基本的に受注仕事だし

アクティブな人間でもないので

自分から営業することはまずない。

 

お座敷がかかれば出ていって

要望を聞いて、形にしていく。

 

初回訪問の前に

相手先や業界など関係する情報を

ある程度集めておくのはルーチンだ。

 

形にする過程でも

やっぱり周辺情報をあれこれ集める。

そうでなければ膨らみにくいからだ。

 

これは大事な下ごしらえなんだけれど

このごろ、これをちょっと怠っているのかもしれない。

 

いや、怠っているのとは違うな。

 

ただ情報を集めて知っておくのではなくて、

自分の興味を刺激するところまで

突っ込むことが

必要なのかもしれない。

 

何もせずとも湧き出ていた好奇心、

とりあえずやってみたいという気持ち、

なんだかわからない自己顕示欲、

そういうものが減退していくと

残るのは生活するための義務感だけで

惰性と面倒臭さが先に立つ。

 

遅まきながら、

自分の興味関心好奇心に

水をやらないとだめだよなあ。

たぶん肥料もいるよなあ。

それより土を耕さないとなあ。

そんなことを実感しはじめている。

 

情報をアウトプットするなら

まず情報をインプットしなければいけない。

それもおいしいと思えるものを

入れなければいけない。

 

ないなら見つかるまで

探すべき。

 

材料さがしと地面の耕し。

下ごしらえなしに料理しようとしてはいけない。

 

当たり前のことで

意識していなかったことを

自戒のために書いておく。

 

そしてまたたぶん

似たようなことを

繰り返し書くことになるんだろうな。

 

ま、それはそれでよし。

 

グレッグ・イーガンのSF「ディアスポラ」を読んでいて

ふと昔々に読んだ少女漫画を思い出した。

 

タイトルも筋も忘れてしまったけれど

亡命貴族かなにかの恋物語で

貴族の女性が主人公の男性に

「故国喪失者さん」と呼びかけていた気がする。

 

その「故国喪失者」に

なにやらカタカナのルビがふってあったのだけれど

思い出せない。

 

意味からすればディアスポラが一番ぴったりくる。

でもディアスポラじゃなかった気がする。

でも適当な言葉が思い浮かばない。

えーと、なんだったんだろう。

気になる。

どうでもいいことだけれど気になる。

 

あんまり気になるから検索して

その短編が載っている本を探り当てた。

 

さて、注文するかどうするか、

ちょっと迷っているところだ。

 

 

学生時代はずっとベッド生活だったけれど

社会人になってからは布団生活を続けている。

 

ベッドに比べて布団は面倒くさい。

夜、押し入れから出して一枚ずつ敷く。

朝、一枚ずつたたんでしまう。

この繰り返しが嫌になって

敷布団から掛け布団までセットした状態で

一気に二つ折りにして

そのままズルズルと

押し入れに押し込むようなこともしていた。

 

それがなぜか、

意外とこの作業が楽しくなっていることに

ふいに気がついた。

 

敷布団を出して敷く。

敷用の毛布を出して敷く(今は寒いので)。

枕を出してぽんと置く。

羽毛の掛け布団を出してかける。

もう一枚薄い羽毛布団をかける。

最後に保温用の毛布をかける。

 

朝はその逆回し。

この6段階を毎日繰り返している。

 

なぜかこの単調な動きが

妙に楽しい。

これはいったい何なのだろう。

手軽に味わえる充実感?

 

いや、これは

茶碗を洗う時は

感じない楽しさだ。

 

ベッドはずっとベッドのままだけれど

布団は空間を変えてしまう。

 

さっきまでテレビを見ていた部屋に

いきなり寝室が登場して

翌朝消える。

 

その形態変化が面白いのかもしれない。

ううん。

いやいや

そんな大層なものではない気がするけれど。

 

たまに5000~1万円ぐらいの

衝動買いをすることがある。

 

めったにできないことではあるけれど

数万円の衝動買いもある。

 

そのくせ

500円のちふれのリップライナーが

ほしいなと思いながら

数か月迷っているようなこともある。

 

そういう商品は

数百円から千円程度のものが多い。

オリーブオイルとか、豆板醤とか、シームレスの下着とか、

どうってことのないものが多い。

なのに、迷ってしまってなかなか買えない。

どうしてだろう。

 

つらつら考えてみるに、

売り場で手にとって、考えた末に戻す

ということを一度やってしまうと

その後もすんなり買えなくなるようだ。

 

これって行動経済学が言うところの

一種のアンカリングなんだろうか。

 

買い物だけじゃなく

仕事や人間関係でも

同じようなことをしていそう。

 

ちふれのリップライナーぐらいなら

放っておいても問題ないんだけれど

最初の印象を引きずって

妙に引っ込み思案になったり、

関係を悪くするようなことを

無意識にしていないだろうかと

ちょっとヒヤリとする。

 

とりあえず今日は

アンカーを断ち切るために

数か月迷っていた

リップライナーを買いに行くことにする。

 

色はブラウン。経費500円。

 

 

たとえば、確率と率先。

たとえば、効率と率直。

 

その「率」と「率」が同じ文字だと
あらためて気がついて

なんだかとても驚いている。

 

単語として覚えていはいても

文字として意識していなかったみたい。

 

気になりだしたら

これまで何気なく使っていた言葉が

あやしく見えてきて

自分の漢字能力が信じられなくなり

やや混乱している。

 

ささやかなことだけれど

自分としてはかなりびっくりだ。

同じようなこと

たぶん他にもたくさんある。

 

それを見つけるのは

少し面白さが混じった

痛痒いような感覚。