こんばんは。りょうきです。

 

 

相談室。ご相談は、「ドツボなう。もう死にたい。何かの祟りか」

 

仕事でも大失敗し、恋愛でも大失敗し、友人も去り、その他もなんだかんだ。

軽い事故まで起こすし、しかもそれらが同時に起きていると。

 

結論。祟りではありませんでした。お祓いは無用です。

 

そういう時期です。相談者様は、人生の台風なり。

 

 

これは私の経験からですけど。

 

人は誰でも、それまでの自分をすべて破壊して、新しい自分になるための時期が来ます。

だいたい20年から30年に1回です。一生の間に3回ほど。

 

その時期、何が起きるか。

 

もう日々の何もかもが、うまくいきません。

今までこれで正しいと思っていた自分の方程式が、急に何一つ通用しなくなる。

うまくいくと思っていたことが盛大に失敗するし、人間関係も何もかも、すべて壊れます。

それが本人の一挙手一投足に影響するので、普段の生活でも事故とかを起こしやすくなるし、食欲だってなくなる。極めて悪循環です。

 

 

 

 

チョウっていますね。アゲハチョウとか。

 

アオムシから、サナギになって、最後は綺麗な蝶になります。

 

途中で2回ほど姿を変えますが、あの時期の蝶は大変らしい。

大量のエネルギーを消費して、命がけで次の形に変わるそうです。

 

そのタイミングは、自分では選べない。とにかく時期が来たら、形を変えなきゃいけない。

その体を一旦完全に破壊して1から作り変える大変な時期が、予告もなく来ます。

 

人の場合は、体じゃなくておそらく生き方を変えるんでしょうね。

だからこれまでの考え方や性格や生き方を、一旦完全に破壊しないといけない。

で、次の生き方に変えていく。というか変わっていく。

 

 

もしもね、お読みくださってる方で台風の真っ最中の方がおられたら。

 

アオムシからサナギに変わる時が来たんじゃないですかね。

だから、魂が揺さぶられている。人生そのものが、揺さぶられている。

 

お辛いでしょうね。でもね、次があるんです。だから今が色々と痛い。

 

このように一定の期間でもって一度破壊され、新しいものに作り替えられないといけないというのは、昆虫や人間の生き方に限りません。

細胞一つから、社会や地球まで例外なく、一定の周期で新しくならないといけない。

そのためには、まず古いものが破壊されないといけません。

 

それを昔のインド人は、壊す専門の神様と作る専門の神様がいると考えた。

シヴァとヴィシュヌです。どっちがどっちだったか。

日本人もそうです。伊勢神宮は、20年に一度作り変えます。

 

結局、世界中の宗教で言われている時点で、これはたぶん真理です。

 

あなたの人生も例に漏れず。

古いあなたを破壊して、新しいあなたに変わるタイミングが来たようです。

 

だから、辛さのあまり自ら旅立とうとか考えたらダメです。

アオムシからサナギになるタイミングが来たのに。

わざわざアオムシで完結させるとかもったいない。

 

それに、そういう事情なので、仮に自ら旅立とうとしても無駄だと思いますよ。

ヒモを結ぼうとしても、邪魔が入ると思います。上のひとは、抜かりないから。

 

そんなの生殺しだと思うなかれ。古いあなたを破壊するまでの辛抱です。

その後絶妙なタイミングで誰かや何かに出会います。必ず。

そこで「あっ」となって、ごそっと考え方や生き方が変わる。アオムシ卒業の瞬間です。

 

 

それに、ちょっと考えて欲しいんですけど。アオムシがサナギになる時の辛さ。

 

変わるタイミングは選べず、勝手に来る。その時期は確かに辛い。

でもアオムシとしてちゃんと育っていないと、そもそもサナギになるタイミングは来ません。

アオムシとしてしかるべく栄養をとって、アオムシとして正しく生きていたから、次の姿が与えられるわけです。

 

 

あなたがちゃんと生きておられたからこそ、次のあなたが与えられます。

つまり今のその台風は、これまでの生き方が正しかったことの証でもあります。

ですので、これまでのあなたは間違ってません。今のあなたも間違ってません。

 

