安心したくていろいろと探してみるけれど
どうも安心することは非常事態らしいと思い始めている。
変化は状態であるといったのはドラッカーだったか。
安定してしまうのはとても稀な状況で、自分がもし安定しても周囲が変化する。
安心しないこと。安定しないこと。
いつも不安とドキドキを抱えながらも、幸福でいること。
不安とドキドキを味方につけること。

私がこれまで否定してきた感情は
肯定すべきエネルギー源だったのかもしれない。

 

赤池弘次さんのWiki記事を読んでいて

「PID制御に代わる現代制御論の実用化の道を開いた」

というところで目が止まった。

 

現代制御論!

なんだかとても懐かしい。

むかしむかし上司から教えられて

知ったかぶりで何度もネタにした覚えがある。

 

フィードバック制御の時代は間もなく終わる。

次は将来を予測制御する時代がくる。

とかなんとか。

 

確かにいろいろ進化はしているようなのだけれど

現実にはやはりPID制御の方が使い勝手がいいらしい。

 

それはまあいいんだけれど

いまさらながらに気がついて、愕然としてしまった。

 

当時の私は

興味を持ったつもりでいながら

現代制御とはどういうものか

自分で調べようとはしなかった。

 

呪文を覚えたことで安心して

ただ言葉を使うだけだった。

 

ああ、このへんが自分の落とし穴。

自分の限界をつくったんだよな。

 

中身よりも呪文が好き。

そういう自分であることを

いまさらにしてやっと発見している。

11月5日、Googleロゴが赤池弘次氏になっていた。

日本人が出るのは珍しいなと思い、

誰だろうとクリックしてみたら、数理統計学者だそうな。

 

統計モデリングの分野で世界をリードした学者さんで

特にAIC、すなわち赤池情報量規準なる指標を発表して

現在も多くの統計ソフト等に用いられているとか。

 

いまでこそビッグデータやAIがトレンドになり

統計が学問の大きな注目分野になっているけれど

バラバラのデータから特質や傾向を読み取って

さらには未来を予測する……といったことは

1970年代当時は、地道でマイナーな分野だっただろうと思われる。

それをコツコツと自力で構築していった人。

バイクで富士山の回りを走ってその振動を解析したとか何とか。

 

「モデルが正確かどうかを

 測定するモデルがいるのではないか」

 

この視点がすごい。

 

全然関係がないけれど

統計データと聞くと、

いつもハインラインの短編SF「大当たりの年」を思い出す。

一見関係ないようなさまざまなデータを分析すると

大きな周期が見つかり

それがすべて重なり合う年(1962年!)が特定できる。

その年に向けて大災害が次々に発生して

最後は太陽に巨大な黒点が。

とうとう地球は……という話。

 

中学生の時に読んだ衝撃は大きくて

統計というのは何の関係もないような要素から

不思議な背景を読み取ることも

できるのかもしれないと刷り込まれてしまった。

 

リアルな未来はユートピアでも

ディストピアでもなく

やっぱり現実だよな。

 

ああ、ブレードランナー2049を見に行かなければ!

 

 

 

「「明日からダイエットしよう」って言う人は
 明日も同じことをいいます。
 今からやるんだ。今から体重計に乗りなさい。」

 

勇気や努力を強いるアドバイスは

ついつい敬遠しがち。

 

敬遠したくなる気持ちをやわらげ

モチベーションを上げてくれるのが

ダイエット本や自己啓発本やライフハック本やビジネス本。

 

みんな、臭くて苦い正露丸を

飲み込みやすい糖衣でくるむようなものだろう。

 

糖衣の味はそれぞれ変えられるけれど

いちご味だろうが、チョコ味だろうが

中身の正露丸は変わらない。

 

どんな啓発本も

糖衣だけなめとって

正露丸に届かないうちに捨ててしまえば

結局は何の効果もないわけだ。

 

セイロガントーイ

正露丸糖衣

関係ないけどこの語感

かなり好き。

 

ツイッターを見ていて目にとまった話。

 

元ジムトレーナーによるツイートで

ダイエットに敏感な女性には

あれこれ情報過多なくせに

詳しくは覚えていないタイプが多いそうな。

 

いわく

「僕の言いつけを破ってTVのダイエットをした人は
 鯖缶のもチョコレートのもトマトのも油のも
 みんな太って帰ってきました。
 よく聞いたら、TVで言ってたことも完璧には守らず
 アレンジしていたんです。
 ストイックに約束を守れないから太るのです。
 目先の情報に飛びつかないこと。」

 

ああ、そうだよねえ。

思い当たることが多すぎる。

 

うろ覚えの断片的な知識を、

自分の都合がいい用にはぎ合わせるのは
健康以外でもよくあること。

 

風評なんてものも

こういう傾向に近いのではないかしらん。

 

意識しているかどうかにかかわらず

自分が望む方向、見たいもの、聞きたいことが先にあって

それに当てはまるものだけを取り上げて

はぎあわせて、

それが本当だと信じてしまうこと。

 

とてもよくある話だと思うし

自分でもやりがちだ。

 

納得がいくまできちんと調べることは

とても大変で時間も気力や体力もかかる。

だからこそ

誰かの言うことを信じようとするんだけれど

その誰かが複数で

水面に現れては消えるあぶくみたなものだったら

非常に危うい。

 

いつもそこにあって

常に揺るがない「誰か」がいればいいけれど

これも行き過ぎると危なそう。

 

NHKもTBSもフジテレビも日テレも
朝日も毎日も読売も産経も
大学の先生も政治家もニュースキャスターも
カリスマモデルもタレントも
有名な人が正しいわけではないし
いかに情報をたくさん持っていても
正しいこともあれば、間違っていることもあるわけで。

ある程度自分が共感できて
少なくとも10年以上は保ちそうで
常にその意見を確認できる相手で

そしてできれば

正反対の方向の「誰か」を

複数キープしていれば少しはバランスが取れるだろうか。