今日のスケッチ。
山間の春。
![イメージ 1](https://stat.ameba.jp/user_images/20190606/06/m-kamou/d2/c8/j/o1469116614441355005.jpg?caw=800)
20数年前、友人の中野さんとお互いの子どもを連れて金時山に登った。
下山して、温泉に入った。
いい湯加減で、湯船で思わず私は歌を歌った。
「箱根の山は天下の嶮 函谷関もままならず」
中野さんが不思議そうに私を見ている。
![イメージ 2](https://stat.ameba.jp/user_images/20190606/06/m-kamou/21/72/j/o0899062214441355058.jpg?caw=800)
「蒲生さん、なにをブツブツ喋っているの。それとも、俺に話しかけているの?」
「箱根山の歌だよ」
「歌っていたのか。
それは失礼した。
でもさあ、蒲生さん歌なら節をつけないとさ。」
カラオケの時は伴奏がつくから、歌っていると分かってもらえるが、アカペラだとしゃべっているとしか思えないらしい。
私の音痴、それも上に超のつく音痴は、祖父からの隔世遺伝だと思う。
兄や姉は音痴だと聞いたことはないから、私だけ受け継いだようだ。
夏のある日、風呂からあがった祖父は、フンドシ姿のまま、籐椅子に座り涼んでいた。
そのうち、祖父がうめきだした。
気分が悪いのかとビックリしたが、どうやら歌っているようだ。
「万丈の山、千尋の谷」
そうか、俺の音痴は祖父から受け継いだか。
中学生の時である。
ところで箱根八里の歌詞のことである。
「箱根八里」
作曲は滝廉太郎。作詞鳥居枕
「箱根の山は 天下の嶮(けん)
函谷關(かんこくかん)も ものならず
萬丈(ばんじょう)の山 千仞(せんじん)の谷
前に聳(そび)へ 後方(しりへ)にささふ
雲は山を巡り 霧は谷を閉ざす」
この歌詞、おおげさではないかというのが、初めて箱根を訪れた時の感想である。
初めて箱根にきたのは登山の時ではない。
私にも甘い青春の思い出がある。
ところが、先月、山伏峠からの帰り、芦ノ湖から特急バスに乗った。
箱根新道を通って箱根湯本までノンストップである。
屏風山をまわりこむと、左下に常に箱根旧道を見ながら走る。
![イメージ 3](https://stat.ameba.jp/user_images/20190606/06/m-kamou/fb/28/j/o0450033814441355085.jpg?caw=800)
そこから見ると、なるほど、箱根の山は入り組んで、渓に面して険嶽を望み、歌詞の形容が決して大げさではない。
あんな崖の上によくまあ、。温泉宿やホテルを建て、あんな勾配のあるところを電車を通したなと感心する。
箱根山の中を歩いていると、全体が見えないが、離れて見るといかに深い谷かよくわかる。