夜、「さぁ、寝るぞ」って決めて、電気を消す。

真っ暗で、とても静かな空間にいる自分。

そうすると、明るい時には気付かなかった音が耳に伝わる。

時計の病身が刻まれる音。

いつ降りだしたか分からない雨が地面に落ちる音。

消したばかりの暖房の残音。

それはとても小さな音の群れ。


休みの日、部屋の掃除をする。

トイレや風呂場はすぐに汚くなる。

やりたくてやっているわけではない。

しなければいけないことだから、しているだけだ。

きれい好きなのではない、単に汚いのが嫌いなだけ。

一週間もしないもんなら、部屋はすぐに埃が出る。

けれど、仕事の日、くたくたになって帰ってきたおれの目には、

それはあまり目立たない。

休日、別に目を凝らしてみているわけではないのに、

部屋の埃が目に付く。

休みの日でなければ見えないちりやゴミ。


仕事の日、「よし、今日も頑張ろう」とか、

「おいしいパンを多くのお客さんに届けよう」とかって意気込む。

どうしたら、目標に近づけるか、必死で考える。

けれど、完ぺきはありえない。

そして、なぜ完ぺきでなかったのか考える。

けれど、仕事場でコックコートを来ている自分には、

答えがなかなか見つからない。

疲労感を覚え、だらだら自転車を走らせ、家に帰る。

気持ちを切り替えようと思い、音楽を聴いたり、

服やインテリアの雑誌に目を落とす。

そんな時、今日は仕事であ~すればよかったとか、

昼間の自分の行動より、もっと良い方法が思い浮かぶ。


冷静になれば、もっと多くの音が聞こえ、多くのものが見え、

様々なアイディアが思い浮かぶ。

落ち着いて物事と対峙することが大事だな、大切なんだな。

ずっと思ってはいたが、再確認。

脈絡もなくそんなふうに思った夜があった。






ようやく、この日が来た。早く家に帰りたくなる日。

年に1回あるかないかの特別。去年は、この特別はなかった。

誰にだって、好きなアーティストの一人くらいいるものだ。

おれにとって、彼らの音楽はやはり格別な想いがある。

彼らの新たな音と新たな言葉に、新たな感動を。

キリスト教徒の賛美歌のように、おれにとって、

ドラゴンアッシュの音楽は、Redemption Song(救いの歌)。

ずっと変わらない。


たぶんこれまで、最も聴いたアルバムが「Viva la Revolution」。

カッコよすぎると思った。

CDに傷が付くまで、本当に何度も聴いた。

いま聴いても、決して色褪せることはない。

前作「Rio de Emotion」もすごくよかった。

ラテンミュージックとドラゴンアッシュの相性がすごくいい。

一曲しかないが、スペイン語で歌う降谷建志の声が最高。


ドラゴンアッシュを一番好きになる瞬間は、夜の車の中。

あまり音量を上げず、わずかに聞こえるくらいに聞くのが一番好き。

そのくらいのボリュームで聴くのが、静かな夜の道では、

気持ちが穏やかになり、自分の好きな時間となる。

たとえば、次の日が休みのとき、仕事から帰ってきて、

あてもなく、車を動かしたくなる時がある。

たとえば、自分の中で何かを変えたいとき、

夜の街をあてもなく、走りたくなる時がある。

そんなとき、ドラゴンアッシュは、決して高圧的にではなく、

気の利いた言葉と最高の音で、おれに何かを与えてくれる。

家に戻ってくると、なにか満たされているものを感じ、

その一日を、気持ちよく終わらせてくれる。


新しいアルバム「INDEPENDIENTE」。