だからこそ、これまで正しかったご自身に、むしろここで別れを告げてですね。

次は新しい基準で、新しい生き方をしていただきます。

これから先のあなたも、やはり間違ってませんから。

 

 

もしかして台風の最中に、なぜかこのブログに来てくれた人がいるかなと思って。

たぶんおられるんでしょうね。私の存じあげないどなた様か。

 

 

今日も1日、お疲れ様でした(^^)

こんばんは。りょうきです。

 

気づけばもう8月。早いですね(すっとぼけ)。

 

相談室。大学の話3。

だいぶ前になりましたが、前回の続きです。

 

 

大学の面白さは、貰うものではありません。自ら探して、見つけるものです。

 

しかし、面白さでなくてもいい。しょーもない疑問でもいいです。

例えば…私の先輩で、面白い研究をした人がいました。

 

その人は、ある時ふと以下のような疑問を持ったそうで。

 

「年齢が上がるにつれて、授業中に挙手しなくなるのはどうしてだろう」

 

たしかに。小学生はうるさいくらい手を挙げますが、高校生はそうでもない。

その先輩は、それはなぜだろうと思ってしまった。しょーもない。

 

しかし他に面白いと思えるネタもなく、他に小さな疑問もわかず。

仕方なくそれを研究することにした先輩は、教育系の研究室に入ります。

 

そこで児童心理学から評価論まで勉強して、自分なりに仮説を立てます。

しかしやってるうちになんとなく面白くなってきたみたいで、途中からはかどる。

で、めでたくそれを卒論にできたんですが、しかし本人はイマイチ納得しない。

 

結局、彼女は大学院に行きました。学部時代の卒論を、ちゃんと研究したいと。

2年かけて修士論文を書きました。彼女の論文は、某教育委員会が是非欲しいということで、その教育委員会の教員向けの資料として大いに活用されているとか。

 

しかし彼女は、教育とは一切関係ない大企業に就職し、数年後そこからまた別な大企業に転職して、転職祝いにポルシェ買ったとか買わないとか。

 

ポルシェのくだりは余計ですが、要するにこういうことなんですよ。

 

「大学で学んだことは、社会では役に立たない」と言いますが。

 

その通りです。

理系の特定の分野でもない限り、「学ぶ内容」そのものは、最初からどうでもいい。

結局、大学で学んだことが直接役立つのではなくて、「大学で何かを自力で積極的に学んだという事実」が役に立つようです。そのネタはなんでもいいから。

 

だから、ド級の就職先とされる企業とか、出身はバラバラですよ。

例えばM物産。商社なので商学部の出身者も確かにいますが、工学部、理学部、外国語学部など、商学部以外の出身の方が多いです。むしろ理系が多いかもしれない。

そして全員に共通するのが、「大学で何かを自力で積極的に学んだという事実」あるいは「その過程を通して、頭を鍛えた人であること」です。

 

大学は就職予備校ではないので、「就職に有利な学問」を教えたりはしません。

最初の2年間で、各自で何でもいいから「!」もしくは「?」を見つけて、それの答えを自力で出すところで。

そしてそうやって過ごした子は、社会からは「頭が鍛えられた子」とみなされます。

 

 

 

ちなみに、学部だけでは足りずに修士課程、果ては博士課程まで学べば、「Ph.D」という称号がもらえます(認められればだけど)。

Doctor of Philosophyの略です。直訳すると「哲学博士」です。

 

学部、修士課程、博士課程のトータル10年ほどもかけて、最初の「!」や「?」の答えを、世界中の学者に納得させられるほどまで自分の頭を鍛えあげた人ならば、もはや自分の専門外でも難しい問いに答えられるだろう。

つまり人類最大の問いである「人間とは何か」みたいな、そんな哲学の問いにすら答えを出せるくらいに頭脳を鍛えた人であろう。

 

ということで、入り口が文学部だろうが経済学部だろうが、行き着く先は等しくPh.D、つまり「哲学の問いにすら答えられるほど、頭を鍛えあげた人」という称号が認められるんですね。

 

