薩摩弁の江戸っ子 | かもさんの山歩き

かもさんの山歩き

毎週末、山を歩いてスケッチしてます。
漫画も描きます。

今日のスケッチ。

 

フランス、ノルマンデイのブーヴロン・アン・オージュ村。

こんな夢を見た。

 

 

私の家に桂小南という落語家が、間借りして住んでいる。私はまだ高校生らしい。

 

私は落語家になりたいと思っていたので、小南師匠に弟子入りすることにした。

 

 

 

 

さっそく、小南師匠の内弟子になるが、小南師匠自体が私の家に間借りしているので、今までと変わらない

 

しかし、師匠と弟子である。

 

優しかった師匠が、ガミガミと厳しくなった。

 

毎朝、学校に行く前に、師匠の六畳の部屋を雑巾がけして、部屋にあるコンロで朝ご飯を作る。

 

母がこっそり手伝ってくれる。

 

 

それが師匠に見つかって、説教される。

 

学校が終わると、寄席の楽屋に入り、師匠方のお世話をする。

 

 

音痴の私は、師匠の出囃子の太鼓がうまく叩けない。

前座仲間の立川談志からいじめられる。

 

 

 

夢から覚めて思ったこと。

私は幼い頃から、お笑いが好きだった。

 

漫画もストーリー物より、お笑い愉快漫画。

私が中学生の時に描いた漫画も、愉快漫画というやつだ。

 

 

桂小南さん(二代目)は、子供の頃は好きな落語家だった。

 

 

子供にもわかりやすい落語だった。

 

てんしき、鋳掛屋。

 

小南さんは東京の落語家なのに、関西弁で上方落語を口演した。

 

、三代目三遊亭金馬の内弟子だったが、出身地の丹波なまりが抜けず伸び悩んでいたところ、金馬より上方噺に転向するように言われて、大阪に上方落語を覚えてきた。

 

宮崎県出身の落語家がいたが、まず宮崎のなまりをとるのに苦労したようだ、

 

しかし、逆に当代の三遊亭園歌のように、薩摩なまりを武器にする手もある。

 

江戸の人間は、諸国からの寄せ集めである。

 

三代続けて江戸育ちではないと江戸っ子とは言わないらしい。

 

生まれ育った地方のなまりは、生涯抜けない。

 

江戸の落語家は江戸っ子でないといけねえとなる。

 

 

それなら、無理に江戸なまりになおすより、茨木なまりのある八さんや、関西弁の大家がいてもいいではないかと、私は思う。。

 

 

式亭三馬の「浮世風呂」には関西弁の商人が登場する。

 

江戸の大店はたいてい関西に本店があるし、使用人も関西人だ。