今日のスケッチ。
坂のある風景。
土曜日に訪れた峰集落は、1967年に最後の住人が離村して、廃村となった。
峰に集落ができたのは、鎌倉時代末期に秩父の方から逃げてきた人達が住み着いたといわれる。
この廃村である峰集落は、日本民族学の祖である柳田國男氏が、帝大生の若き日(1899年)に峰に滞在した事でも知られている。
この時柳田氏は、峰の長であり古里村の村長でもある福島文長氏宅に滞在した。
3日間の滞在中、福島氏や村民から聞いた話が、後の柳田民族学の源流になったといわれている。
峰に電気が通ったのは昭和31年になってから。
それまではずっとランプ生活が続いていた。
毎朝の日課が、数百メートル下の水源地まで水を汲み上げてくることだったという。
恐らくガスはなくて、薪や炭で煮炊きをして、風呂をわかしただろう。
50年前に鳩の巣から川苔山に登った時は、鳩の巣の交差点から峰の集落跡まで伸びる西川林道はなかったように記憶している。
20年前に娘を連れて本仁田山似登った時に、大根の山の神まで林道が来ているのに気づいたのだ。
それまでは、細い道を行き来しての生活だったのだろう。
子供たちは、古里の小学校まで片道1時間かけて通学していた。
日本全国の山奥に、平家の落人伝説のある集落がある。
先月、アラレちゃんと檜原村の数馬まで兜屋根をスケッチに行った。
その数馬の里も「平家落人」の伝説があるが、「甲斐武田氏の落人伝説」もある。
高貴な一族が戦いに敗れて深山未踏の山奥でひっそりと暮らす。
それだけで物語となる。
そういう物語では、必ず鄙には稀な美少女が登場する。
稲つけばかかる我が手を今宵もか殿の若子が取りてなげかん、
万葉集の読人知らずにあったな。
峰の美少女は田んぼはないから稲はつかない。
その代わり、泉から清水を汲むのが仕事だ。
青柳(あをやぎ)の、張(は)らろ川門(かはと)に、汝(な)を待つと、清水(せみど)は汲(く)まず、立ち処(ど)平(なら)すも
意味
青々とした柳が芽吹く川の水汲み場で、あなたを待っていようと清水も汲まずに足踏みをして地ならしをしています。
地頭の若君光弘は、眉目秀麗で、この地方の乙女たち バンビやおラン姫の憧れの的である。
その光弘が鹿を追って山に入り、泉で沐浴している絶世の美女、アラレに出会う。
美男美女の二人は互いに一目で好きになる。
身分違いの二人の恋は、周りの反対にあう。
その時アラレちゃんが詠んだ歌であるという話しをこしらえてしまった。
淋しいお爺さんの夢想だから許してね。