あなたが何学部か知らないけど、とりあえず目の前にあるテーマのうちでなんでもいいから一つ選んで、それを使って頭を鍛えてみたらどうですか。

 

どの単位も器用に切り抜けて、頭を鍛える場面をうまく避けて卒業することもできるんでしょうけど。

でも、そういう子はやはりバレます。見ればわかるから。

 

頭を鍛えた人には、頭を鍛えた子とそうでない子の違いが見えてますけど。

鍛えてない子は、鍛えた人が見えないものです。つまり自分でわからない。

 

要するにですね、大学に通って、とりあえず真面目に話聞いて、あれっと思うことを考えながら過ごせばいいんです。

 

サークルとか、そういう楽しさももちろん大事ですが、しかし本来の楽しさを知らないで卒業してしまうのは本末転倒というもので。

 

大学は、実はそれ自体が楽しいところです。

もし楽しくないなら、楽しみ方を間違えてるかもしれません。

 

私は、楽しかったですよ。2個目の大学は。

 

1個目は、楽しみ方を間違えてました。だから、両方わかるんです。

その上で断言しますが、勉強してた方が、よほど楽しかったです。

 

 

結論。朝起きて、勉強しろ(笑)。

 

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

働けない体になってしまってるのに、お仕事が本格的に始まっちゃって。

毎日が自転車操業です。もう何が何だか。

 

そこに久しぶりの相談室。大学の話2。

 

これは学生からでした。

 

「せっかく入ったけど、大学が面白くない」

よくよく聞けば、授業が面白くないと。

 

結論。それが仕様です。3年生になるまで耐えてください。

 

まずね、4年制の学部だとします。

その場合、最初の2年間は一般教養といって、いろんな科目を雑多に学ぶ時期です。

 

私は外大の英米でしたけど、色々やりましたよ。

ドイツ語、マクロ経済学概論、心理学、自然科学概論(つまり数学)、西洋哲学論、マーケティング、商品開発論、英文学、教育指導論その他たくさん。薬品開発論とかもあったっけ(笑)。

 

シラバスをもとに自分で時間割を組むものの、なんだかんだと履修しないといけない。

つまり自分の好きな科目だけ取るわけにもいかないんですね。

 

そしてそれを毎日勉強するわけです。

私は貿易系の英語をしたくて外大に入ったんですが、なかなか貿易英語に行き着かない。

以外の、もう何の関係もない分野の授業を毎日何時間も聞くわけですよ。

 

退屈ですね。本当に。先生も前でボソボソ喋るだけだし。

 

でもね、この2年間に実は狙いがあって。

 

2年間で、いろんな授業を受けて、その中で一瞬だけ「!」となる瞬間があります。

私の場合は、「統語論1」の授業でした。さっさと貿易英語やらせろよとふてくされながら聴いていた統語論の授業で、私はある瞬間に「!」となっちゃった。

たった一瞬だけど、「あっ、今の面白い!」と思っちゃったわけです。

 

これはしかし、私だけです。他の子はみんな眠そうでした。

どういうわけかその瞬間の私だけ、一人の先生の喋る一瞬だけに、「!」となった。

 

ちなみに、仲良しだったヨッシー君は、英文学の授業で「!」となってました。

その瞬間、見ましたよ。横にいたヨッシーが、突然「!」となってね。

しかしその講義は、私は何も感じなかった。ヨッシーだけが、反応しました。

 

さていよいよ3年生になる時、研究室に入ることになります。

「研究室に入る」というのは、特定の先生に弟子入りすることです。

つまり「先生の研究分野にハマったんで、弟子入りさせてください」と門を叩く。

 

私は貿易英語を完全に忘れて、統語論の研究室の門を叩いていました。

 

もちろん、入学当初の志通りに研究室に入る人も多いんですが。

ぼんやり聴いていた一般教養の授業で「!」となって、その研究室に変える人も多い。

 

特に、学びたいことが特にない状態で大学に入った人とか、特に文系に多いナンデモ学部みたいなところに入った人は、逆に言えば2年間の間で自分が「!」となる瞬間を見つけないと、3年生で誰に弟子入りすればいいのかわからなくなります。

