引っ越しからと言うもの、大掛かりな掃除ができなかったので、

一つ大きな決心をし、大掃除をした。

目的は、部屋をよりシンプルなものにすること。

必要なものは取っておき、必要でないものは、思い切って捨てる。

今回は、本当に必要なものだけを選び、

そうでないものはすべて捨てることにした。


いつもなら、「いつか必要になるときがくるかも」と思うものは、

とりあえず保留にして、取っておくのだけれど、今回は、

心を鬼にして、ゴミ袋などに突っ込んだ。

しかし、懐かしいものや思い出深いものを目にすると、

時計の針がゆっくりと進みだし、作業が進まなくなってしまう。

真上にあった太陽は、いつの間にかその日の任務を終了させていた。


そんな中、おれはダンボールの中で静かに眠っていた

大学時代の一つのファイルを発見した。

それは、授業用のものではなく、自分の趣味などを集めた、

あくまで私用のファイル。

それは、自分の好きなインテリアやファッションの切抜きを集め、

いつでも見れるようにしていたファイル。

その中に、一通の手紙があった。

それは、大好きな友人からの言葉であった。


どういうわけなのだろう。

手紙には、メールにはない言葉の美しさが見える。

何気ない言葉の中にも、その人の気持ちが詰まっている。

本当に自分の気持ちを誰かに知ってほしい、そんな時は、

誰が書いても同じ字体になるメールよりも、

自分の手で、一つ一つの言葉に気持ちを込められる手紙の方が、

はるかに伝わるのだと、おれは思う。

手紙と言うのは、メールでは伝わらない心の奥深くまで、

自分の思いを届かせることができるのだ。


言葉と言うのは、時にあまりに優しすぎることもあれば、

あまりに切なく寂しいものになるときもある。

言葉一つあったために、誰かは救われたかもしれないし、

言葉一つ足りないために、誰かはどうしようもない悲しみに

襲われているかもしれない。

人間にとって、この最高の武器、あるいは凶器と呼ぶべきものを、

おれたちはもっと、繊細に扱うべきなのだと思う。

足のつまづきは、やがて癒えるかもしれないが、

舌のつまづきは、時を経て、償えるというものではない。



「現代社会において、本当に大切な多くの物事は、

ディズニーアニメのチーズのように、

ところどころ穴が開き始めている。

何だか今の人たちは、誰かと繋がろう、繋がろうって、

必死になっているように見える。

一人でも多くの人と繋がれば、それだけ得点が、

増えていくゲームみたいに。

まるで奥行きのない単純なゲームのよう。」


 

実を言えば、ここ最近、「言葉」というものを非常に恐れていた。

それはまた、「言葉」の持つ大きな力を感じていたからでもある。

いつぐらいからか分からないが、自分の言葉が、

間違って解釈されることが多々あった。

会社の中で、嘘の自分がドンドン大きくなっていることに気付いた。

自分の意図と全く違うように伝わりだすことがとても苦しかった。

次第に口数は減り、言葉も失っていった。

誰かが悪いのではなく、まして誰かのせいにしてるわけでもなく、

詰めて考えれば、責任は最終的には自分のところに来ることは、

分かっていた。

それでも、一瞬の感情で言葉を発することは、

その時の自分にとって、あまりにリスクが高いことだと思った。

言いたいから、聞いてほしいから言えないのだ。

どうでもいいことなら、いくらでも言葉になる。

一つ一つの言葉を、慎重に選ぶ自分がいた。

元気がない、無口だと思われたとしても、覚悟の上。

絞り出した声は、自分でも情けないほど、掠れていた。

けれど、いま思えば、冷静に考えれば、

おれは少々、言葉と言うものに対し、

恐れすぎたのかもしれないとも感じるが。


そういった感情になっていたものだから、

掃除中に見つけた、友人からの一通の手紙は、

非常にあたたかく、優しいものであった。

しわしわになった気持ちが、アイロンがけされたよう、

きれいに広がり、伸びていく。

霞んで見えにくくなっていたものが、

どんどん浮き彫りになっていく感覚。

自分の上に乗っかっていた暗い雲を吹き払ってくれ、

忘れかけていた微笑み方を思い出させてくれ、

自分に与えられている数多くの恵みに気付かせてくれた。

この手紙は、自分の心の中でいつまでも、

特別な場所を占めるに違いない。



 -With all my might, wish in the end is right,

 I made up my mind to find my way of life.-


(ただ力の限り、最後には正しいと信じて

  自分の道を見つけるって決めたんだから。)


