら命を絶つ人をゼロにすることが、そもそもの目的です。

そしてこの制度を作ってくれた人もまた、今のお年寄りです。

 

明日のお金がないなら、何らかの形で行政に相談してですね。

それとは別件で、月にいくらあれば生きていけるかを計算してみてはどうですか。

そこから、意外とその辺のバイトでまかなえるとわかると思います。

 

プライド?わかります。でもプライドはお金を発生させないので、資産ではない。

むしろ負債です。だから負債を捨てれば自動的にキャッシュフローは楽になります。

 

結局、先なんか見えませんよ。自分で計算して照らせば見える。

先が明るくなってくれるのを待っていても、勝手に明るくなることはありません。

 

 

蛇足ですが、私が電車でお年寄りに席を譲る理由は、以上の通りです。

お身体を気遣って…ではなく、先述を総じた敬意が根本です。

だから、席を譲って逆に怒られたことなんか1度もありません(笑)。

 

しかし、あれですね。

そろそろ仕事が始まりそうなので、その準備をしないといけないんですけど。

収入も下がるでしょうね。もしかしたら神戸のどこかのコンビニに私いるかもよ。

 

とりあえず外に出る練習をしようと思って、こないだ神社とお寺に行ったんですよ。

そしたら、紫外線を忘れた肌で午前中外にいただけで、修行をテイクアウトしちゃって。

 

以降、悟りそうなほどシャワーが痛いです。皆様もお気をつけて。

 

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

 

最近は無音潜行が多いですが、実はいろんな人の相談を聞いております。

 

もちろん具体的にどういう相談がというのは書きませんが、これはブログに書いてみてはという話になった場合のみ、書きます。

 

そのうちの一つ。

 

 

水子の話でした。

 

 

水子というのは、何らかの事情があってこの世に生まれてくることがなかった子供のことを指します。

その場合、その子は向こうでどうなるのかというね。

 

 

結論から言うと、知りません。見たことない。

 

 

いろんな宗教が、あるいはいろんな霊能者が、それぞれを語っています。

そのうちのりょうき版ということで。

 

「賽の河原(さいのかわら)」という場所があります。

三途の川のほとりのごろた石の川辺で、親よりも先に三途の川を渡った者は、ここにいると。

そこで彼らは石を積んで過ごし、しかし積んだそばから鬼に崩されるということを続けると。

なんとも悲しい場所として表現されています。

 

この話は有名なようで、「うちの子もそうでしょうか」と不安になる方もおられます。

 

これはしかし、おそらく違います。根拠があります。

 

まず、賽の河原の存在自体は、初期仏教からありました。

しかしその悲しい描写は、つまり鬼にいじめられて子供が泣いているという描写は、日本の仏教では比較的近代になってからです。

 

その前の描写では、子供は鬼と遊んでおります。

本当ですよ。古い絵巻ですと、笑顔の鬼と笑顔の子供が楽しそうに石積みをしています。

その後ろに、地蔵菩薩がおられる。お地蔵さんですね。

 

賽の河原は、あの世の保育園とか託児所のような場所で、親が来るまで子供を預かってくれる場所です。

その園長先生的な立場がお地蔵さんで、保育士に相当するのが鬼。

 

そもそも鬼は、悪ではなくて、「悪役」です。

つまりそういう役回りをしてくれる存在であって、悪役専門の俳優みたいなものです。

 

時には悪役となって子供に追いかけられてくれて、時には一緒に遊んでくれて。

そういう赤青の先生方が、子供とレゴをしながら遊んでくれているみたいです。

 

だから、こっちではちゃんと子供の面倒を見ているので、親であるあなたは安心して最後まで生きなさいということですね。

 

 

これが悲しい描写に変わったのは、歴史的背景があるのかなと。

つまり、例えば平安時代は子供を授かり生み育てること自体が困難でしたが、江戸時代には遊郭すらできてます。つまり子供を授かることすら困難な時代から、様々な事情の妊娠や出産すらもありうる時代になってきた。

 

それを防ぐには、宗教的な抑止力が強いです。

子供を先に向こうに行かせると鬼にいじめられるよと説けば、まぁ気をつけますよね。

 

それが定着してしまって、どちらかというと抑止力としての悲しい描写のまま固定されて今に至るようです。

 

繰り返しますがしかし、本質は違います。

 

 

鬼先生が、遊び相手をしてくれてます。川の石でレゴをやってます。

子供たちは、楽しそうです。それが証拠に、絵巻では皆笑っております。

あなたのお子様ももちろん、笑っております。

 

だからどうぞご安心を。

 

あなたはあなたのお仕事に集中すればいい。

大変信頼の置ける保育園です。先生もたくさん。いい保育園に当たりましたね。

 

 

時々電話をかけたくなったら、お地蔵さんのいるところへ行けばいいです。

 

