花粉のシーズンは、自分の体が

いつもより多くビタミンを消費しているような気がする。

 

寝不足のときや風邪を引いたときに感じる

口の中のイガイガした違和感が

このところだんだん強くなってきている。

たぶんこれは花粉症のせい。

 

そろそろビタミンCが無くなるので

ドラッグストアへ。

棚にはさまざまなサプリと

医薬品が並んでいる。

 

いつも思うのだけれど

これら商品の違いはなんだろう。

軽くネットで調べてみたけれど

納得できるような説明がない。

 

薬事法上の区分はともかく

ビタミンCの質がどう違うのか

吸収率はどうなのかが知りたい。

 

誰か明快に教えてくれないものだろうか。

自分の言葉の空虚さが

やけに気になっている。

 

昨日は仕事仲間との久しぶりのランチで

メインディッシュは困った上司の話だった。

 

フリーライターの女性だが

彼女はいま、頼まれて

週3で編集作業のため某社へ出勤している。

 

その職場がとんでもなくて

予想していたけれど

予想以上にひどくて

その原因はひとえに場長にあって

という、よくあるパターンの話だ。

 

彼女の嘆きに同意したり

問題の上司の人となりを分析したり
なんだかすべてが予定調和で
シナリオをしゃべっているような気になってきた。

その人の仕事ぶりを好き放題に批判するうち
批判の内容を
ひそかに話者である彼女自身にも向けてみたり
自分に戻してみて傷ついたりしていた。

人の批判で盛り上がるのは
仲間内の話の定番だけれど
そろそろ止めたほうがいいのかもしれない。

自分に戻ってきた言葉は
長く胸をえぐり続ける。

 

 

猿を見に行きたいと思った。

いろんな猿の顔を

ぼんやり眺めていたい。

 

この間、ちょっと水族館に行ったら

また行きたくなった。

先日は友人と一緒だったから

あまり長居するわけにはいかなかったけど

本当はいろんな魚の姿を

思う存分眺めていたい。

 

猿を見に行こうか

魚を見に行こうか

迷っているあいだに一日がすぎる。

 

どちらも見に行かずに

終わるかもしれないけれど

まあそれでもいいか。

 

迷える時間、考える余裕があるのは

やっぱりいいことだと思うし。

長年中学で教師をしている友人から聞いた話。

 

新しく赴任してきた校長が完璧主義で

すべての作業を自分で細かく点検するのだとか。

 

従来は不要だったチェック項目を設け、

従来はなかったダメ出しを出し、

新人からベテランまで全教師を

混乱させているという。

 

ただ命令するだけでなく

自分がしっかり隅から隅まで目を通して

各教師と個別に面談して指示をするというから

単なる官僚型の管理者ではないようだ。

 

これまでルーチンで進んでいた職務を

すべて見直すのはすごいことだし

そのなかには十分意味のあるものもあるだろう。

 

しかしいまその中学で

一番大事であるはずの

高校受験の書類業務で

ケアレスミスが頻発しているという。

 

チェック体制を何重にもして

細かな項目を設定しているにもかかわらず、だ。

 

てっきり点検する人が増えたから

安心してチェックが甘くなったのかと思ったらさにあらず。

 

友人がいうには

日常業務があまりに増えてしまい

教員たちが疲弊しきっているのだそうだ。

 

書類仕事だけではない。

さまざまな活動の立会い、手配

とにかく仕事量が半端なく増えているという。

 

校長本人はワーカホリックのようで

24時間365日仕事をしたいひとのようだ。

また教育委員会でのキャリアが長く

現場型ではないという。

教育委員会でも

ひどいワーホリで有名だった人だという。

 

う~ん。

 

「仕事が増えたから疲れてミスが出た」

という言葉自体が通じない人のようだ。

 

う~ん。

 

友人が願っているのはただひとつ。

その校長から離れたい。

それだけだそうだ。

 

もうしばらくしたら来るんだなあと

実感が出てきた「還暦」。

 

以前に職場の上司の還暦を祝ったときは

みんなで分担して赤いプレゼントを用意した。

私は「ちゃんちゃんこ」が当たってしまったので

アウトドア洋品店へ行って

ダークレッドのベストを購入した。

たぶん私が一番高くついたと思うけれど

あのチョイスはいまもけっこう気に入っている。

 

で、その時のスピーチで

還暦は人生ひとまわり終えて

また赤子に戻ること。

また若く生まれ変わって

新しい人生にトライすること、

なんてことを偉そうに話した気がする。

 

まったくよくも偉そうに

そんなことが言えたものだと

今更ながらに顔が赤らむ思い。

 

その言葉は、還暦が実感できるようになってから言え!

あ、いまか。

 

実際に人生100年時代と言われるようになり

第二の人生は物理的なものになりつつある。

 

55歳で定年だったって

いつの話だ、てなもんで。

60歳、65歳、70歳を過ぎても

たぶん働き続けないとやっていけないだろう。

 

金銭面ももちろんだけれど

時間を持て余してしまうと思うのだ。

 

以前は「自分は何もなくても楽しめる人間」なんだと

思っていたのだけれど、

どうやらそうでもなさそうだ。

まして気力も体力も集中力も持続力も低下している実感がある。

こちらはしっかり年とともに衰えていく。

そうなると無理矢理にでも「やること」をつくっておかないと

ぼんやりしているうち、うっかり鬱に入り込みそうだ。

まあ

それ以前に貯金がないわけだけど。

 

60歳から20年ぐらい続けられる仕事。

いまはその準備をする時期なのかもしれないなと思う。

もういちど、なにかそのための勉強を始められないだろうか。

 

仕事から考えようとすると

なかなか前に進まないのだけれど

「新しい学び」から考えると

ちょっと気持ちがウキウキしてくる。

逃避行動でもいいではないか。

気持ちが浮き立つこと

それはとてもとても大切だと思う。