              Revive / Dragon Ash







物語には始まりも終わりもある。

おれは、それを受け入れたにすぎない。


結局のところ、楽しんだものが勝ち、

楽しめなかったものが負けと言う考え方はおれは嫌いだ。

そんな安易な言葉で説明が付くほど、簡単なものではない。


パン屋での7年間、良かったこともそうでないことも、

自分を成長させてくれた。

悔しくて泣きながら家に帰ったことも何度もあった。

辞める事を決めたとき、涙は出なかった。

それがすべてだと思う。


パン屋での7年間が、たとえば一つの本であるなら、

おれにはもう、台詞は残っていない。

物語はあまりにも早く、先を急ぎすぎた。

今後、おれが一言でも発してしまえば、

それは、独りよがりな言い訳にしか聞こえない。


やれるだけのことはやった。

自分の持っているもの、すべて出したと思っている。

後悔はしていない。

後悔からは何も生まれない。

少なくとも、建設的な発想は生まれない。

後悔とは、良くなかった結果に対し、こだわることだ。

しかし、「仕事」と言うものに対して、

プロである意識が足りなかった。

後悔ではなく、おれはそれを悔しいと思っている。


おれは、「仕事をしてお金を貰う=プロ」だと思っている。

それは、社員であろうがバイトであろうが関係ない。

おれは、仕事において、「頑張ったのだからオッケー」という

考え方がすごく嫌いだ。

お金を貰っている以上、頑張ることは前提にあるはず。

プロである以上は、結果にこだわりたい。

だから、自分の持っているものすべて出して後悔はしてなくても、

仕事に対してプロフェッショナルであるかと、

自分に問うと、胸を張ることはできない。

しかし、この考えを集団や組織の中に持ち込むと言うのは、

また別の話だ。

特に、学生やパートさんを多く抱える組織には、

ほとんどの場合、受け入れられることはない。

そしてまた、相手がどう感じるかは自由だが、

おれはこれを誰かに強要するつもりはない。

チームワークや協調が重要で、大きな力を生むことは、

おれだって理解している。

しかし、一番上に立って、組織としてどうすべきか、

その点に対し、おれはナーバスになりすぎたところがあったのかもしれない。

もちろん、この部分も、力の無さから生まれたと感じている。


これから先、どんな仕事を選択するにしても、

厳しいことくらい理解している。

楽な仕事なんて、一つもない。

おれの基準は、プロであることにこだわりを持てる仕事、

その部分にある。

どんな仕事でも、お金を貰ってやっているならプロだ、

それをどれだけこだわるか、おれはそれを強く意識している。



物語には始まりと終わりがある。

おれは、次の物語のプロローグを書き始めなければならない。



※これを見てくれた人の中には、辞めた人間が何を言っているんだ、と感じる人もいるだろう。確かに、世の中をを上から見ている文章になっているかもしれない。。しかし、これは、誰かに言っているのではなく、自分自身に対して言い聞かせていることで、もっと言えば、今の自分に対する説教でもある。それはまた、今の自分に著しく欠けている部分であると感じるから。そして、この文章が、これから先、自分が何かに成功している時、そうでないとき、どんな時でも自分の’救い’になるようにと。







ここ何日か、いままでにないような、ゆっくりとした時間の流れを感じている。はたしてそれが、自分にとって良いものか、確信は持てていないが、それでも、ここ何年か持てなかった’ゆとり’を感じている。時計が次に何をするべきか、高圧的にモノを言うわけではなく、自分の期待に、静かに応えてくれる。この生活が、長くは続けられないことくらい分かってはいるが、急ぎすぎた自分の人生を見つめなおす意味でも、このゆっくりとした時間の流れが、非常に有意義な時間であると感じている。


どうしてか分からないが、アルバムの写真を見たくなるときがある。これも気持ちに余裕ができたことと関係があるのかもしれない。すべての写真が、心の隙間に懐かしさを押し寄せ、時間と共に曖昧になる記憶を鮮明に思い起こさせてくれる。久々に見たせいか、おれは写真1枚1枚に時間をかけてゆっくりと記憶を呼び起こしては、その時に何があって、自分はどんな気持ちであったのか、そんなことまで考える。


ニューヨーク、イタリア、ドイツ、オーストリア etc。海外旅行の想い出は、自分の記憶の中でも、特別な位置を占めている。もう何年も前のことなのに、写真を見ただけで、それがまるで、昨日のことのように、脳裏にはっきりと情景が浮かぶ。日本を離れ、言葉も文化もまるで違う国に行くということは、おれにとっては、人間として成長していく非常に良い経験であった。見るもの聞くものすべてが新鮮で、何もかもが日本と違う中で、その国の文化に触れるということ、いま考えても、なんて素晴らしいことなのだろう、と感じる。