地蔵菩薩は、主に子供と女性の守護神的な位置付けの仏様です。

お寺の水子供養所に行くと、小さい子供をたくさん抱いたお地蔵さんがおられますが。

子供に懐かれて、体によじ登られてる園長先生です。

子供って、気に入った大人にはよじ登ろうとするでしょ(笑)。

 

ですので、水子供養所でのご挨拶は、子供に対してごめんねという気持ちも一つでしょうが、まさしく子供の相手の最中である園長先生に対して、「うちの子がお世話になってます」がいいと思います。

 

 

家系を遡ると、水子の一人や二人はいるものです。

あるいは、今のご家族でもご自身の子供であったり兄弟である場合もあります。

 

いずれの場合も、上の通りです。レゴで遊んでますので。

 

ご挨拶は欠かさずに、しかし安心して、あなたはあなたの人生を最後まで生きてくださいな。

 

 

良き1日をどうぞ(^^)

こんばんは。りょうきです。

 

また授業開始が伸びちゃった。

仕事始まっても、ちゃんと仕事できるだろうか(笑)。

 

 

9月入学の話、出てますね。にわかに話題になった感じですけど。

9月入学というか、もう年度を変えてしまえという雰囲気ですか。

 

 

これ、議論するうえで、一つ気をつけないといけないことがあると思います。

 

 

9月入学の話には論点がたぶん2つあって。

 

「9月入学という制度自体がアリなのかナシなのか」

 

 

「9月入学に変更することがアリなのかナシなのか」

 

だと思うんですよ。似てるけど、だいぶ違います。

 

で、どっちの話をしてるのかをちゃんと分けないと、きっと結論は出ない。

 

 

例えば、晩御飯をカレーのつもりで準備してるとしてですね。

にわかに餃子にしませんかという話になったとする。

 

この時、「餃子とカレーのどっちが美味しいか」を議論してもいいけど。

同時に、「現時点で餃子に変更することが容易か困難か」を別件で議論しないと。

上記2つがごっちゃになって議論されると、結論が出ません。

 

これも結局有識者会議みたいになるんでしょうけどね。

現時点でも、なんとなくごっちゃになってるように聞こえるんですよ。

 

こういったことは、この度の9月入学論に限りません。

意外と、普段の会議とか打ち合わせでも無意識にごちゃ混ぜ議論になるものです。

というか、いつまでたっても結論の出ない会議は、だいたいそうなってます。

 

で、悲しいかな議論の当事者たちはお互いに噛み合ってないことに気づかない。

餃子の美味しさを語るA氏と、餃子に変更する難しさを語るB氏の間で話が噛み合わない時、A氏は餃子の美味しさを否定されていると感じるし、B氏はなぜA氏には現状が理解できないのかとイライラする。会議の、最も悲しい形です。

 

かくいう私も、自衛隊で悲しい会議はたくさんしちゃいましたよ(笑)。

で、よく怒られました。「今、何の話をしてるんだ!」みたいな。

 

 

「9月入学という制度自体がアリなのかナシなのか」について、例えば私は;

 

アリでもナシでもない。今の年度でも9月入学でも同じくらい一長一短。

 

「9月入学に変更することがアリなのかナシなのか」については;

 

私は実は当事者でも何でもないので、私に聞いても仕方ないです。

年度がズレるだけだとすると、仕事内容も仕事量も変わらないし。

いろんな人がしばらく忙しくなるだろうなとは思いますけど。

 

結論。9月入学の件は、りょうきに水を向けても仕方ない(笑)。

航空会社の新機材の導入の是否を、空港の発券係に聞いても仕方ないでしょ。

 

 

 

ところで、マツコデラックス曰く「もう仕事できない体になっちゃいそう」と。

 

御意。本当に。どうしましょ(笑)。

 

りょうきはあまり意識が高くないので、毎日だいたい生きてます。

ですので、周囲がZoom会議だなんだと新しいこといっぱいやっていて、自分はこんなのでいいんだろうかと密かに不安になってる人も多いと思うんですけど。

 

いいと思いますよ。私がそうだし。今日なんか、外の木を眺めて1日終わったわ。

コロナ騒動をチャンスと捉えるも、ピンチと捉えるも、いずれでもないと捉えるも、なんでもいいと思います。私は自分の中で特に意味づけはしてません(笑)。

 

 

明日は何を眺めて過ごそうか。

 

今日も1日、お疲れ様でした(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

いいお天気ですね。こんな日は美味しいものを作るに限る。

 

タコライス作ります。沖縄では馴染みの深いメニューです。

 

最終的にはタコライスですが、途中まではミートソースです。

ご自身の目的に応じてご都合の良いところで止めてくだしあ。

 

始めます。

 

<材料(2人分)>

 

・スーパーで売ってる、焼く前のハンバーグ 2つ

(“すでに焼いて、あとは加熱だけ”じゃなくて、まだ生の赤いやつ)

・ホールトマト缶 1缶

・赤ワイン(安いやつでいい。200mlくらい)

