だいぶ経ってしまいましたが姉はお陰様で完治し、後遺症もなく、通常の生活に戻れました。ご心配頂き、ありがとうございました。
10日間、激しい頭痛や発熱、体の痛みや倦怠感、食欲不振、味覚障害などで夜も眠れず、大変苦しかったそうですが、その間、家事をせざるを得なくなった息子たちが母親の有難味がわかったようで、感染によってもたらされたのは災いだけではなかったようです。
しかし世の中には残念ながら回復できない方もおられます。このブログを読んでくださっている方の中にもいらっしゃいました。 一般的には死は不幸と思われがちですが霊的視点からは異なります。
死ぬということは肉体の牢獄に閉じ込められていた霊が自由になることです。苦しみから解き放たれて霊本来の姿に戻ることが、はたして悲劇でしょうか。
天上の色彩を見、言語で説明のしようのない天上の音楽を聞けるようになることが悲劇でしょうか。痛むということを知らない身体で、一瞬のうちに世界を駆けめぐり、霊の世界の美しさを満喫できるようになることを、あなた方は悲劇と呼ぶのですか。
Q 霊的知識なしに他界した者でも、こちらからの想いや祈りの念が届くでしょうか
A 死後の目覚めは理解力が芽生えた時です。霊的知識があれば、目覚めはずっと早くなります。その意味でもわれわれは無知と誤解と迷信と誤った教義と神学を無くすべく闘わねばならないのです。それが霊界での目覚めの妨げになるからです。
そうした障害物が取り除かれないかぎり、魂は少しずつ死後の世界に慣れていくほかはありません。長い長い休息が必要となるのです。
また、地上に病院があるように、魂に深い傷を負った者をこちらで看護してやらねばなりません。反対に人のためによく尽くした人、他界に際して愛情と祈りを受けるような人は、そうした善意の波長を受けて目覚めが促進されます。
シルバーバーチの霊訓(4) より
正しい死後の知識を携えて亡くなる人は非常に少ないと思います。
人生の中で身に付いた誤った死後の世界観をお持ちの方も多いことでしょう。そうした方々の目覚めが促進されるように、温かい想いを向けての祈りが必要です。