その中でも、自分にとって特に印象深いものとして、ニューヨーク、そして滞在したヨーロッパの各都市で見られた、市民の中での’カフェ’に対する考え方である。彼らの中には、1日の時間軸の中で、カフェに行ってコーヒーを飲むという時間が存在し、またそれは、市民の憩いの場となっている。それは、時間が空いたからカフェに行くという、この国の考え方とは大きく異なる。はたしてこの国で、3時になったら、一度仕事を切り上げて、ド゙トールやスタバに行って一休みという労働者は、どのくらいいるのだろうか。1分も惜しまず、仕事を頑張らなければならないと言う考え方が、この国には根強く存在しているような気がしてならない。おれは、「時間に対する考え方」、これを海外で最も痛感した。そして、すごくシンプルな気持ちで羨ましいと思った。


行き詰った状態で仕事をしても、新しい考えは生まれない。指示されたことをこなすだけが、仕事ではないとおれは思う。それは、どんな仕事においてもそうだ。指示されても、それを自分の中で考えて実践していくことが、

最も重要で、それが仕事をしてお金をもらうということなんだと思う。大切なことは、自分で考えると言うこと。指示されたことができれば良いという仕事では、おれはおそらく、モチベーションを保てない。


ただし、考えると言うことは、非常にエネルギーを使う作業である。労力は使うし、くたびれる。しかし、長い時間、考えたから良いと言うわけではない。重要なことは、考える時は考え、考えない時は一切考えない、そのメリハリが大事である。ただ、仕事をしている以上、一切考えないということは、非常に難しいことだ。いま、向かっている仕事のことを考えなくとも、仕事場の人間関係のことを考えたり、今後の自分の仕事の方向性を考えてしまうかもしれない。おれは、そんな時にこそ、カフェの役割があるのだと思う。仕事場を少し離れ、環境を変え、片付けなければならない目の前の問題を、ほんの少し忘れさせてくれる自分の場所を。10分、15分でいい、自分が心からくつろげる場所を、カフェだけに限らず、この国の人はもっと見つけるべきなのだ。そうすれば、仕事の効率が変わるはずだ。一人の人が、一日の中で頑張れる時間なんて限られている。どんなに好きな仕事であっても、一人でやっているわけではないし、仕事である以上、様々な人間関係もあるのだから、一日中、モチベーションを保ち続けることは難しい。おれは、そういうことが当たり前になっているこの国の現状は、非常に不健康な状態であると思う。大袈裟かもしれないが、戦後に比べ、人々の暮らしは豊かになってきた。他国に比べ、食べることに困ることはないし、多くの人が快適に暮らせる環境を持っている。しかし、もう一つさらに上の水準を目指すのであれば、もう少しゆとりを持つということも、いまのこの国には大事なことなのではないか。そんな気がしてならない。


カフェと言うのは、単純におれの憧れである。コーヒーやインテリアやスイーツなど、もちろんそれも憧れだけれども、もっと言えば、その街の中にあるカフェの存在理由、存在価値みたいなものに、強く魅かれる。この国ではあまり感じないが、外国に行くとそれを強く感じた。この先のおれの人生、どうなるか分からないけれど、好きなものには、とことんこだわりを持って生きたい。それだけは、忘れてはいけないと思う。「カフェをこの国の文化に」。そのために自分が、いまできることはなんだろう。まずは、それをテーマに、いろいろなことに興味を持っていけたらいいと思う。



~あとがき~


この文章が書けたのは、気持ちの余裕から来るものだと思う。正直、仕事が忙しくて自分の時間がなかったときなんかは、考えることもできなかった。心のゆとりは、いつだって新しい考え、想像力を推進してくれる。考え方次第で、気分は大きく変わる。今回のカフェについて書いたことを、もっともっと深く考え、自分の答えを見つけていきたいと思った。


あ~、また海外に行きたい! (本音)