おれは、この先、何度このアルバムを聴くことになるのだろう。

仕事や人間関係が上手くいかなかった夜に、

走る車の中で、どんなふうにやさしくしてくれるのだろう。

彼らの音楽は、アルバムごとに変化していく。

一貫性とやらはないのかもしれない。

次のアルバムが、どんなアルバムになるかなんて分からない。

それでもおれは、どんなふうになるにせよ、

彼らの音楽、方向性を支持していくだけだ。

おれにとって救いの歌であることに、変わりはないのだから。


「よこしまな連日と おざなりなrainy way

落とし穴でいつも 怖がりなbaby face

不条理な中傷に 揺れるより

頭上に描くstory 溢れるように」


              ’Rainy’ / Dragon Ash














とても小さなことに幸せを感じるようになった。

注意してみないと気付かないような、本当に小さなこと。

そんなことに嬉しくなることが、最近は多くある。


この前の休日のことだ。

前日に、しっかりカーテンを閉めていなかったせいで、

朝、わずかな隙間から差し込む太陽の光で目が覚めた。

いつもの目覚まし時計で起こされているのとは違う何か。

強引にではなく高圧的にではなく、何かもっとやさしいもの。

目をこすりながら、それが何か考えた。

それはたぶん、幸せなんだろうと思った。


休日、天気が良いと気持ちがよい。

体も心も伸びをしたくなる。

太陽の下に布団を干せるのもすごく嬉しい。

その夜、フカフカの布団に横たわる瞬間、

すごく満たされた気持ちになる。

とても小さなことかもしれないが、フカフカの布団に横たわり、

天井を見上げると、不思議なことに嫌なことを忘れている。

楽しかったことやこれから起こる楽しいことばかり思い浮かぶ。

誰かから、すごく優しくしてもらっているような、そんな感覚。



「覚えたり 教えられたり 勉強したりするんじゃなくて

 ある日突然 ピンときて だんだんわかることがある」

             

                ’歩く花’ / THE BLUE HEARTS


休みの日、朝一番に飲むコーヒーが好き。

仕事の慌ただしい朝にはない味。

けれど、どちらも同じ朝一番のコーヒー。

違いは、自分の気持ちと言うか、余裕。

コーヒーは落ち着いて穏やかな気持ちで飲むのが一番おいしい。


仕事の日は、基本的にはシャワーで済ませてしまうことが多い。

時間がないわけではないけれど、どこか気持ちに余裕がない。

けれど、休みの日、湯船にお湯をため、ゆっくりお風呂に入ると、

なんて気持ちがよいのだろうと思う。

それもまた、最近のおれの小さな幸せ。


子供の頃は、何かモノを買ってもらったときなどに、

幸せだなぁなどと思ったりしていた。

コーヒーを飲んだり、お風呂に入ったりしたときに、

そういう気持ちなったことはない。

しかし、いまはホント小さなことにも幸せを感じるようになってきている。

誰かからそれを教えられたわけではない。

自分から覚えようとしたわけでもない。

いつから変わったのだろう。

なんか、すごい不思議な気分。

けれど、どこから変わったかなんて、本当はどうでもいいことだけど。



「はっきりさせなくてもいい あやふやなまんまでいい

 僕たちは何となく 幸せになるんだ」


                ’夕暮れ’ / THE BLUE HEARTS


       











