東京のど真ん中で、流行の先端。そういった街のパン屋さんから、「うちでやってみないか」という誘いを受けたこと。素直に嬉しかった。自分がやってきたことを認めてくれ、評価してくれる人がいるということは、仕事をやっている上で、ひとつ大きな喜び。けれども、自分には現在、所属しているパン屋がある。移籍か、残留か。話を頂いたことがゆえ、迷った。迷うことは、苦しかった。自分自身との会議が長引くものだから、眠れない夜が幾夜も続いた。 それぞれの道には、それぞれに良いこと、そうでないことがあると思う。今回は、本当に細かい部分まで、いろいろ考えた。けれど、一歩踏み出すまでの、自分自身の答えはなかなか出なかった。
他の業種と違い、パン屋の世界では、同じ場所にずっといるよりも、いろいろな店を渡り歩き、様々な味を覚えるということが良しとされている部分がある。それは、明らかにサラリーマンの価値観とは異なる。そして、それはまた戦後の近代化を終え、終身雇用制度が崩れかけたこの国の現状と、少し似ているのかもしれない。現在、多くの若者は、世間や企業が自分の事を守ってくれるとは思っていない、というか思えない。自分を守るのは自分自身でしかないと思っている。会社のために頑張ることよりも、個人の価値やスキルを上げることが、現在の生きてく術なのだ。しかし、パン屋の世界では、昔もいまも、基本的な考えは変わっていない。ひとつの場所に固執せず、より自分を高めることのできる場所へ、そのルールはいまもなお根強く残っている。
あまりにも答えが出ないもんだから、おれは違った角度から考えてみることにした。自分にとっての幸せって何だろう、簡単に言えば、そんなところだ。そして、もうひとつ、自分の人生について。自分の人生をどんなふうにしていきたいか。この二点を柱におれは、どちらの道に進むべきか考えた。
「人間はみんな弱いけど 夢は必ずかなうんだ
瞳の奥に眠りかけた 挫けない心
いまにも目からこぼれそうな 涙の理由が言えません
今日も明日もあさっても 何かを捜すでしょう」
’僕の右手’ / The Blue Hearts
ひとつだけ、確かな答えに近づいた。それは、自分の人生は、決して自分のためだけの人生ではないということ。人間は一人では生きてくことはできない。絶対に生きてくことができない。誰かの支えや助けがあって初めて、’自分の人生’になる。人生は、自分のためだけに、ただ真っ直ぐの道が続いているわけではない。誰かの人生と交わる交差点がいたるところにあって、はじめはそれが、両親の人生と交わるし、やがて、友人、先生、結婚相手、子供、孫と交わっていくのだと思う。そんな時に、周りのことも考えず自分勝手に、高いビルなんか建ててしまえばどうだろう。自分の人生と交わる人は当然、困るであろう。遠回りの表現ばかりになってしまったが、おれが考えているのは、つまりはそういうことだった。
迷いのある中で仕事をするということは、本当に難しいことであった。いつものリズムで仕事ができない。それがどんなものであったか、なかなか思い出すことができない。頭の中では、常に天秤が置かれ、様々なことを考えても、どちらかにほんの少しだけ、傾く程度であった。これだけ答えが出ないとは、自分でも正直、意外であった。初めは、深く考えれば、何となく答えに近づくような気がしていたからだ。本当に安易な発想だったと思う。
そんな中での仕事中、おれが何気なく店を見渡していると、腰を曲げたひとりの老人が近づいてきて、おれに「フランスパンの焼き上がりはいつですか?」と聞いてきた。おれが、「あと10分で、焼き立てがご用意できます」と答えると、それを聞いた老人は、10分間ずっと、おれの仕事の様子を見ていて、フランスパンが焼きあがるのを待っていた。そして10分経ち、おれが焼きたてのフランスパンをその老人の元に届けると、彼はたくさんの皺が入った顔をさらにくしゃくしゃにして、子供のように純粋に笑顔を見せた。「おいしそうだね、ありがとう。」と言った老人の顔に、少しも嘘なんてなかった。その瞬間、おれはなんだか救われた気がした。心を悩ませるもの、不安にさせるものを、その老人の「ありがとう」の一言が、おれの中から見事に取り除いてくれた。多分、それがおれにとっての仕事の幸せなんだと思う。おれは、地位や名誉やお金のためではなく、この老人のような、本当に純粋な気持ちで「ありがとう」を言ってくれる人のために、毎日パンを焼いていきたい。きれいごとに聞こえるかもしれないけれど、仕事をする上で、これより大切なことってないのではないかと思った。
幸せは、東京だけに転がっているのではなく、どんなところにも必ず転がっている。おれは今の会社に残り、自分を成長させていこうと思った。これは決して、何かを諦めたというわけではない。チャンスを逃したとも思っていない。だから、後悔もしていない。幸せは、ある場所に行けば見つけられるというものではなく、常に自身の心にあるものだ。何を幸せとするかは、結局のところ、自分次第。いま、おれが考える最高の幸せは、自分が大切だと思っている人たちに、同じように自分のことを大切だと思ってもらえること。いつか築かれるだろう家族、いつか生まれることだろう子供、そして、両親、友人。こういう人たちと、ずっと手をつないでいるような人生、それがおれにとって理想の幸せのかたち。その幸せのために、おれは仕事を頑張っていきたい。そしたら、おれもあの老人のように純粋な気持ちで誰かに「ありがとう」を言えるかな。悩み、考え、ようやく’ほんとうのこと’に出会えた。いま、そんな気持ち。
The modest Rose puts forth a thorn,
The humble Sheep a threat'ning horn;
While the Lilly white shall in Love delight,
Nor a thorn, nor a threat, stain her beauty bright.
(しとやかなバラも刺を出し
おとなしい羊にも威嚇する角がある
ただ白百合だけは、純粋な愛の歓びにひたり
刺も、威嚇も、その輝く美しさを汚さない)
’The Lilly' / Dragon Ash