「1日が25時間あればいいのに。

 1週間が8日あればいいのに。」


疲れて、くたびれて、へとへとになって、自分の力のなさを嘆いて、

もうこれ以上頑張れないと思うまで立ち続け、

ようやくその日の終わりのホイッスルが聞こえたとき、

おれは少しの間、しゃがむことが許される。

早朝から、日付が変わるまで、時計の針はいつだって急ぎ足。

疲れた体を引きずるように、そしてまた次の日の準備。

毎日がこんな感じ。毎日があっという間に過ぎ去っていく。


おれは、11月にオープンしたパン屋の店長になった。

これまでも店長ではあったけれど、規模がまるで違う。

売り上げも従業員の数も、以前いた店の3倍はあり、

そこのトップを任されるというのは、たしかに光栄に思うが、

決して簡単なことではなく、毎日が試練の連続であった。


オープンまでの準備期間は、1ヶ月間ほど与えられ、

これまで経験したことのない新鮮な仕事ばかりで、

気持ちの面でとても充実していた。

初めて会う人に名刺を差し出し、挨拶することも、

これまでの自分にはなかった経験で楽しかった。

そこには、新店のプレッシャーはなく、

むしろわくわくした気持ちでいたが、

思えば、この頃から、危機感は持つべきであった。


オープンしてから本当に大変な毎日であった。

朝4時に家を出て、帰ってくるのは日付が変わった深夜1時くらい。

しかし、これ以上働けないと思うまでやっても、満たされない何か。

その隙間に、帰りの夜道で感じる冷たい風が容赦なく入り込んでくる。

休憩などはほとんどなく、デスクワークではないから、

一番最初に足の筋肉が悲鳴を知らせてくる。

睡眠時間は、連日2時間ほど。

そういう生活が1週間も続くと、体の至る所から悲鳴が聴こえてくる。

それでもおれは、店の責任者として、

この店のオープンを絶対に成功させるんだ、という想いが

強くあったから、睡眠時間が少なくとも頑張れた部分はあった。

しかし、からだは正直であった。

無理すればするだけ、正直に教えてくれる。


10日目くらいの夜、あともう少しで仕事が終わるという時、

突然、足が痛くなり、しゃがみこんだ。

そこからは、もう立てなかった。

気持ちでは立とうとしている自分がいるのだけれど、

体が全く言う事をきかなかった。

激しい吐き気と、経験したことのない頭痛、体全身の痛み。

会社の本部から来ている上司がいることで、

自分の店なのに自分の思い通りにならない苛立ちからくるストレス。

さらに、長時間使用していたコンタクトレンズにより、

目の痛み、かすみ、かゆみ、ウサギのように真っ赤になった瞳。

すべてが一度にやってきた。

少し休んで、なんとかして家まで帰ったが、ベッドに横たわってからは、

もう何も考えることができなかった。


上司と確執は非常に難しい問題であった。

自分の発した言葉が、自分の思っているのとは違うように解釈されたり、

伝わらない歯がゆさが、何度も続き、次第におれは無言になっていった。

自分は彼らの部下であることは、認識しつつも、

自分にも守らなければならない部下達がいる。

その狭間で、気持ちが安定しなかった。

自分が言いたいことを言ってしまえば、楽にはなるが、

店の中で何かが崩れてしまいそうな気がして怖かった。

おれは、自分が黙っていることで保たれている秩序を勝手に感じてしまっていた。

その時、どうすればよかったかなど、今でも分からない。

きっと答えなんてないのだ、と自分に言い聞かせることだけで

その時のおれは精一杯であった。


目の病気もまた、非常に厄介であった。

これを書いてるいまも、完治とは言い難く、

毎日1日4回目薬を注している。

痛みがピークであった頃は、目を開け続けることが難しく、

起きていても、目を閉じていなければならなかった。

瞳の裏にある視神経と呼ばれる非常に細い神経にも傷がつき、

脳に近い分、何かを考える力が弱くなっていった。

医者から「一生見えなくなるなる可能性もある」と告げられた時は、

さすがに参った。

ショックが大きすぎて、何も考えることができなかった。

いまは、治療が順調に進み一安心ではあるけれど、

それでも、告げられた時の怖さは一生忘れない思う。


11月はこんな感じのなんとも激しい1ヶ月であった。

たとえば、新店のオープンが一つの戦いであるなら、

おれは負けたのだと思う。

多くのことを書いてしまったが、おれは会社では言い訳はしない。

自分が弱かったから負けた、それだけのことだと思う。

おれが会社で自分のことを話さなくなったのは、

すべていいわけに聞こえるような気がするからだ。

どれだけ頑張ったとしても、結果がすべて。

どれだけ安くても、給料をもらっている以上は、頑張ることは前提にある。

当然のこと。

部活ではないし、そんなの評価されることではない。

それに、「がんばったのだからオッケー」と言う考えは、おれは好きではない。

それは一瞬の慰めにしかならず、次に繋がらないと思う。

そしてそれは、結果を出している人に対し、とても失礼なことだ。


しかし、今回からだの面では限界を感じてしまった。

仕事をする上で何よりも健康が重要。

無理は絶対にしてはいけないし、

それは、ただ単に仲間の負担を重くすることである。

残念ながら、今の会社にいる以上、

おれは自分の健康を保てないのではないかと感じている。

結論は出ていないが、生きてく上で何が最も重要かを考え、

今後の決断をしたい。


久しぶりに書いたブログがこんなネガティブな話で、

最後まで読んでくれた人に、申し訳なく思っている。

次はできればユーモアを交えた楽しい話を書きたい。

あっ、被害妄想に陥ってはいないのではご心配なく。


※この期間、1日の唯一の安らぐ時間は家に帰った深夜1時、

  BUMP OF CHICKINの「花の名」を聴くことでした。

  ソファーに座り、5分間だけ、とても幸せな時間でした。

  その5分間は店長ではない自分でいることができました。

  音楽って本当にすごいな、あらためて感じました。


  加えて、朝出勤する時は散らかった部屋であったのに、

  帰ってきたら、置き手紙と共にきれいに部屋が掃除してあった日がありました。

  ここまで来るのに3時間近くかかったであろうに。

  何度も乗換えで、大変だっただろうに。

  自分はなんて幸せ物なんだろう、そんなふうに思った夜がありました。

  


