私は昔、自分は本当に運が悪い人間だと思っていました。
小さい頃から大事なじゃんけんでは必ず負け、成人してからはいつも貧乏くじを引き、パチンコをやれば全く出ず、競馬はいつも惜しいところで当たりません(笑)
もちろん今では酒もタバコもギャンブルもやりません
それがかなり不自然な確率で当たらないのです。何かが掛かっていなければ人並みに当たります。友達とトランプやゲームをしていても、じゃあ次負けたやつはジュース買ってくるのな、という話になれば途端に負けて買いに行かされます。
会社の先輩からも「なんでそうなの?」「お前、本当に運悪いよな~」などと笑われていました。
一度だけ会社のビンゴ大会で一位になりましたが、その先輩からは「お前、帰り道に車に轢かれたりしないように気を付けて帰れよ」と言われる始末です。
しかし何かの本で読みましたが、ギャンブル運が悪いというのは運がいいのです。
賭け事に強いという事はそれだけギャンブルにのめり込み、結局は身を滅ぼす原因となります。運が悪いと笑っていた先輩はいまだにパチンコや競馬で散財し、限られた人生の大切な時間を無駄に使ってしまっているのかもしれません。
振り返ってみて、ああ、私は守られていたのだなぁと思いました。
そして勝負の世界には必ず敗者の悲哀があります。その体験をずっと重ねてこれました。
たまに自分は負けず嫌いだと自慢げ?に言う方がおられます。トランプでもなんでも絶対勝つまでやめないんだ。そんな事を言われると少し戸惑います。私は負けることも大事な経験だと思っています。
更には運というものは無いということを知ります。
何をやってもうまくいくという一見幸運な人はそれだけ良いカルマがあるのかもしれませんし、その先には大きな苦難が待ち受けているのかもしれません。
人生にはひとつの無駄もなく、幾重にも折り重なった法則の中で人は生きています。運がいいとか悪いといったことを気にするよりも、その時々を大切に明るく生きましょう。
幸運というようなものは存在しません。法則の働きがあるのみです。たまたまそうなったというようなことは一つもありません。法則によって規制されている宇宙においては、すべての出来事は原因と結果の関係で生じているのです。
シルバーバーチの霊訓(12) より