大阪旅行の余韻で、なんだか急にお笑いが見たくなった。

今年初のルミネ。

いまのおれにとって最もエキサイティングな場所。

笑いの生の迫力が、ダイレクトにぶつかってくる、

その感覚が、たまらなく好き。


今回一緒に行ったのは、パン屋のアルバイトの学生。

仕事中もそれ以外でも、すごく親しくさせてもらっている。

彼は、社員のおれに対しても、あまり気を使わないで接してくれ、

それはおれにとって、本当にありがたいこと。

年下から気を使われたりするのは、好きではない。

社員とアルバイトと言う関係で、歳もおれの3つ下だが、

プライベートでは、同級生の友達のような感覚になることを、

おれは本当に嬉しく思っている。


この日のルミネは、出演者が豪華とあって、

立ち見が出るほど、お客さんがたくさん来ていた。

普段、平日の昼間は、それほど混まないで良い席で見れるのだが、

この日は、ギリギリのところで一番後ろの席に座れた。

きっと、早くから来て、チケットを買った人もいるのだろう。


2時間の公演で、前半はネタ、後半は新喜劇となっている。

おれは新喜劇も大好きだから、どちらも同じくらい楽しみであった。


ネタ出演者) レギュラー、次長課長、アップダウン、あべこうじ

         レイザーラモン、中川家、品川庄司


テレビで見るのと生で見るのは全然違う。

笑うと言うことは本当に健康にいいことだ。

毎日の仕事の疲れも忘れ、ステージ上で繰り広げられる、

ネタや漫才に集中している瞬間、それも一つの健康だと思う。

人を笑わせることができる人は、本当にカッコイイ。

もう一つ感じたこと、それは面白いことやギャグなどは、

仕事場での人間関係にも役立つコミュニケーションであるということ。


後半の新喜劇もすごく良かった。

東京の人は、テレビでもやっていないし、あまりなじみがないかもしれないが、

生で見ると、その面白さに驚くことだろう。

おれも、見たことがなかったときは、新喜劇を軽視していた。

しかし、はじめて見た時、イメージが180度変わった。

新喜劇は、人を笑わせるベーシックなことが、詰まっている。

それがおれには、とても新鮮であった。

この日の新喜劇も知っている人はひとりもいなかったが、

充分に楽しむことができた。


ルミネTHEよしもとでは、入場の時にコインが渡され、

そのコインでオロナミンCを飲むことができる。

大笑いした後の、冷たい炭酸がすごくおいしい。

おれたちは、終了後、同じルミネにあるすぐ下の階のカフェで、

2時間の公演の話を、2時間かけて話し、

思い出しては、大爆笑した。

こんな一日は、家に帰っても全く疲労を感じない。









久しぶりに気持ちの良い目覚めであった。

何かに起こされたと言うのではなく、自然に目が覚めた、

そんな感覚が嬉しかった。

おれたちは、準備をして朝食のバイキングへ。

この時間は、旅行の楽しみの一つである。

以前、おれはこのブログで、

「朝食がおいしいということは、良い一日になることを意味する」と、

書いたが、その想いは少しも変わっていない。

ゆっくりとした時間の中で、一つ一つ時間をかけて味わい、

楽しく話したりしながら、落ち着いた気持ちでその時間を楽しむ。

そういう朝食は、本当に幸せなことだと思う。

最近ののおれの朝食はどうだろう。

ギリギリまで寝ていて、時計に急かされて、

自転車に飛び乗り、ペダルをこぎながらパンを食べたりして。

もっと余裕を持って朝食を食べることができれば、

もっといい一日が待っているはずなのに。

この朝食でおれは、忘れかけていたことを再確認した。


一度部屋に戻り、荷物を整理し、フロントでチェックイン。

今回で2度目の滞在であったが、良いイメージであったホテルが、

変わらずに素晴らしいホテルであったことを本当に嬉しく思った。

何度でもここに来たいと思う。


おれたちはまず、ホテル近くのなんばグランド花月の地下にある、

吉本笑店街へ行った。

ここは、昭和30年代の町並みを再現した館内にあるお笑い博物館。