「信頼」は、ある日突然やってくるものではなく、

日々の地道なことの積み重ね。

けれども、その逆、つまり「不信」というものは、

ホントにちょっとしたことで、すぐにやってくる。


だから、どれだけ頑張ったとしても、足りない気がする。

それは、みんなから信用されるためであり、

信頼されないということが、ものすごく怖いことだから。


いま、みんなから自分に対しての矢印が、

すべて「信頼」であったなら、

もっと気持ちの面で大きくなれるのに。

けれども、それはまだ勝ち取れていない。

おれのやり方に、少なからず、不満を持っている人間がいて、

けれど、それは集団である以上は仕方がないことだ。

それでも、おれはみんなが気持ちよく働くことのできる環境を

つくるために懸命にならなければいけないし、

それはまた、自分の仕事、任務でもある。

できるだけ多くの人に。

できることなら、すべての人に。


最近は、仕事以外のときでも、

仕事のことを考えることが多くなった。

それが、健康的ではないことくらい分かっている。

けれども、理解はしていながらも、

気が付けば、どうすれば効率が上がるかなぁとか、

どうすれば、従業員が気持ちよく働けれるかなぁとか、

そんなことばかり考える。

それがいけないために、曖昧な判断をしてしまうこともしばしば。


今日は休日であった。

下北に行き、大好きな家具屋「BRAND NEW ROCKET」と、

大好きな古着屋「SUNNY SIDE UP」に行った。

自分の部屋にこんな家具があったらどんなふうになるだろう、

自分がこの服を着たらどんなきもちになるのだろう、

頭の中で懐かしいイメージ、「考えること」が呼び起こされた。

その時の自分の頭の中に、仕事のことなど、少しもなかった。

自分の抱える悩みや不安が、少しずつ整理されていく感覚。

こういう時間があるからこそ、仕事を気持ちよくできるんだ。

その逆もまた、しかり。

毎日仕事のことを考えることは、決して、

仕事を頑張っていることではない。

長時間働くことが、イコール、仕事ができる人間でもない。

切り替えは、ものすごく重要なこと。


最近、やらなければいけないと言う思いが強すぎて、

忘れていたかもしれない、このことを。

明日からは、また違った感覚で仕事が出きそうな気がする。

仕事が終われば、もう仕事のことは考えない。

仕事を家に持ち込まない。

それも、仕事のために重要なこと。

でもそれは、アルバイトの頃は完ぺきにできていたことなのに。

考えなくても自然にできていたことなのに。

なんか、そう考えるとすごく不思議な気がする。



一日を120%の力を出して踏ん張り、

おれは、やっとの想いで、その日を終わらす。

けれども、すぐに朝の光が部屋に差し込み、

次の日がやってくる。

その日もまた、おれに全力以上のものを求めてくる。

少しも気の休まる時間なんてない。

体中が訳のわからない奇声にも似た悲鳴を上げている。

おれは、その存在に気付きながらも、見て見ぬふりをする。


一日の終わり、すべきことは全部やり、

ベッドに倒れ込むよう、横たわる。

けれども、まだそれは安心と呼べるものではない。

眠りについてからも、悪い夢や、自分の咳、

さらにはアレルギーなどで、何時間かに一回、呼び出される。

それはまるで、昼間、自分の周りにいるお偉いさんからの電話のように。

おれは、少々、考えすぎているのかもしれない。

それでも、悲しいことに、自分の体までもが、

自分の指示を無視していく。


いま、自分の登っている坂道は、どれだけ進めば、

平坦な道になっていくのだろう。

けれど、その平坦な道と言うのは、

一生訪れないのかもしれない。

店長と言うポジション、自分はまだ、語れるほどの者ではない。

泣くに泣けない、そんな中途半端な何とも始末の悪い感情が、

いまのおれの背中には、べったりと張り付いている。


久しぶりに大学時代の友人、何人かと話した。

それぞれの選んだ場所で、それぞれの想いを語り合った。

毎日大変だし、忙しいし、不満を上げればきりがないが、

それでも頑張っているみたいな話を。