 

あるいは、フュージョンもできます。

例えば、貿易英語が目的で入ってきたけど、統語論で「!」となって、「貿易英語を統語論的に解析する」とか、そういう方面を自分で開拓してもいいんです。

 

とにかく一度「!」となれば、強いです。3年以降がはかどります。

大学の先生も「!」があって研究室に来る子達を可愛がるので、むちゃくちゃ勉強させますが、就職から何からむちゃくちゃお世話してくれます。

 

こういう状態が、大学で勉強する本来の姿というか。

学生にそうなってもらうつもりで、大学の講義は運営されてるんですよ。

 

従って、一般教養の先生方も、そのへんはよくご承知で授業をなさいます。

「どうせ君たちのうち99%は退屈に聴いてるんだろう。でもきっと一人は何かにヒットするはずだろうから、その子は勝手にヒットして、来年うちの研究室に来なさい」みたいな。

 

そこに加えて、大学の先生の仕事は、授業ではなくて研究です。

つまり授業屋ではないので、あなたがわかるように説明する義務もなく、ましてやあなたを楽しませる義務もない。予備校の先生は授業屋ですから、できるだけわかりやすくする工夫もしますけどさ。

 

授業屋の授業を1年ほど受けた後で、授業屋の授業を期待して研究屋の授業を受けているなら、あなたのその姿勢が間違いです。大学の先生と、塾や予備校の先生とは、カテゴリーが違いますので。

 

わからないなら、わかるようにあなたが工夫しないといけない。質問とかも行く。

楽しませてくれない? 大学の講義はテレビじゃないのよ。

 

そういうことを知った上で大学に通うとね、いろいろ見えてくるんです。

自分がどういう立ち位置で、先生方は自分に何を求めているのかとか。

それも知らないで授業が面白くないと言えば、大学の先生方も往生しまっせ(笑)。

 

 

相談室、意外と多くて。

 

最近は大学絡みが多い。もうちょい続けさせてくださいな。

 

良き1日をどうぞ(^^)

おはようございます。りょうきです。

 

りょうきの相談室。最近は鬱憤晴らし部屋の様相も呈してきたけど。

大学の話です。今この瞬間の、コロナ効果での日本の大学の有様の話。

 

これね、ここ最近立て続けに相談があったんです。

学生本人から先生どう思いますか、と来たこともあれば。

学生の方から勝手に語ってくれたこともあれば。

なんと大学の先生から、りょうき君どう思うかねとも来ました。

 

ご相談内容は、概ね以下の通り。

 

 

「登校せず、課題を与えられて、レポート書けば単位がもらえる状態。これってどうなの」

 

 

結論。お肉券と同じ。少なくとも保護者様は、双方に怒ったほうがいい。

 

 

要するに、コロ助騒動のおかげで登校ができないので違う方法で学習する、と。

ここまでは当然だと思います。しかしここから先が、大学によりさまざまです。

 

オンライン授業でZoomとか使っているところもあれば、もうレポートだけで単位が出てくるようになったところもある。ある場合は、8月までにレポートを一つ書けば、前期の単位が出るとか。

 

相談は、特に後者についてでした。なんか納得いきません、みたいな。

でしょうね。学費は保護者様がちゃんと払っているわけだし。

 

ということで、ここでは後者の話を進めます。

 

言葉を選ばずに言えば、大学に舐められてますね。学生が。

 

まず、運営側が相手に何かを提供する時、運営側は何を考えるか。

当たり前ですが、わざわざ相手に喧嘩を売るようなことはしないわけですよ。

つまり相手を泣かせてやろうとか怒らせてやろうとか、そういう魂胆はない。

 

コロ助騒動の初期段階で、お肉券ってありましたね。国民にお肉券を配るとか。

あれ、政治家は本気で考えていたわけです。炎上させたかったわけではない。

 

つまり、「お肉券で国民は納得するだろう」と本気で算段していた。

言い換えれば、その政治家の目に国民は「お肉券で納得する生き物」と見えていた。

基本的に、何をやっても反発しない生き物に見えていたんでしょうね。

だから、国会審議で堂々とお肉券で国民は納得するのではと進言できたんですね。

 

