北アイルランドの小学校で行われている哲学の授業
そこでは子どもたちに考える事の大切さを教えていた
しかし、その地は昔から現在まで暴力の連鎖が続いていた
鑑賞日 2023年6月25日
映画館 キネマ館
子どもの教育はどの国でも大切な事。
しかし、PCやAIの技術が発達した今日では昔ながらの知識の量や計算の速さはあまり重要でなくなっています。
だからこそ深い思考が求められる哲学の考え方が重要になってくるもの・・のはず。
本作はそんな哲学の授業を行っている小学校を舞台にした作品。しかし、その根底にはそれ以上に悩ましい問題が見え隠れしています。
本作のポイントは哲学と暴力。
北アイルランドのホーリークロス男子小学校では校長のケヴィンを中心に哲学の授業を行っていた。
幼いゆえに暴力で訴える子どもたちになぜ暴力を行うのか、それで相手がどうなるかを説くことに。
しかし、北アイルランドでは以前からカトリックとプロテスタントとの闘争が続いており、それが現在まで影を落としていた。
加えてコロナ過となり満足に子どもたちに接する機会を失ってしまった先生たち。
果たしてケヴィン校長が考えた哲学の道とは?
どうしても手が出やすい子どもたちに対し、考える力を育むもうと葛藤するケヴィン校長たちなのですが、それを遮るのが宗教の考えの違い。
同じキリスト教でもカトリックとプロテスタントでは考えが異なり、ゆえに対立の構造になってしまっています。
最も本作の舞台であるホーリークロス小学校もカトリック系の学校であり、また今のご時世男女共学でないのも根深さを感じます。
(パンフレットを見ると本当は男女共学にしたいけど、共学にするには敷地が足りないとのこと、学校分けりゃいいんじゃね?)
見どころは中盤、保護者説明会。
子どもたちが考えるために親に頼んだこととは?
確かに会話を遮るのはよろしくありませんね。
気になった点はケヴィン校長の生い立ちがあまり語られていない事。
エルヴィス・プレスリーが大好きでやはりアイルランド出身ということはわかるのですが、なぜここまで熱心に哲学を教えるのか掘り下げても良かったのかも。
考える事の重要性は大切だけど、その土台ができていないと糠に釘といった本作。
終盤にようやくその土台作りに力を入れるところで終わっているのですが、大変な作業になりそうな・・
(さらに言うと思考を探求する哲学はあらゆるものが神の所業に直結する宗教との相性が相性が悪い)
それでも考える事はあきらめたくないところです。
その北アイルランドを舞台にした映画。
この時の出来事の延長線が本作に繋がっています。