おれも、自分の話をした。

コックコートを着ているときの自分の話を。

何でだか分からないが、少し気持ちが楽になる。

みんな大変なんだ、仕事をするってそんなもんなんだ。

ものすごく忙しいと、ものすごくヒマか、

どちらか一つを選ぶなら、おれは迷うことなく前者を選ぶに違いない。

それはどちらが本当に辛いか知っているからだ。

親しい友人たちとなかなか会えなくとも、

お互い自分の選んだ場所で頑張ることによって繋がっている。

繋がっていることを確認することで、

次の日、120%の力を出すことができたりする。

当たり前のように自分の前に辛いことがやってきても、

どこかにある救いを信じることができる。

気持ちが切れてしまいそうな瞬間だって、

その救いがあるおかげで、ギリギリのところで踏ん張ることもできる。

「よし、また明日も頑張るか」、

もしかしたら、そんな気持ちを充実と呼ぶのかもしれない。


「一つとして無駄な痛みなどないさ

 二つとして今ある光は来ないさ Beautiful」


               ’Beautiful’ / Dragon Ash





店長になって約1ヶ月。ここに、何を記すべきか、正直迷っている。

初めは、「よし、やってやるぞ!」と意気込んでいたし、

「店長」というポジションに浮かれていた部分もあった。

けれど、現実はそんなに甘いものではなく、

試練の連続で、気持ちが切れてしまいそうな毎日。

自分がどれだけ頑張っても、伝わらない歯痒い想い。

残念だけど、同じユニホームを着た仲間でさえ、敵に見えた。

周りの人の不平不満は、すべて自分のところに集まる。

それでもおれは、おれのポジションは、

言い返すことはもちろん、「辛い」という一言さえ許されない。


たとえば、何か区切りがあって、

そこを乗り越えれば楽になるというものがあれば、

少しくらいは気持ちに余裕ができるのだけれど、

いまのおれに、そんなものは見えない。

これだけ、追い込まれている状況は、経験したことがない。

逃げ出したくなってしまったことは、何度でもあった。


けれど、こんな毎日でも、毎朝出勤するのは、

「負けたくない!」 その思いがあるからだ。

そして、大切な人を守るため。

どれだけしんどくても、それが自分を動かす。

その想いが、自分を奮い立たせる。

おれはいま、アルバイトの時を思い出している。

洗い物と掃除しかできなかったあの時を。

怒鳴られ続け、優しくしてくれる人なんか一人もいなくて、

毎日、仕事場に行くのが本当に嫌だった。

辛い表情を見られたくなくて、ずっと下を向いて仕事をしていた。

けれど、いまその経験が生きている。

洗い物と掃除が教えてくれたこと、それは「強さ」だ。

それは、勝ったり負けたりする強さではなく、

逆境に静かに耐えるための強さ。

いま、ギリギリのところで持ちこたえてるのは、

自分にそういう強さがあったからなのかもしれない。


ちょっと恥ずかしいけれど、「彼女」の存在について書こうと思う。

その人は、おれが連勤が続くゴールデンウィークに家に来てくれ、

自分の身の回りのことすべてやってくれた。

せっかくのゴールデンウィーク、どこかへ行きたいはずなのに、

洗濯から掃除まで、自分のためにやってくれていた。

彼女の周りの人は、GWにどこかに遊びに行った話で持ちきりかもしれない。

それでも、おれがいない部屋で一人で、、、。

家に帰り、「おつかれさま」の置き手紙を見て、

普段、決して見せることのできないアレが、ボロボロと流れてしまった。

毎日、我慢の連続であったけれど、これだけは止めることができなかった。

本当に嬉しかった。嬉しくて仕方がなかった。

人にやさしくしてもらうことが、こんなにもありがたいことかと思った。

いまあらためて、自分の中での彼女の存在の大きさを感じている。

「ありがと。」の一言では、足りない気がしてならない。

次はおれが、「ありがと。」と言ってもらうようなことをする番だ。

それをいつまでも言ってもらえるような、おれはそんな男でありたい。


分からないことに出会う、難しいことに出会う、