ところが実際に話が進むと、珍しく国民から猛反発があった。

つまり政治家の計算違いです。お肉券で納得する程度の生き物だと思ってたのに。

そうか納得しないか。それじゃあ給付金にしようか、となって今に至ります。

 

政治であれ学校であれ、「運営側の目に映る相手の姿」というものがあります。

それがどう映っているかで、運営側のアクションが決まる。

ある程度の存在に映っていれば、ある程度のものが提供されるし。

その程度にしか映っていなければ、その程度のものしか提供されない。

 

これを大学に当てはめてみると、どうなるか。

 

例えばレポートだけで単位を出すことにした大学の目には、学生はその程度にしか映ってない。

はなから学生に喧嘩を売っているわけではないので、「学費そのまま、レポートだけで単位を出す」でみんな納得するだろうと本当に算段している。この方針で、クレームは出ないだろうと思っているわけです。だから堂々とそういう方針を打ち出す。

 

学生側が腑に落ちないのは、おそらくここです。

 

とりあえず単位がもらえるとかそういう話じゃなくて、要するにそう見られているのがなんか気に入らない。

大学から、「こう言っとけば学生は文句を言わないはずだ」の閾値が低いことが、つまり自分たちがバカにされているように感じるんでしょうね。

 

ここまで書くと、それはつまり大学の目線が悪いことになりますが。

 

ただね、その程度に見られてる学生にも原因はあると思います。

その程度に見られるということは、その程度に見られる原因があるからです。

 

例えばある大学では、先生が休講するとクレームが出ます。

風邪とかなら仕方ないけど、個人の都合で勝手に授業を減らすな、と。

だから先生はちゃんと埋め合わせをしないといけない。

この場合、学生がちゃんとしているので、大学側はおいそれと妙なことができない。

 

逆に、休講にすると学生が喜ぶような大学だと、大学は学生を「授業がないと喜ぶ生き物」とみなします。当然でしょうね。

 

Zoomとかで毎日授業を配信している大学は、それをしないとクレームが来るのを分かっているからそうしています。

同時に、何もしない大学は、何もしなくてもクレームなんか来ないのを分かっているからそうしています。

 

大学は自主的に学ぶ場所だから、というのは確かに真理ではありますが。

だったら、学ぶ学生がある程度自由に教員にコンタクトを取れる環境もないといけない。

それに、教員が講義する場面は、そもそも必要だからあったはずだし。

 

お肉券の時は、もし国民が黙っていたら、本当にお肉券が配られて終わっていたと思います。

今はたまたまSNSとかで国民感情の炎上がわかりやすく見えたから、政治家は慌てて修正したんだと思いますが。

 

だから腑に落ちない学生も、腑に落ちないなら大学に言えばいいんです。

お金払ってもらってるんでしょう?希望を述べるのは自由なはずですよ。

 

ただ、そう見られていて仕方ない生活をしていた上でその有様ならば、仕方ない。

だから、その場合はどっちもどっち。利害関係は、ある意味一致しています。

 

気の毒なのは、お金を出している親御様で。

自分の子供が、大学にそう見られるような生活を大学でしているということなのでね。

大学にクレームを言うべきか、自分の子供にクレームを言うべきか。

自分が出したお金の先が、大学と学生の妙な利害関係に終わっていたというね。

 

実はこの話、いろんな方から相談されたと冒頭に書きましたけど。

とある保護者の方からも相談されたんですよ。その時、問題の根本が見えました。

 

仮にですけど、これが予備校なら大騒ぎです。

 

予備校は、テキストを勝手に読んで7月の模試を受けてくださいとか言いません。

学生は、一応ちゃんと勉強したいと思って来ているだろう、授業を期待して来ているはずだから、そんなことを言うと大炎上するだろうと認識しています。

だから、自粛中もオンラインとか、できる形で進めてます。手前味噌ですけど。

 

あなたが予備校生だった時なら、そうされたら激怒してたはずなのに。

勉強は本来自分でするものなのは真理として、でもそれを盾にされても怒ってたはずです。

しかし大学に入ってからは、色々とお休みなっても平気になってしまったの?