いたるところにギャグが散りばめられていて、

各芸人のブースや昔の懐かしい映像・写真などが見られる。

張り紙や看板にも小ネタギャグが満載で、

あっという間に時間が経ってしまった。

ここもまた、大阪城や通天閣と同様、

大阪でしか見られない名所の一つであると思った。


その後、これもまた楽しみの一つ、買い物の時間。

目指すは、アメリカ村、そして南堀江のオレンジストリート。

買い物と言うのは、おれにとって本当に大好きな時間だ。

リラックスした気持ちになり、とても気分が良い。

欲しい物と出会えたときは、もう最高の気分だ。

けれど、何かを買うことだけが楽しみなのではない。

見て楽しむというのも、買い物の醍醐味だと思う。

特に旅行などでは、行ったことのない店がほとんどだから、

見て回ることに、飽きることはない。


途中、雨が降ってきたので、すぐ近くにあったカフェへ。

雨宿りが見事に合う雰囲気のカフェであった。

緑のソファーがかっこよくて、木目のテーブルもすごく良かった。

お客さんもおしゃれな人が多かった気がする。

こういうのを見ると、自分の部屋のイメージ、バリエーションが膨らむ。

頭の中でいろんな部屋のイメージが思い浮かぶ。

あ~でもない、こ~でもないが頭の中を行き来していく。

けれど、これは気持ちが落ち着いていないと、考えるないこと。

イコール、自分の好きな時間なのだ。

そんなことを考えていたら、雨はすっかり止んでいて、

ほんのわずか、陽が射しはじめた。


帰りの新幹線まで少し時間があったので、おれたちは、

ホテルの部屋から見えたドンキホーテの観覧車に乗ることにした。

これは2005年3月に登場した、世界初の楕円軌道観覧車で、

キャビンの180度回転など、驚きがいっぱい。

地上約80メートルまで登り、

そこからは、ミナミの街を一望できる。

夜は、ネオンできらめく道頓堀付近の中でも、

一際、存在感を放っている。

しかし、実際乗ってみると、安全が心配になるような、

不気味な音がしたり、

頂上まで行くまでに見えるものは、汚いビルの屋上ばかりで、

ここは、もう一度乗りたいとは思えなかった。

次に大阪に来ることがあっても、おそらくここには来ないだろう。


そして、おれたちはいくつかお土産屋さんを回り、

なんばから新大阪へ。

二日間、本当に充実した時間であった。



~あとがき~


こういう楽しいことがあると、仕事も気持ちよく頑張れる。

仕事を頑張るのは、こういう楽しいことのためかもしれない。

要は、仕事も大事、遊びも大事ということ。

どちらかに片寄りすぎている状況は健全ではない。

大切なのはバランス。

12月、1月と仕事が忙しかったから、

今回の旅行でだいぶ安定することができた。

旅行はやっぱ、いいもんだなぁ、あらためて、そう思う。











2年ぶりの大阪。相方と二人、笑いの旅。

楽しいことが一番。面白くて笑ったりすること、それが何よりの幸せ。

旅行と言うのは、いつだって’非日常’を与えてくれる。

見るもの、聞こえるもの、感じるもの。

そういうものが皆、とても親切なのだ。

半分しか入っていないスーツケース、

帰りは楽しすぎて、笑いすぎて、きっと閉まらなくなるだろう。

旅行ってやつはいつもこうだ。

おれに、楽しい思い出を与えすぎる。


真っ暗の早朝、誰も通っていない駅までの道。

ただ、スーツケースが進む音だけが耳に届く。

冬の朝は、顔が痛くなるほど、空気が冷たい。

それでもおれは、これから始まることにわくわくしている。

気温のせいで表情をこわばらせてはいても、気持ちよく白い息を吐いている。


新横浜で相方と合流、早朝ののぞみで大阪へ。

まずは、駅で朝食用としてシュウマイ弁当を買った。

これはおれたちの旅で、恒例のこととなっている。

別に決めていることではないが、いつもこうなる。

今では、シュウマイ弁当を食べると、旅が始まったという気がする。


名古屋、京都を経て、新大阪に到着。

個人としては、もう6回目の大阪で、もう随分慣れた。

