アダルトチャイルド関連の本やブログを読んで

 

「親もその親からひどい扱いを受けてきたり、大変なことがあった」

 

「だから親を許しましょう」というようなことが書いてあったりすると

 

なんかちょっと、違うよなーと思います。

 

 

「大人」が考える道徳的な判断としては、確かにそれは正しい方向だと思います。

 

でも、それが自分(アダルトチャイルド本人)の回復のためになるのかと言ったら

 

そういうわけではないと思います。

 

 

怒りや恨みつらみを感じているときって、ものすごく苦しいから

 

早く許したいと一番つよく願っているのは、アダルトチャイルド本人だと思います。

 

 

でも、それが簡単にできれば苦労しない。

 

「許さなければならないのに!」と自分を責める二次災害が起きる。

 

 

親に対する怒り、恨みつらみを表に出すと、あとあと、自分が後悔するとか

 

世間から「悪い人」に見られたり、ほかの家族や親せきとの関係も悪くなるので

 

私は経験上、表に出すのは控えるかたちで発散して(イメージワークとかで)

 

こっそりとトラウマ解消していけばいいと思うけれど、

 

(親からのストレスが大きい時は距離を置いたほうがいいと思うけど)

 

その前に、まずは

 

「親が大変だったのは、私のせいじゃない!」と自分に言い聞かせないといけない。

 

それが心の底から納得できたら、トラウマが解消してきたということ。

 

 

「親が不幸なのは私のせい」「だから私は愛されていない」などと勘違いして

 

罪悪感や恥の意識を抱えた自分、愛されている証拠を血眼になって探している自分が、

 

いまここにいるわけで、その自分と向き合って、トラウマ解消に頑張っていく中では

 

もう、親の不運の責任まで引き受けなくていい!と、自分を許さないと始まらない。

 

 

親にどんな理由があろうと、まずは、「傷ついた自分」をいたわって。

 

親の不幸の責任を引き受けるのではなくて、自分の人生の責任を引き受けて。

 

「親が大変だった」ことについては、基本、親が自分で何とかするしかないのです。

 

親は親、自分は自分で生きることが、自立できるということ。

 

 

「嫌なものは嫌」と言えることが、自立の第一歩。

 

自分の感情を全部OKすることが、「自分らしさ」の第一歩。

 

 

「親を許す」は、トラウマを解消する手段、幸せになる手段ではなくて

 

トラウマ解消をして、健康な心身になれた後に、自然に訪れる「結果」です。

 

 

親が大変だったのは、私のせいじゃない。

 

でも、親を助けたかった、笑顔にしたかったから、子どもなのに頑張った。

 

だからもう、親の不運の責任までとろうとしなくていい。

 

 

今日の「いいな!」

夜のウォーキング。木の間からお月様♪

 

 

良ければ応援お願いします。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村