10年と言う歳月の流れ、それは決して短いものではない。目まぐるしく変わる環境、置かれた状況、心境の変化、それぞれにそれぞれの時間がある。その期間を一言で語れれば、それはそれで良いのだろうが、おれたちはそんなに簡単には生きていない。ごく普通の暮らしの中にも、山があり、谷がある。様々な営みの中で、得たもの、失ったもの。それらすべてを説明していくのに、一晩というのは、あまりにも短すぎたのかもしれない。


おれは、それこそ10年ぶりくらいに、親戚の家を訪ねた。小さい頃は、夏になると、おれの家ではそこに行くことが恒例行事となっていて、実家では毎年の夏のたくさんの思い出が、アルバムを重くさせている。いまでも、まるでそれが昨日の事のように、頭の中に笑みがやってくる。楽しいことが、当たり前だったあの頃。やがて、おれは部活やらバイトやらで忙しくなり、就職もしたりして、なかなか行けなくなってしまった。夏でなくても、行こうと思えば行けたし、決して時間がなかったわけではない。しかし、物事にはタイミングというものがある。おれが行く時間があっても、相手の都合もあったり、その逆もしかり。ただ、すれ違いがこんなにも長引くとは、想像もしていなかった。


親戚の家は、宮城県にある。仙台から電車で15分ほどのところだ。おれは育ちは横浜だけれども、生まれは宮城で、本籍も宮城にある。住んだことはないけれども、夏になれば必ず行っていたし、今でも特別な感情を持っていて、大学時代や、今の職場でも、宮城出身の人とは、他の県の人よりも長く会話のキャッチボールができた。その放物線に描かれているものは、同郷という安心感なのかもしれない。故郷とは言わないまでも、それによく似た感情が、おれの中には確かにある。


青い新幹線は、ここ何年か乗る機会は多かったが、緑の新幹線は本当に久しぶりであった。大宮を過ぎたあたりからは、自然の多い街並みが続く。窓の向こうには、それこそ、新幹線の色の景色が広がり、それはおれに安らぎを与えてくれ、目を癒してくれた。緑を見ることは目に良いと、よく言われるが、それは本当だと思う。晴れた日に、陽射しが降り注いだ木々の葉なんかを見ると、何となく気持ちが穏やかになる。おれは毎朝、緑の多い並木道を通って、パン屋に向かう。その部分においては、高いビルを目指して、毎朝、目と鼻のすぐ先に人の顔があるような満員電車に乗っている人たちよりは、幸せなのかもしれない。


仙台に到着。おれが前に来た時とは、随分と印象が違う気がした。それでも、「牛タン」や「萩の月」の垂れ幕を見ると、懐かしい気持ちになる。仙台から親戚の待つ国府多賀城へ。電車に乗る時、自分でドアを開けることくらいは知っている。東京や横浜でしか、電車に乗ったことのない人は、このシステムはビックリするかもしれない。そういえば、ドイツで電車に乗った時も、自分でボタンを押して、ドアを開けた気がした。おれは、このシステムを季節や時間帯によっては、関東でもやるべきだと思う。おれは、職場が埼玉だった頃、朝、ほとんど誰も乗ってない電車に乗り通勤していた。誰も乗ったり降りたりしない駅でも、ドアは開いた。真冬などは、駅に着くたび、外の冷たい空気が入り込み、おれは顔を目の下までマフラーで隠した。ウォームビズやクールビズなどもいいが、もっと違った視点からも考えるべきだと、おれは思う。地球に優しくできることは、まだまだたくさんあるはずだ。一人ひとりが、ほんのちょっと優しさを持つだけで、クラゲが大発生することもなくなるのかもしれない。


駅まで親戚が車で迎えに来てくれていた。10年ぶりくらいに会うのに、あの時と同じよう、家族の一人のように迎え入れてくれた。不自然なところが全くない。おれはそれが、本当に嬉しかった。めまぐるしく変化していく毎日で、変わらないものがある。ずっとこのままでありたいと思うものが、変わっていなかったことを確認できた時、それはたぶん「感動」なのだと思う。いくらか歳を重ねたとはいえ、たとえば、おじいちゃんやおばあちゃんから見るおれは、あのときの10年前のおれなのだ。彼らから見れば、15歳のおれも25歳のおれも同じ、何も変わっていないのだ。


新鮮なお米、畑で取れたばかりの里芋、ここでしか味わうことができないお味噌汁。どれもが懐かしいものだが、今のおれの生活から見れば、非日常だ。なんかすごく、あったかかった。この雰囲気を味わえただけでも、来て良かったと思った。ひとつ気付いたことがある。それは、老人の笑みは本当に優しさに満ちているということ。そしておれに向けられる言葉も、本当にあったかい。たぶん、あの種の笑みは、年齢の、あるラインを越えないと出せないものだと思う。「どんな仕事でもいいんだよ、身体に気をつけて頑張るんだよ、またいつでも遊びにおいで。」何気ない言葉にも、なんだかすごくありがたい言葉に聞こえた。ここ何年か味わっていない種類の感動である。おれは、時計の針が、いつもよりゆっくりと動いているような気がした。


歳の近いいとこが、仕事が終わって帰ってきた。おれたちは、居間からいとこの部屋へと場所を変え、この10年のことを語り合った。あの頃と比べれば、話す内容も随分と大人になったのだと思う。仕事の話は、とりわけ、長い時間をかけて話した。それぞれに置かれた状況、立場、何を生きがいにしているかなど、文章にすれば少し難しい言葉が入ってくる話を。楽にお金を稼げたら、それはそれでよいのかもしれないが、残念ながら世の中に簡単な仕事など存在しない。働いて、お金をもらうということは、とても大変なことなのだ。そして、職場での人間関係の難しさも。自分の親の世代のような年齢の人を扱うことは、とても難しい。会社の中で、自分が立場は上だとしても、人生と言う面では大先輩である。たとえば、奥さんにも子供にも逃げられ、ひとり寂しく生活をしているおじさんがいたとする。すべてのモノが彼の元を離れてしまったが、ひとつだけ彼のものとから逃げなかったものがある。それは、’プライド’だ。しかし、その自尊心は、会社の中で上司になって部下を持つようになれば、責任感と言う面で大いに役立つが、そういう人が逆に部下の立場になった時、その自尊心は非常に厄介なものになる。昔は、自分より年上の人は、基本的には上司であった。敬っていれば、それで良かったし、従っていれば安定が得られた。けれど、今は違う。敬うことは変わらないかもしれないが、引っ張っていかなければいけない状況も増えてきた。年功序列や終身雇用制度が崩れ、その後にこの国にやってきたものは、完全なる実力主義の世の中だ。しかし、この変わり目は新たな問題を発生させた。それは、おれたちの世代が実力主義だと思っていても、親達の世代は、いまだに年功序列にしがみついているという点である。おれたちは、その狭間で揺れている。あと10年もすれば、世の中は変わるかもしれないが、いまは両者の主張が混じりあった、非常に混乱した時代と言えよう。もちろん、おれといとこは、久しぶりに会って、ずっとこんなシリアスな話をしていたわけではなく、ものすごく下らない馬鹿話もたくさんした。長い夜となった。けれど、本当に有意義な時間であったと思う。