・チーズ

・何か葉物(緑が欲しいから。ベビーリーフが可愛くて良いです)

・プチトマト

・白ごはん

 

以上が、必ず必要な材料です。これらに加えて、お好みで

 

・パプリカ(安かったので。彩のため)

・コンソメかピザ系のポテトチップス

・タバスコ(辛いのがお好きな人向け。ここでは使いません)

 

あとはお塩と油だけ。

 

ざっくり言うと、ハンバーグを崩して焼いて、赤ワインとトマト缶で煮ます。

焼くだけハンバーグは、お肉に加えてもともと香味野菜も入ってます。つまり以前の投稿(これこれ)で言うところの、ソフリットとお肉が一緒になっている状態です。ですので、ソフリットが面倒だけどミートソース系が食べたい時は便利です。

 

で、それを煮詰める過程で、ややゆるい状態で終えるとミートソース。

もっと煮詰めると、タコライス用のお肉になります。

 

じゃ、いきます。

 

 

お鍋でもフライパンでも。油をひいて熱しておく。

そこにハンバーグ。ジューっと音がするくらい。要するに普通にハンバーグを焼く。

 

表面に程よい焦げ目をつけて、裏面も。中は生のままでいい。

 

こんな風に崩す。だいたいでいいです。煮込むうちにもっと崩れるから。

 

そこに赤ワイン。強火でジュワーっと。そのまま強火で煮ます。

 

この時、鍋肌についたカピカピを、ワインで洗います。この作業をデグラッセといいます。

 

アルコールが飛び、水分も飛び、なんとなく体積が減ってきた。

 

「底をシャッとさらって、再び底が隠れるまで2秒」が目安です。

 

ホールトマトを、潰しながら入れます。最後に、缶の1/4くらいの水で缶をゆすいで、そのトマト水も入れます。

 

からの、ここでやっと弱火。煮込んでいきます。

ここで一旦味見をしておいてください。単純に酸っぱいだけだと思います。

 

「2分に一回、鍋肌1周と底全体を1回撫でる」を続けます。

 

これは20分後です。このへんで、ミートソースとしてはもう使えます。

ミートソースにしたい人は、ここでお塩を加えて、味見しながらお好みの味に仕上げてください。その後スパゲティー・ミートソースにどうぞ。

 

トマト系を煮込む理由は、ただ一つ。トマトの酸味を飛ばすためです。

煮込んでから味見するとわかりますが、トマトは煮込むほど酸味が減っていく。

例えば、いわゆるパスタのトマトソース。あれはトマト缶を煮込んだだけです。

トマト缶のままパスタに絡めたら、酸っぱくて食べられないから。

ということなので、例えばミートソースをお望みの方は、上記の状態でまだ酸味が強いと思うならあと10分くらい煮込むといいです。

 

本日はタコライスなので。さらに20分煮込むと、ペースト状になりました。

途中から水分が減りますので、さっきの鍋肌がどうのこうのを1分に1回、最後は30秒に一回のペースで行います。じゃないとこげちゃうから。

それじゃ、お塩を少しずつ入れて、お好みの味にどうぞ。

あとでご飯と混ぜますので、微妙に濃いくらいがいいです。

 

あと、タバスコを入れる人はここで加えるか、食卓で完成品に振るかです。

煮込む段階でタバスコを入れちゃうと、煮込む作業がつらくなるよ。

 

タコライスは、ご飯の上に何をどの順でのせるかがキノコタケノコでして。

要するにチーズを溶かしたい。でもチーズを上にすると見た目はいいけど溶けない。

 

りょうきは、ご飯の上に葉っぱ、チーズ。そこに熱々のミートソースをのせます。

その上で、例えばパプリカとか、砕いたポテチを散らすと見た目もいいかなと。

 

できました。私が作るとなんか違う雰囲気になっちゃって、「リーゾ・タコ」みたいなものができたんですけど。

 

うおっほっほ。チーズ溶けてますねぇ。

 

うぅうわ、うまいわ。たまらん。

上に散らしたピザポテトが、本当にいい仕事してる。

タコライスの、最後の隠し味です。ピザポテト。新しい発見。

 

 

…美味しかったー。

 

えぇわかってます。沖縄の皆さん。おっしゃることはよくわかります。

一般的なタコライスとは何か違います。もちろん自覚しております。

 

ただ、私の場合何を作ってもなんか違うのができちゃって。

だご汁でさえも、ニョッキのスープみたいになったし。

きりたんぽに挑戦した時は、アメリカの子供が食べてそうなお菓子ができました。

なので、個性が出たとご理解くださいな。

 

タコライスは、例えばミートソースだけ仕込んで冷凍しておけば、レンジで解凍からのそのまま加熱で手っ取り早く作れます。簡単ご飯の強い味方です。

 

次は何を作ろうか。

 

良き1日をどうぞ(^^)