もしそうなら、あなたは1年なり2年を予備校で過ごして、大学にそう思われる程度の有様を苦労して手に入れたの?

 

くだらない。だからどっちもどっち。

あんなに入りたいっていうから、我々も予備校で色々やったわけですがね。

我々の仕事は入試までですが、今その有様なのは正直悲しい。

 

気に入らないなら、大学に文句を言えばいいです。

お肉券が給付金に変わったみたいに、大学の方針が変わるかもしれません。

それをあなたが望むなら、ですけどね。お肉券で実は満足なら、黙っときな。

 

政策によって、登校できないとか不自由があるのは仕方ない。

でもここで、常日頃からの大学の本心と、大学にそう思わせている学生の日頃の態度みたいなのがあちこちで露呈してますね。

 

断っておきますが、そもそも普段から学生が勝手に勉強を進めていて、一般教養のうちから特定の先生の研究室に入り浸るような大学は、この限りではないと思います。

そういう大学ではそもそも放任主義なので、今更学生を縛っても意味がない。

ただ、そういう方針だった大学でさえ、意外とZoomやってますけど(笑)。

 

長くなりましたが、まとめ。

大学が、学生を舐めてますね。学生は、今舐められるようなことを今までやってましたね。

根本的な問題は、スポンサーである保護者を差し置いての、学生と大学の不誠実な利害関係です。

ですので、お子様をその程度とみなす大学と、その程度とみなされる経緯をお持ちであり、かつ現状何も言わないお子様。

 

何れにしても、保護者様におかれましては、誠に遺憾なことと拝察します。

保護者様は、どうぞ双方向にお怒りください。

 

 

とか言いつつ私の出身大学は…あ、よかった。ばっちりオンライン授業してるわ(笑)。

 

良き1日をどうぞ(^^)

こんばんは。りょうきです。

 

りょうきの相談室。お仕事がらみ。

 

「職場の人間がアレでさ、もう仕事が嫌なんだ」

 

…慎重に伺わないといけませんな(笑)。

 

まずですね、私の職業人生はそもそも折り返し地点にも行ってないので。

つまり青二才の目線ということをご承知おきの上で聴いていただきたいんですけど。

 

ボヤが起きたとして、上司であるあなたは、部下に「消火器を撒け」と命じたとします。

 

その時、部下には3通りの人が考えられます。

 

1.火に向けて消火器を噴霧して、消えたかどうかを確認する人。

  ダメおしに水までかけて、完全に火を消す人です。これは仕事ができる人。

 

2.消火器を噴霧したことにする人。

  作業が面倒なのか、噴霧したようにウソをつく人です。つまりサボりです。

  火を消さないといけないこともわかっていて、しかし火を消さない。罪が重い。

 

3.消火器を噴霧することを目的として、消火器を噴霧する人。

  つまり「ボヤには消火器を噴霧しないといけない」を文字通り実行する人です。

  この人の場合はしかし、「なぜ消火器を噴霧するのか」がわかりません。

  ウソだろと思うかもしれませんが、こういう人いますよ。

  だから、まだ火が出てても「消火器を撒いた、よし」と涼しい顔で帰ります。

 

以上3通りが考えられますが、1と2は、実は思考回路は同じです。

責任感が違うだけです。両方とも、何のために消火器を使うのかを分かっている。

だから2が何らかのきっかけで改心すれば、すぐに1になります。

 

問題は3です。これはもうどうしようもない。そしてこれが意外と多い。

おバカさんとはちょっと違うんです。でも悪意もありませんから2の仲間でもない。

1と2からすればもう謎の第3勢力で、その思考回路は、謎に包まれています。

 

この3の人々というのは、いわば限りなく機械に近い人というか。

機械って、命令文しか聞こえません。つまり「火を消すために、消火器を撒け」の命令のうち、機械は「火を消すために」を認識せず、「消火器を撒け」しか認識しません。

だから、その結果火が消えたかどうかは、そもそも確認する必要がないと思っている。

 