どの電車に乗れば、どこに行けるかなど、だいたい把握できている。

おれたちは、環状線を使い、今回最初の目的地、大阪城へ。

時計の針は、まだ10時にもなっていない。


大阪城公園駅から徒歩で15分、金の虎が睨みつける天守閣へ。

晴天の大阪城は、本当にきれいだった。

モダンな建築物を見慣れると、こういった歴史的な美しさに

感銘を受けずにはいられない。

公園内はとても広く、ジョギングをしている陸上部の学生や、

朝の散歩を楽しむ老夫婦たちがたくさんいた。

城は8階建てとなっており、8階の展望台以外はすべて、

豊臣家の歴史を知ることができる博物館となっている。

秀吉の波乱万丈の生涯は、3Dを使ったショートムービーで

上映されていて、歴史好きなおれには興味深いものであった。

8階の展望台からは、大阪市内が一望できる。

風が強く寒かったが、今まで見たことがないような角度から

大阪と言う街を見ることができ、とても良い経験となった。


次におれたちは、大阪の象徴の一つである通天閣へ。

パリのエッフェル塔をモデルにしたといわれるこのランドマークは、

狭い商店街を通り抜けると、ひときわ存在感を出していることに気付く。

おれたちは、幸運の神様’ビリケンさん’に会いに、展望台へ。

なにわの街を温かく守り続けるビリケンさんに、

おれは、この旅が楽しい旅になることをお願いした。

この展望台からも大阪城同様、市内が一望できる。

外に出ることはなく、写真付きの解説もあったので、

方角ごとにどんな建物があるのかなど、詳しく知ることができた。


通天閣を出たおれたちは、そろそろおなかも空いてきた頃。

ここ数年ブームとなっている人気の串カツを食べに、

おれたちは通天閣の下に広がる新世界の串カツ店を目指した。


おれたちは軒を連ねる串カツ店の一つに入った。

昼間からお酒を飲んでいる人がたくさんいる。

ここらへん一帯は、どうやら下町の居酒屋といった具合だ。

いきなり、キャベツが出てきたり、ソースの二度付け禁止であったり、

慣れない状況ではあったけど、味は確かなものであった。

串カツはもちろんのこと、鶉の卵や豚角煮もとてもおいしかった。

今まで知らなかった大阪の顔を見れた気がして、充実感も。


新世界を後にし、おれたちは荷物を置くため、ひとまずホテルにチェックイン。

ホテルは、2年前にも泊まった「スイスホテル南海大阪」。

このホテルは、少々高めなのだけれど、

おれたちの要求に見事に応えてくれる。

立地も「なんば駅」に直結と言うことで、好きな理由の一つであるが、

何より素晴らしいのは、おもてなし、

すなわち、ホスピタリティーの精神だと思う。

本当に細部まで客のことを考え、気持ちよく滞在できるように努めている。

今回は部屋に入り、テレビをつけた時、’Welcome'のあとに自分の名前が

映し出されていたのが、本当に心温まるサービスであった。

従業員の接客態度も、本当に素晴らしい。

サービス業に携わる一人として、見習う点は多くあると感じた。


おれたちはその後、少し休んでからなんばの街へ。

本当にたくさんのお店が狭いスペースに密集している。

気温が低く寒かったけれど、どの店も大阪の人はとても元気であった。

大きな声を出し、客を呼び込もうとしている。

グリコの看板、かに道楽の大きなカニ、そしてくいだおれ人形など、

道頓堀付近は本当に賑やかだ。

おれたちは、おいしそうなたこ焼きを食べ歩きしたりして、

夕方、そして夜のなんばの街を楽しんだ。


*大阪には東京にはないものがたくさんある。

 その一つに、コミュニケーションというか、人と人のふれあいがあると思う。

 それは、おれの職場で明らかに欠けているものである。

 一言あるだけで、随分と仕事の効率が変わるのにと思うとき、

 相手が元気な関西の人で、たくさん話ができる人であったなら、

 おれはもっと仕事がやりやすく、楽しくできるのにと感じた。

 もちろんすべての面で理想と言うことではないが、

 取り入れたい部分はホントに多くある。

 






















