皆さんは荻窪にある「荻外荘(てきがいそう)」と呼ばれるお屋敷をご存知でしょうか。荻窪駅から歩いて10分ほどの閑静な住宅街にありますが、鬱蒼とした樹木に囲まれた、とても都心に有るお屋敷とは思えない素晴らしい邸宅です。ここは日本の第34,38,39代の総理大臣を務めた、近衛文麿公の私邸であったところです。近衛家と言えば五摂家筆頭で、開祖は藤原忠道の長男藤原基実(近衛基実)公です。藤原本家の嫡流で、近衛文麿公は第30代に当られる方です。戦後GHQから戦犯指名をされて収監される前夜に服毒自殺をされました。その後は文麿公の次男の通隆氏(長男の文隆氏はシベリア抑留中に病死)がお住まいになっておられましたが、残念な事に今年の春に亡くなられました。現在は通隆氏の未亡人節子様がお住まいになっておられます。下の写真が荻外荘の門に掲げられている「近衛」の表札です。
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さて、前置きが長くなってしまいましたが、この荻外荘で私の友人が、何と風流にも俳句の勉強会をするから、是非来るようにと誘われ、久し振りに荻外荘を訪ねました。俳句の勉強会の先生は、近衛節子未亡人。久し振りにお会いしましたが、お元気な様子で安心致しました。
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上の写真のように、荻外荘のお庭の鬱蒼とした緑の空間は都心では得がたいものです。
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和室で、むくつけき男共が、節子未亡人の指導で勉強会を始めました。俳句にはとんと縁が無い素人の集まりでしたから、季語の説明から、五七五の組み方まで懇切丁寧に教えて下さいました。余り型に拘らず自由に読んでみなさいというご指導で、それぞれが6月の季語を紐解きながら、苦心して句作に励みました。さて結果は、何と僕の作った句が2作特選に選ばれました。

「梅の実を 漬ける母の手 老いが見え」、 「父の日の 94歳 声に張り」の2作でした。近衛節子先生に素直な良い句ですとお褒めを頂き、とても嬉しかったですよ。

5月最後の日曜日、父の週末介護の為に、南那須の父の山荘に行ってきました。父の介護と言うより、むしろ父の介護で休む間も無い母を休ませる為と、母を買い物に連れて行ってあげるためです。4月の下旬に行ったときから1ヶ月、陽気も変わり、両親の住む山荘では、庭の花々もすっかり新しい花が咲き出して、目を楽しませてくれました。母と買い物を済ませてから、母の庭の手入れの手伝いをして、花が終わったツツジ等々にお礼肥えをあげたり、雑草取りをしたりと久し振りの庭仕事に精を出してきました。今はバラのシーズンです。僕も一時期バラ栽培に夢中になった事がありました。今栽培されている名花と言われるバラは殆どヨーロッパで作出された品種が多いのです。南那須の両親の山荘のバラもヨーロッパ種が多いですね。下の写真は僕の大好きなバラで「ピース」(仏)です。黄色とピンクのグラデーションがとても良いですよね。
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下の写真は真紅のビロードのような花弁が見事な「タチャーナ」(独)です。
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そして次ぎのピンクが「クローネンブルグ」(英)で、大輪が見事です。
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そして、下の写真の黄色は「金閣」(日)。日本で作出された名品です。
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下の写真の赤と黄色が花弁に出るツルバラは「チャールストン」(米)で、ツルバラの名品です。
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とまぁー、鮮やかなバラの名品が庭を彩っているのですが、山荘らしい地味ですが、愛らしい花々もたくさん綺麗な花を見せてくれているのですよ。下の写真は「紫蘭(シラン)」、今がちょうど身頃です。
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下の写真は、子供の頃にどこででも見かけた「ムラサキツユクサ」。派手では無いですが、どこか懐かしい感じがする花です。
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このムラサキツユクサには白花種も有って、清楚な感じがします。
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ベトナム料理でいつも出て来て、いつも生のサラダで食べさせられる「ドクダミ」も可愛い白い花を咲かせます。
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4月に山菜料理で楽しませてくれた「コゴミ」は、もう食べられるシーズンは終り、こんなに茂っています。
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そんな訳で、5月下旬の南那須の父の山荘の花々をお見せしました。次はどんな花が楽しませてくれるのでしょう。楽しみです。

作詞作曲家の石坂まさを先生の71歳の誕生日を祝うパーティーが、5月18日、目黒の居酒屋「庄や」で開かれました。1941年5月18日生まれの石坂先生は当日71歳を迎えられました。1941年と言えば、その年の12月8日に日本軍による真珠湾奇襲攻撃が敢行され、太平洋戦争が始まった激動の年です。母一人子一人の寂しい環境で育った石坂先生が、家族にも友人にも恵まれて、お身体に不自由は有るものの、賑やかな老年を迎えておられるのは素晴らしい事ですよね。当日は100人を越える石坂先生の友人が集い、楽しい一夜でした。
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会の始めに、小澤酒造株式会社の小澤社長から届けられた菰樽を使って数人の友人代表がお祝いの鏡開きを致しました。お酒はもちろん小澤酒造さんの自慢のお酒「澤乃井」です。石坂先生の本名は「澤ノ井龍二」ですから、本名と同じ名前の清酒と言う事で、石坂先生と小澤社長の縁が結ばれたそうです。
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友人を代表して、株式会社大庄の平社長がご挨拶と乾杯の音頭を取ってくれました。平社長も石坂先生を支える支援者であり永年の友人です。
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会場は庄やの目黒店3階の大広間。例によって僕が司会役を仰せ付かり、大勢のお客様の前で緊張して司会進行を務めさせて頂きました。
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庄やさんのご好意で、たくさんの美味しいお料理を、食べきれないほど用意して頂き、宴は夜の7時から9時までの2時間でした。
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石坂先生は、当日少しお疲れ気味で、体調が悪かったのですが、最後までお付き合いくださって、とても幸せそうでしたよ。この日を楽しみにして少々張り切りすぎて、疲れてしまったようでした。