では試しに、3の人に消火器を渡して「その火を消せ」と命令するとします。

しかしここでまた、ここから2通りに分かれます。

 

消火器を撒いて、ちゃんと命令通り火を消す3aくん。お利口さんです。

こっちが悪かったですね。「消火器を撒け」じゃなくて「火を消せ」と命じるべきでした。

 

ここに、もう一つのパターンがあって。消火器を持たせて、「その火を消せ」と命じたら。消火器を持ったまま水を探しに行く3bくん。これはいよいよおバカさんだと思います。

 

 

まとめ。

 

職場にいる人は、大きく3通り+1。

 

1ばかりだと、組織は強いです。究極の理想ですね。

2は、悪意があるのがまずい。なので、一度痛い目にあわせて改心させれば1になる。

 

3aは、思っているより身近に多い。というか過半数です。

これに命令を下す立場であれば、機械へのコマンドのように命令すればいい。

言い方は悪いけど、機械を使うつもりで動いてもらうと、はかどります。

逆に言えば、彼らの動きがちぐはぐなら、上司のあなたの機械操作が下手だということです。

 

3bは、少ないながらも職場に必ずいます。彼らは絶対に一人にしてはいけない。

 

 

だいたいどの職場でも、この3通り+1が当てはまりました。

 

で、不機嫌なのは3の人たちです。命令通り動いているのに、なぜか怒られるから。

イライラして狂いそうなのは1の人たちで、誰が嫌いだとかに忙しいのが2。

 

上司になるのは、基本的には1か2です。ただ、3aがなることもあります。

以前にも書きましたが、日本の会社とか組織は、成果を上げたから出世するわけではない。

ヘマをしなかった人が出世する仕組みになっています。役員は、ある意味最もヘマが少なかった人でもあります。

 

最初は優秀な1さんが出世して、その1さんは賢くて命令も的確なので、ご自身の下にいる3aさんたちを上手に動かします。

1さんの下についた3aさんたちは、的確な命令のもとその通り動けば綺麗に仕事が進むので、ある意味1さんのおかげなわけですが、一つのミスもすることなく働き続けます。

 

で、ミスの少ない順から出世するから、次はその3aさんが出世する、と。

うーむ、因果なものですな(笑)。

 

ちなみに、3さんたちは、1や2とは絶対に分かり合えません。

言い方があれですが、人間と機械が分かり合えるって、ないでしょう?

 

だから、自分がどれなのかをなんとなく見極めて、他は基本的に違う種だと思うのが真理だと思います。

少なくとも、自分と同じ思考回路をしていると思うのは間違いです。

思考回路が違うから、あなたが怒る理由が彼らには本当にわからないし、理詰めで諭してもおそらく違う聞こえ方をしています。

 

だからね、職場は仕事が終わればさっさと帰るのが一番いいんです。

思考回路が違う人間同士が集まって、命令という電気信号だけでお金を稼ぐ場所だからね。

そこに感情とか、信号以外を入れようとするからおかしなことになる。

このくらい割り切って考えれば、仕事って楽ですよ。

 

その上、このくらい割り切っていれば、もしかして職場で仲良しができた時は嬉しいです。

「あ、この人は同じ思考回路だ」「この人は怒るポイントが俺と同じだ」みたいな。

 

おかげさまでりょうきは、仲良くしてくれる方が多くて嬉しいです。

 

1/ 2/ 3でいうところの、自分がどれかはわかりませんけど。

少なくとも、思考回路の次元で自分とは違う人がいっぱいいると、いい意味で割り切る。

だから類似の回路の持ち主に出会うと、遠い異国で日本人にあったみたいに嬉しい。

 

長くなりましたね。

 

ということで、もしも職場の人間関係でお悩みならば。

これらの1/ 2/ 3a / 3b で言えば、あの人はこれかなと考えてみたらどうですか。

もちろん自分が一番偉いとか思ってしまうと、社会人型中二病になっちゃうけど。

 

職場は、宇宙です。地球人もいるけど、宇宙人が多いです。

遠いところでのお勤め、今週もお疲れさまでした(笑)。

 

 

良き週末をどうぞ(^^)