メディアがこぞって、掃除機のスイッチを入れた。

拾い集めているものは、この国に蔓延る「不信の例」だ。

思えば、耐震偽装の一連の事件が始まりだった。

食べ物、住むところ、先生たち、その他いろいろ。

信じていたもの、信用していたものからの裏切り行為。

どれだけ頭を下げられても、「なかったこと」として許されるものではない。


嘘が氾濫している。そこら中に散りばめられている。

それは、たとえ拾い集めて指定の袋か何かに詰めても、

誰も回収しに来てはくれない。

それどころか、その袋をカラスが鋭いくちばしで切り裂き、

様々なところを、散らかしていく。


毎日、多くの嘘が生まれる。

新たな嘘が、新たな嘘を呼ぶ。

ねじれたこの国で、すべての嘘に鈴でもつければ、

そこら中で、つんざくような音が鳴ることだろう。

おれたちは、どこに行く時だって、

耳を押さえて歩かなければならない。


鉄筋の量を少なくし、消費期限を守らず、

嘘の「安全シール」が、いたるところに。

絶対にやってはいけないことが、そうでなくなってきている。

「信用」で繋がっていたものが、世の中がどんどん便利になるにつれ、

音を立てるように、どんどん崩れている。

「信用」。それは無形で目に見えぬものだけど、たとえ見えたとしても、

いまは、表面はでこぼこしていて、ひどく汚れているに違いない。

一度そうなってしまうと、なかなかきれいな状態に戻すことは難しい。

それでも、この国は表面上は、「美しい国」を目指している。


最新の「不信」の例である、「不二家」について。

車で不二家の前を通ると、寂しい気持ちになる。

いつも満車だった駐車場に、一台の車も止まっていない。

店内を覗いてみても、営業中にもかかわらず、客がいない。

ペコちゃんは、以前と同じように笑っている。

その笑顔は、何だか無性に寂しい気持ちにさせる。

従業員達はどんな気持ちなのだろうか。

「不二家」というブランドを誇りに、死に物狂いで頑張ってきた人は、

どういう気持ちなのだろうか。

その頑張ってきた人たちには、家族もいることだろう。

そういう人たちは、何を信じて、これから生きていくのだろう。

同じ飲食業として、心が痛む。

消費期限のことなんて知らず、会社を信じていた人だって、

たくさんいるはずだ。

もちろん、「不二家」と言う会社は、許されるものではない。

憎まれて当然のことだと思う。

けれど、それはすべての従業員に向けられるものではない。

その中には、裁かれるべき加害者と、同情すべき被害者がいる。

「不二家」に関わるすべての人を批判するのは、

少し違うのではないだろうか。


いま住んでいる場所、いま食べているもの、

今まで教えられてきたすべてのこと。

いま乗ったエレベーターが急に止まって,

事故に巻き込まれるかもしれない現在、現状。

まず、疑うことから始めなければならないなんて、悲しすぎる。

けれど、ニュースになるような「不信の例」は、

これからしばらく、なくなることはないだろう。

それでもこの国は、表面上は「美しい国」を目指している。







その店は、いつだって暖かく、おれを迎え入れてくれた。

ドアを開くと鳴る鈴の音が、とてもやさしかった。

高圧的にではなく、静かにおれの期待に応えてくれる感じ、

それが本当に、ありがたかった。

大学時代、よく行った家庭的なフレンチレストラン。

ムードのある薄暗い店内、ろうそくのゆらめき。

思い出すと懐かしさが押し寄せてくる。

もう一度、行きたいと思う。

けれど、残念ながら、それはもうできない。


だんなさんと奥さんが夫婦二人でやっているレストラン。

茅ヶ崎駅から、海のほうに行く道の途中にその店はあった。

決して大きな店ではなく、華やかな店でもないのかもしれない。

おれだって初めてひとりで行った時には、道に迷ったものだ。

けれど、そこはどんな店にも真似できない雰囲気と味があった。

ドアを開けると鈴が鳴り、奥さんが笑顔で迎えてくれる。

お客さんと言うよりは、知り合いとして接してもらい、

それがおれには、嬉しかったのだ。

もう一度、鈴を鳴らしたいと思う。

けれど、残念ながら、それはもうできない。


この店を知ったのは、おれの母親が、この店の奥さんと

中学時代の同級生で、それ以来ずっと親交があったからだ。

おれが行くと、必ず母親のことを聞かれたものだ。

おれは普段、お酒を飲むことはほとんどないけれど、

この店に行った時には、一杯だけ赤ワインを飲んだ。

この店で飲むワインは、すごく気分が良かった。

車で行く時もあったし、いつも飲んでいたわけではないけど、

あの赤ワインは忘れられない。

もう一度、あの赤ワインを飲みたいと思う。

けれど、残念ながら、それはもうできない。


オーナーであるだんなさんは、本場フランスで修行したこともあるすごい人だ。

