横浜の26歳採用コンサルのブログ -18ページ目

資本主義の原理

本を読んでて自分の中で整理されたことがありましたので書こうと思います。



経験上、”あぶく銭”は必ずなくなるという哲学があります。



サラリーマンをやる前はちょこっとだけ強引な経路でお金を稼いでいたことありますが、



稼いでも稼いでも



やれ、たいして注目されてないのに、見栄で高い服を買いまくりお金がなくなった



やれ、本当に偶然に交通違反が見つかり罰金とられた



やれ、横浜の町が台風で水没し、自分の車も水没した



などなど思いだすとキリがありませんが偶然の出金が多かった気がします。



”あぶく銭”とは人を騙したりして無理やり稼いだようなお金だと思っているのですが、



これがなぜなくなるかというのはよくわかりませんでした。



なくなるもんなんだということだけわかっていましたが、



今回少し深く理解できた気がします。



お金とは何か?



そもそもの原点は、お金とは自分ではできないことをサービスとして手に入れる手段だと思います。



お金がなかったら行動範囲は自分の体力に依存します。



横浜にいたら東京に行くのにも歩いて行かなければなりません。



歩いて行ったら何日間もかかかります。



これじゃあ仕事へ出勤できません。



海外に行くのにも泳いでいかないとなりません。



僕の愛すべき南国と出会うことはなかったでしょう。



お金がなかったら住んでいる周りにできる作物しか食べれません。



お米もパンも肉も調達するのに一苦労です。



お金がなかったら着る服も葉っぱがいいとこでしょう。



ウケは取れるでしょうが、冬だったら死活問題です。



こう考えると僕らはお金を使い、それに見合うサービスを毎日受け取ってることになります。



逆にそれに見合うサービスを提供しないでお金をもらうってどういうことか?



そんなことすれば確実にバチがあたりますよね。



皆、払ったお金に対する適正なサービスを普段受けてるのに



自分だけ適正なサービスを提供せずにそれ以上のお金を貰えるわけがありません。



それ以上のお金を手にしたとしても自分は提供したサービスと同等のサービスしか受け取ることができないんじゃないでしょうか。



生きたお金を使えないということです。



周りにも



自分の地位のために



自分の名誉のために



自分の欲のために



金稼ぎをする上で自分が提供できる価値を深く考えずにひたすら数字を追いかける人多くいます。



お金の根本はこんな簡単なことなのに、欲が関わると簡単なことが見えなくなるものですね。



そんな時、あぶく銭を得たらなくなる、そんな資本主義の原理が働きます。



すぐにかもしれないし、後でいっぺんにかもしれないし…



あぶく銭で受けようとするサービスは適正な価値を得られないんでしょうね。



僕らは資本主義の世界で生きています。



資本主義の原理からは逃げられません。



でも決して、ネガティブにとらえることはないとは思います。



本当に価値あるサービスが提供できるのならお金をもらう権利を手にすることができるのだから。



きっと繁栄するのでしょう。



このことにも資本主義の原理は働くのではないでしょうか。



このことをしっかり自分へと戒め、僕は今日も商売の仕組みを必死に考えています。