自分の無知や無力さを嘆きつつ、そんな状況に出会えることは、

決して不幸なんかではなく、むしろ幸せなことだと思っているが、

いまのおれはそれを幸せとして捉える余裕はなく、

毎日が何かに追われているような生活になってしまっている。

楽しむことができるからこそ、選んだ仕事であるが、

今はそんな余裕もない。

それでも、一刻も早くこの状況を抜け出すため、

考えて、努力はしているのだけれど。


今日は休みだった。

体調を崩し、みんなに気を使ってもらい、休みを取らせてもらった。

外はあったかく、気持ちよく晴れていた。

普段、自分のいる場所は、あんなにも急ぎ足で時間が流れているのに、

外の世界は、こんなにもゆっくりと時間が流れているのかと感じた。

仕事の日には、時間がなくて考えられないことも、ゆっくり考えることができた。

休んでゆっくりすることも大事だな、それも一つの仕事なんだな、

そんなふうに思った休日であった。

また明日から、がんばるぞ。
































「人間はみんな弱いけど 夢は必ずかなうんだ

 瞳の奥に眠りかけた 挫けない心

 今にも目からこぼれそうな 涙の理由が言えません

 今日も明日もあさっても 何かを捜すでしょう」


この4月、店長になった。

置かれた立場、状況、何もかもが変わった。

通過点とは思いつつ、目標の一つとして掲げていたため、

会社の人事の決定を素直に嬉しく思っている。

ようやく一歩踏み出せた、けれど見方を変えればまだ一歩、、、。


当たり前のことだが、責任感は大きくなった。

プレッシャーは感じるが、どちらかと言えば、

おれはそういう状況のほうが仕事がやりやすい。

責任感のない仕事は、つまらないし、続けられないと思う。


まだ店長になって一週間しか経っていないが、

本当に長い一週間であった。朝早くから出勤し、夜も遅い。

仕事をしてお金をもらうと言うことは大変なことだと、

改めて感じさせられた一週間であった。

夕食は200人以上入る食堂で、

惣菜売り場で買ったお弁当を一人で食べる。

電子レンジで温めると、中に一つだけ入っているプチトマトが、

奇妙な味に変わり、それが無性に物悲しくさせる。

思えば、この一週間は謝ってばかりであった。

若い店長なもんだから、それだけ世間の風当たりも冷たい。

食品の課長やら、母店の店長やら、おれを見る目は、

「君みたいな若者に何ができるんだい」という冷ややかな目だ。

なおかつ、同じパン屋のパートさん、アルバイトの学生、

みんな、おれに対して少なからず不安はあるだろう。

何か自分に足りないところがあれば、「すいません」。

けれど、どれだけ頭を下げても足りなくて。

この状況を打破し、みんなに認めさせてやろうと言う気持ちは、

自分の中では強く持っているつもり。

けれど、いまはまだ、空回りしている印象が強い。


若い店長とよく言われるが、それに対し偏見を持つことは違うと思う。

結果を出さなければいけないのは、

若かろうがそうでなかろうが、同じなのだから。

若いから、あたたかい目で見られることは、まずありえない。

店長としている以上は、どんな歳であろうが、

置かれた状況はみんな同じなはず。

けれど、結果も責任も自分のところに来る状況は、

自分自身、望んでいたことだ。

この歳でそういう経験ができていることは本当にいいことだと思う。

しかし、それを喜びと感じるまでの余裕は、

仕事中のおれには、まだない。

ようやくスタートラインに立てた。そんな気持ちも確かにあるけれど。


これから先、どんなものが見えてくるのだろう。

怖いし心細いし、何より不安だ。

けれど、なぜかわくわくもしている。

それは自分でも上手く説明できない感情だ。

今おれにできることは、ここまで成長させてくれた人に

感謝の気持ちを忘れず、謙虚な姿勢を忘れず、

「ありがとう」という気持ちを、仕事をがんばることで、

伝えていくことだ。

そして、自分自身のさらなる成長も。


上に立たなければ見えない風景がある。

ものすごく風が冷たくて寒いけど、絶景だ!















