一日を120%の力を出して踏ん張り、
おれは、やっとの想いで、その日を終わらす。
けれども、すぐに朝の光が部屋に差し込み、
次の日がやってくる。
その日もまた、おれに全力以上のものを求めてくる。
少しも気の休まる時間なんてない。
体中が訳のわからない奇声にも似た悲鳴を上げている。
おれは、その存在に気付きながらも、見て見ぬふりをする。
一日の終わり、すべきことは全部やり、
ベッドに倒れ込むよう、横たわる。
けれども、まだそれは安心と呼べるものではない。
眠りについてからも、悪い夢や、自分の咳、
さらにはアレルギーなどで、何時間かに一回、呼び出される。
それはまるで、昼間、自分の周りにいるお偉いさんからの電話のように。
おれは、少々、考えすぎているのかもしれない。
それでも、悲しいことに、自分の体までもが、
自分の指示を無視していく。
いま、自分の登っている坂道は、どれだけ進めば、
平坦な道になっていくのだろう。
けれど、その平坦な道と言うのは、
一生訪れないのかもしれない。
店長と言うポジション、自分はまだ、語れるほどの者ではない。
泣くに泣けない、そんな中途半端な何とも始末の悪い感情が、
いまのおれの背中には、べったりと張り付いている。
久しぶりに大学時代の友人、何人かと話した。
それぞれの選んだ場所で、それぞれの想いを語り合った。
毎日大変だし、忙しいし、不満を上げればきりがないが、
それでも頑張っているみたいな話を。
おれも、自分の話をした。
コックコートを着ているときの自分の話を。
何でだか分からないが、少し気持ちが楽になる。
みんな大変なんだ、仕事をするってそんなもんなんだ。
ものすごく忙しいと、ものすごくヒマか、
どちらか一つを選ぶなら、おれは迷うことなく前者を選ぶに違いない。
それはどちらが本当に辛いか知っているからだ。
親しい友人たちとなかなか会えなくとも、
お互い自分の選んだ場所で頑張ることによって繋がっている。
繋がっていることを確認することで、
次の日、120%の力を出すことができたりする。
当たり前のように自分の前に辛いことがやってきても、
どこかにある救いを信じることができる。
気持ちが切れてしまいそうな瞬間だって、
その救いがあるおかげで、ギリギリのところで踏ん張ることもできる。
「よし、また明日も頑張るか」、
もしかしたら、そんな気持ちを充実と呼ぶのかもしれない。
「一つとして無駄な痛みなどないさ
二つとして今ある光は来ないさ Beautiful」
’Beautiful’ / Dragon Ash