職人のイメージがぴったり当てはまる人で、威厳があり、

おれが行っても、顔を見せるだけで、決して笑うことはなかった。

それでも、おれがパン屋で頑張っていこうと決めたとき、

そのことを報告すると、ほんのわずかだが、微笑んでくれ、

一言だけ、「頑張れ」と言ってくれた。

あとで聞いた話だが、おれがパン屋になったことを、

オーナーはすごく喜んでいてくれてたらしい。

それはいまでも、おれの励みになっている。

オーナーに、続けて頑張っていることを報告したい。

けれど、残念ながら、それはもうできない。


オーナーが亡くなったのは、去年のことだった。

しばらく行ってなかったから、そろそろ顔を見せに行こうかなと、

そんなふうに思っていた頃の、突然の悲報であった。

オーナーともっとたくさん話がしたかった。

もっともっといろんなことを聞きたかった。

教えてほしかったことは、本当にたくさんある。

けれど、残念ながら、それはもう、、、できない。


それ以来、東京で横浜で、その他いたるところで、

おれの期待に応えてくれるようなレストランを探した。

大きなレストランはある。華やかなレストランもいっぱいあった。

けれど、あったかくてぬくもりがあって、やさしいレストランは、

いくら探したって、どこにもない。

きっと、この先も見つけることはできないと思う。


茅ヶ崎の「めぞんどびあん」。 


好きでした。本当に大好きでした。













車に乗る人なら、誰もが自分の一番好きな道を持っている。

その道を走れば、嫌なことがあっても前を向けるような、そんな道。

何にも変え難い喜びが、そこにあることを知っているからだ。

目が和み、心が和み、すべてが優しくなれる。

それはおれにとっては、本牧通りのことだ。


思えば、二十歳のとき、初めて自分の車を持った日に、

走ったのが本牧通りであった。

これから起こりうることが、楽しみでしょうがなくて、

少し怖かったのを覚えている。

人生の節目、何かが変わる時、変えたいとき、

それがたとえ、本当に些細なことでも、

自分の中で線引きするために、おれはそこを通る。

カーステのボリュームを少し落とし、

自分がいま、大好きな道を走っていることを自覚し、

そのほんの何分かのひとときを堪能する。

すると、自然と気分が良くなっている自分に気付く。


季節で言えば、春が一番好き。

春の本牧通りは、格別。言葉にならない。

冬を越えて、少しずつ暖かくなり始めた天気の良い日は、

本牧通りのベストシーズンだと思う。

桜並木がどこまでも続き、花びらがゆっくりとフロントガラスに流れ、

視界に広がる桃色が、瞳を喜ばせる。

通らなければ分からない、ある種の芸術。

見たもの、感じたもの、その感動が、何にも邪魔されることなく、

自分の中に入り込んでくる。

自分と自分の感情の間に、対立するものなど何もない。

穏やかな気持ち、多分、そういうことなんだと思う。


車に乗るようになって、はや5年。

本当に多くのものを見てきたと思う。

素晴らしい想い出は数知れず、しかし、そうでないものもいくつかあり。

けれど、車に乗ることができて本当に良かった。


本牧通りは、これから先も、特別な道であり続ける。

自分の好きな道を持っていることで、何かが支えられている。

あと何度、あの道を通り、何度、救われることだろう。

けれど、どんなに月日流れても、変わらないものがある。

変わらぬ想いが、その道にある。

そしておれは、40歳になって、おじさんと呼ばれても、

初めて車に乗った二十歳の自分になって、

本牧通りを走り、笑うんだ。

最高に不細工な顔で笑ってやるんだ。

そこではおれ、嘘はつけないから。





それは、ショックな話であったし、衝撃的な話でもあったし、自分にとってチャンスになるであろう話でもあった。店長が怪我をして、代わりにおれが店長代行として店を指揮すること。今まで頼っていた人がいないというのは、心細かったし、不安だったし、怖い部分もあった。でもおれは、それ以上にわくわくしていた。自分がどれだけやれるのか、楽しみであったし、いろいろと試してみたいこと、知りたかったこと、そういう機会が持てることを、おれはチャンスだと思った。


店長代行として過ごしたこの一ヶ月は、様々な意味で自分の無知、無力さを知った一ヶ月であったと思う。そういうものに気付くたびに、嫌な思いをしたものだけれど、それも自分を成長させてくれる糧だと思って、前を向こうと心がけた。分からないことに出会う、できないことに出会う、それはすべて誰かが自分のためにしてくれるプレゼントだと。そう考えなければ、やってられない部分も少なからずあったけれども、おれは振り返って楽しかったと思える。だからみんなの前では、笑うこともできたのだと思う。