世界一おいしいチャーハンを作る人を、おれは知っている。

他の誰は知らなくても、おれはその味を知っている。

どれだけ練習を重ねても、そこに追いつくことはできない。

そのチャーハンがおいしいことに理由なんてない。

本当においしいものは、そんな説明など必要としない。


その店に大学時代によく行ったものだ。

本当に数え切れないくらい訪れたと思う。

けれど、いつ行ったって裏切られなかった。

いつだって変わらない温かさがあった。

回数を重ねても、味に決して飽きることはない。

おれの要求に、静かにただ満たしてくれる。

それが、とてつもなく心地よかった。


湘南台にあったその店は、いまは北千住にある。

いまは、そう簡単に行ける距離ではないし、

料理長とも、そう簡単には予定が合わなくなった。

先日、休みを利用して久しぶりにその店を訪れた。

約一年ぶりに来店、けれども変わらない温かさ、味、雰囲気。

嬉しかった。ただ嬉しかった。

おれは、懐かしさと新鮮な気持ちを感じていた。

口の中で何一つ抵抗するものがない。

対立することなく、体の中に入っていく。

久しぶりのような気もするし、昨日も食べたような気もする。

けれど、このときのおれは、そんなことどうでも良かった。


このチャーハンを食べる機会は、おれの日常の中で「幸福」だ。

次は、いつやってくるのだろう、この幸せが。

けれども、おれは世界一のチャーハンを知っている。

高級なフランス料理の味は知らなくとも、

毎日笑うことができるのは、毎日がんばれるのは、

世界一のチャーハンの味を、知っているからなのかもしれない。


たとえば、辛いことがあった夜、何かに挫けそうになった夜、

このチャーハンの味に夢で逢えたら、、、。








「華麗なる一族」を見ている。

高度経済成長期のこの国。

誰もが、何かにがんばっていた時代。

死に物狂いで、何かを手に入れたくて、、、そんな時代。

この時代があったからこそ、いまのこの国がある。

便利になった世の中で生きられるおれたちの世代がある。

いまの時代に足りないもの、それがドラマのいたるところに描かれている。


もちろん、主人公・鉄平のように、

何かに熱い情熱を注ぐ人間ばかりではないと思う。

いまの時代だってそういう人はいると思う。

違うのは、世の中の風潮だ。

いつの間にか、死に物狂いでがんばることが、

何となくかっこ悪く思われてしまう、または、

がんばっている人がそう錯覚してしまう時代になってしまった。

ただ結果だけが優先され、過程とやらに目を背けがち。

組織が重んじられ、目立つことを求めるくせに、

いざ目立ったことをすると、出る釘は叩かれるようなことになる。

すべての会社、組織に言える事ではないが、

世の中の風潮として、そういうものは少なからずあると思う。


おれは、主人公・鉄平のような生き方に素直に憧れる。

ものすごくカッコイイと思う。

自分の考えを信じ、理想に向かって走り続ける生き方。

どんなに強い逆風がやってきても、自分の力で、

それに立ち向かう。

間違っていると思ったことを、間違っていると言える強さ。

ドラマと言えど、若者は鉄平の生き方を見習う必要がある。

鉄平のような人間が少しでも増えれば、この国は良くなる。

ドラマに影響されている部分もあるが、いまおれはそう思う。


少し話は変わるが。

「フリーター」と言う言葉は非常に便利な言葉だと思う。

定職を持たぬ人、イコール失業者であるのに、

フリーターと言う言葉で、ソフトなイメージになっている。

彼らがいけないと言っているのではない。

それぞれ事情もあるだろうし、世の中の景気・風潮にも影響はある。

おれが怖いのは、フリーターの存在を受け入れている世の中だ。

多くの外国人ジャーナリストが、

このフリーターの存在に首をかしげている。

存在の意味が理解できないのだ。

そして、もちろん、この国で増え続けていることにも。

そんなことを考えると、万俵鉄平の生き方は、

いまのこの国では、浮いてしまうのかもしれないと思った。


毎週日曜日の夜、いろいろ考えさせられる。

複雑な人間関係、その難しさは誰だって思うことだ。

たとえば、会社と言うのは、

みんなが同じ考えを持って集まったところではない。

それぞれ違う考えを持っている人たちの集まりなのだ。

立場だって、みんなそれぞれ違う。

その中で、上手くやることは、いかに難しいことなのか。

おれはこのドラマを見て、自分の現在とリンクさせながら、

興味深く見ている。