時間がずいぶんと空いてしまったけれど

この出来事の次の日の話↓



出勤してすぐにローディングベイに行くと

またこの黒猫さんがお腹を空かせた様子で

走り寄って来た

(わたし以外の人が行くと逃げ隠れてしまう)


前日に叱られたので 

セキュリティーガイに見つからないように

CCTVに映らない場所まで黒猫さんを誘導して

家から持参したパウチのフードと

通勤途中に買ったネコ用ミルクを

紙皿に入れて食べさせた



無我夢中で食べる黒猫さんを見て

涙が出そうになった

キャリアーバッグと共に

フードはたくさん持って来た


お腹いっぱい食べさせてあげたい

でも…


夕方にもう一度フードでおびき寄せて

今日中に保護できるよう 

今は満腹にさせない程度の量にしておこう

とキリの良い所でフードを撤収


(臭くて暗くて不衛生。

夏場は暑くて冬場は寒過ぎるこんな場所で

ひとりぼっちで生活しているこの黒猫さん。

早く保護してまずは病院に連れて行こう。

退社後では診察時間には間に合わないだろう

仕事は休めない。

時間外だと診察費用も高いだろうが

仕方ない。)


そして夕方になり 

猫好き同僚達と結束して黒猫さん捕獲に成功


Uberのペットタクシーがうまくつかまったので

一旦家に連れて帰ったが

健康状態が分からないので 

うちの4ネコ達と接触させるわけにはいかない


出勤前に組み立てて

ネコトイレを設置したおいたケージの中に

黒猫さんを一旦移そうとしたその時

お腹を触ってハッとした


オッパイがすごく目立つのだ

「お腹は全然大きく見えないけれど、

もしかして妊娠している??」


もしそうならばどうしよう!


捕獲するのに夢中だったから

気が付かなかった


あの場所は外からも遮断されているし

他のネコさんは一度も見た事が無いから

考えてもみなかった


予想外の展開だった





カーネーションが枯れかけている


花瓶の水が濁っても わたしが水を替えるまで



枯れてしまっても わたしが捨てるまで ここに置いたままにされるのだろう


職場の人 


花を飾るが水を替える事もしない 

枯れても放置しっぱなし


いつもの事だ 

そんなセンスの者が なぜわざわざ花を置くのか?

何かのアピールなのか?

さっぱり理解できない


他人が飾った花を捨てるのは気が引けるものだ


思い出した事がある

小学生の頃の話だ


4年生まで通った学校は 

普通に歩けば徒歩で5分ほどの距離だったが

ひとりで寄り道をしながら帰るのが好きだった


川の流れを覗き込んでみたり

草木の茂っている場所で 

昆虫を手のひらに乗せてみたり 

雨の日はカエルやカタツムリを家に連れ帰ったりした


近所の大きな陸上競技場が人気の遊び場だったが 不審者が頻繁に出没するので 子どもだけでは近づかないようにと父母からいつも忠告されていたから それは守っていた


わたしが子どもだった時代も 

危険な事はそこら中にあった


人懐っこくもなく 常に機嫌の良い子どもでもなかった


「わたしに構わないでくれよ 子どもだと思って甘く見ないでくれよビーム」を常に発信しながら行動していた


それでもたまに 

空気の読めない(又は純粋な)大人に

不必要に話しかけられる事もあった


そんな時は

感じの悪い子どもだと思われない程度に 深入りはされないように 変な気を起こして豹変された場合はすぐに逃げられるようにと 常に身構えていたように思う


「ヤバイ大人」なのか? 

単に「子どもを見たら構わずにはいられない大人」なのか?の見分けはできた


畑一面がレンゲの花でピンク色に染まる季節があった


水を張っていない時期の「田んぼ」だ

立ち止まってしばらく見ていたら

農作業をしていた大人に声をかけられた

祖母と同じくらいのお年頃の女性


「キレイでしょう!お花を摘んで持って帰りなさい!」


そう言われたわたしは 困ったような顔をしてモジモジしていたはずだ


突然知らない大人に話しかけられて

戸惑ってしまったし 


レンゲの群生の美しさに目を奪われて見惚れてはいたけれど

別に欲しかった訳ではない


その人は(シャイな小学生が遠慮している)と勘違ったのだろう


「ちょっと待っててね。」と言って

レンゲを何本か摘み取り 器用な手つきでネックレスのような輪っかを編み始めた

その人の手の中で着々と出来上がって行く輪っかを そばでおとなしくずっと見ていた


出来上がった輪っかを両手でうやうやしく受け取ると その人は満足気な笑顔を見せた

お礼と別れの挨拶を言って 花が潰れないように大切に抱えて家に帰った


「気を使わせてしまった。しばらくはこの道は通らないようにしよう。」

と心に誓った


何でもない思い出だが 今となってはあの女性の気持ちがわかるような気がする


「カーネーション、もうくたびれちゃったね。でもレンゲっぽくてかわいいから、あと1日だけこのままにしておくわ。」と若い同僚に言ったら


「レンゲ?ラーメンを食べるスプーンですか?」

と言われてしまった


他の日本人同僚達もレンゲの花を知らないし 見た事がないと言う


彼らは都会出身だからかもしれない

と思ったが 九州出身の若い同僚も

「チャーハンを食べるスプーンですか?」と言った


今の時代 もうレンゲ畑はないのだろうか?

現代では農法も変わってしまい 

田んぼに水を張る前にレンゲを植えて耕す事をしなくなったのかもしれない


知らんけど


香港出身の知人曰く レンゲ(スプーンの方)はスープを飲む為のもので チャーハンを食べる時には使わないらしい

わたしも使わない 


そもそも家にレンゲがないし 

チャーハンを食べる事も無い


レンゲの咲いていた季節はいつ頃だったかな?

春先から夏が来る前だったように思うし 最後に見たのはいつだったか?すら記憶にない

クリスマス休暇に行ったプラハを流れる川


「ヴルタヴァ」




日本でも(ドイツ語読みで)「モルダウ川」として知られている


スメタナの楽曲「我が祖国」

交響詩の第二曲「モルダウ」は中学の合唱コンクールの課題曲だった


指揮者に任命されるのは大抵 

音楽部に所属している生徒か 

クラスのお調子者


違うクラスの指揮者が

シュトレーゼマンばりに悦に入って指揮を振るっていた姿がとても印象的だった


うろ覚えだが 出だしの歌詞は


「美しき川のな〜が〜れ〜ぼくらの誇りモルダウは〜」だったと思うが


その続きは全く覚えていない


わたしのホリデー写真を見た同僚数名が


「モルダウ川?知ってる!合唱コンクールで歌ったよ!」


と言った


彼らが言うには

「ボヘミアの川よ モルダウよ〜過ぎ〜し日のごと今〜もなお〜」


だったり


「なつかしき川よ モルダウの〜清き流れは我が心〜」


だったり


地域によってか?

世代によってか?


歌詞が全然違うのだ



まぁ 何でもそんな感じよね





実家のネコ

生まれたての乳児の時に

ヨレヨレの状態で妹に保護されて

哺乳瓶から懸命にミルクを飲んで

おもしろかわいい大きな子に育ちました