「楽しい」と「楽をする」というのは、同じ字でも意味は全然違うことに、今なら、以前よりも深くうなずける。一ヶ月、休みなんてたった一日しかなくて、肉体的には極限まで達していたけど、精神的には自分でも驚くくらい落ち着いていた。たぶん、良い経験をしているのだと自分で感じることができていたことが、そうさせたのだと思う。楽をすることは、ものすごく簡単なことだ。けれど、楽しむことは、簡単なようですごく難しい。楽しむためには、やはりそれなりの努力も必要なのだと思った。


ひとつだけ決めていたことがあった。それは、絶対に人前では「辛い」と言わないこと。本当は辛くても、辛い顔をせず、「楽しい」と言っていれば、「辛い」と言うよりも、良いことがありそうな気がした。「辛い」と言葉にすることによって、辛さが倍増しそうな気がして、怖かっただけなのかもしれない。けれども、毎日「楽しいです」と言うことにより、初めは、しんどかったことも、そう思わなくなってきた。これは、慣れなんかじゃなくて、物事の捉え方の問題である。すべては心の持ちよう。楽しい顔をしている人と、辛い顔をしている人、どちらの方に人は寄ってくるか、当然、前者である。おれは、できるだけみんなの前では明るく接しようと心がけた。どんなに連勤が続いても、それを忘れずにいようと。「楽しい」と言葉にすることによって、人は明るくなれる。これを教えてくれたのは、今年5月に他界したおれの大好きな友人であった。


おれががんばったのは、会社の中で昇進したかったからではなく、まして誰かに認めてほしかったからでもない。自分で自分自身のことをもっと知りたかったからだ。自分には何ができて何ができないのか、できないことは、なぜできないか、もうこれ以上頑張れないってくらいまで頑張ることにより、自分自身と向き合いたかった。そして、そういう部分を一番上に立つことによって見てみたかった。本当にたくさんのことが、今のままでは不十分だと気付いたけれど、それはすがすがしい気持ちでもあった。上に立たなければ見えない風景がある。自分の仕事のレベルを知る上で、とても良い経験をした1ヶ月でもあった。この経験は、単に仕事だけではなく、自分と繋がる様々な人間関係にもプラスになると思う。


この一ヶ月で再確認したこと、それはやはり「コミュニケーション」の大切さ。どんな仕事も、一人では決してできない。誰かの助けがあって、はじめて成り立つものだ。主張することは大事なことであるが、決して傲慢になってはいけない。そして、その主張も一緒に働く誰かがいるかこそ、成立するのだ。だからこそ、日頃のコミュニケーションが大事。言葉ひとつあるかないかで、仕事の効率は大きく変わる。たった一つの言葉で、仕事に対するモチベーションを上げることもできる。たった一つの言葉で、誰かが気持ちよく仕事に取り組むことができるかもしれない。結果良いチームワークが出来上がる。従業員が楽しそうに働いている店と、そうでない店、お客さんはどちらの店で買いたいと思うだろう。そんなことも、たくさん考えた一ヶ月であった。


自分のこの一ヶ月の仕事の出来が満足できるか、と言われれば、おれの答えは「NO」だ。もっと、あ~すればよかったと思うところは多くある。自分の力のなさに、歯がゆい思いもたくさんした。人の上に立つというのは、やはり簡単なことではない。けれども、自分の足りない部分を具体的に知ることができたと言う点では、満足している。それを、知ってよかったで終わるのではなく、今後にどう生かすか、それが一番大事。


会社に不満をもっていない人なんて、いないと思う。会社のやり方すべてが大好きなんて、ありえない。おれだってそうだ。どうしてこうなのかなぁ、と思う部分は本当にたくさんある。けれど、結果を出していない人間は、そんなこと言える権利は持てないのだと思う。おれがこの一ヶ月頑張ってこれたのは、その権利を勝ち取るためだったかもしれない。会社を変えたい。今のままでは、危険だと思うからこそ、権利を持った人間になって、その主張がしたい。けれど、今はまだできない。まだ、その権利を勝ち取れてないから。このモチベーションが続く限り、会社のための思う心は変わることはない。