予防医療として活動をして、多くの事を同時にしている理由です。
若い頃、実家の家の隣が火事で災害の被害を受けたことで、
放火が原因でしたが、家の中は、消防隊員が消火活動で入られて水浸し、真っ黒なすすが拡がり住める状態ではなくなりました。
どう対処をして行けば良いかさえ分からない。
気持ちも身体も心も、また野次馬のような拡散された無碍な言葉や、繰り返し聞かれる質問。
変な噂もありましたし、新聞記者さんも、
ニュースを観たのか、駆けつけていまして、
テレビ撮影のように現場を撮っていました。
私たちは、正直、不愉快を感じていましたが、
パニックになっているので、大混乱で言葉が出ない状態です。
幸い、家族には死亡者はいません。
怪我もありませんでしたが、後少し遅ければ大きなことになっていただろうと推察は中学生の頃合いでも勘付きました。
消火活動をしている方が、インターフォンで何回も起こしてくださったことで火事だと気付く。
すると、もう窓ガラス1枚が割れると、
火の渦巻く世界に呑まれる手前でした。
移動後にガラスが割れた音が耳に焼き付いて何度も、思い出す瞬間に少しの間は怖く感じた記憶があります。
また、離婚理由がDVやモラル・ハラスメントで妊娠中に逃げて、離婚調停で相手方へ離婚に向けて準備。
この選択肢があり、今は幸せです。
この時にお世話になった病児保育でお世話になったNPOさんから、取材を依頼されて、
今後、このような被害者が増えませんようにと思い、NHK朝イチ、読売新聞さんへ協力させて頂けたり、素敵な方と話しが出来ました。
この頃は、正看護師資格を取るため行動していました。
全国10か所以上受験をしました。
新幹線や飛行機と乗りまして、日本でしたら別に何処で暮らしてもいい。
と思い受験校を社会人入試枠、AO入試枠で受験すると、何処かは合格できるといいな。
という気持ちでした。
子どもが小さくて預け先がなければ難しいことがありました。
また、学生では実習がありますので、割と看護学生は忙しくて卒業をすることが大変でしたという当時を振り返っても、
中学生になった息子に言われることが、
お母さん、良い意味でレベチなことしたよねー。
僕さ、小さい頃、眠くてたまらんかったんだけど、お陰で知らない内に体力が付いた。
と話すくらい、子どもと関る時間は1日1時間くらいで、
朝も移動まで早朝保育では時間が間に合わないので、
・移動保育園に迎えに来て頂き朝6時に息子を送り出す
・その後、車で幼稚園へ
・幼稚園で居残り保育の間に体操教室などサポートできるようお願いする
・病児保育に鍵や必要な物を幼稚園側へ預けて必要時に連絡して預け入れて頂く
・活用できるファミサポさんへお願いする
こんな風に育てて来ましたので、自宅には色々な方が出入りをしていまして
人見知りをしない物怖じのない
元気な反抗期がしたいという中学生男児息子に成長しています。
大変だったからこそ、健康や身近にいる大切な人を守れる工夫など。
キッカケが数多くあり、これらも視点として活かすことで今もコミュニケーションを図ることで武器として活かされています。
ここまで読んで下さり有難うございます!!