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黒猫本舗のブログ

5人の子供の事を中心に備忘録感覚で書いてます


最近、どんどん銭湯がなくなっているらしい。

確かに私も思い描くような銭湯という物には

六本木zabooや大江戸温泉を除けば

2回しか行った事がない。

スパって感じじゃなくて

住宅地の中で高い煙突を持ち

タイル張りに富士山の絵がドーンとあって

尚且つ温泉でも何でもない銭湯に限定したい。

最後に行ったのは……と思い返すと

熊本地震で断水になって

それ以外は殆ど被害のない地域だったので

「今日はどこの温泉行く?家族風呂飽きた?」

なんて日々を過ごした

……ってこれも温泉か、

近場には温泉しかなかったんだった。

更に記憶を掘り起こすと

キューティと出会って間もない頃に

当時のマンションの近くの蚕糸の森公園で

八百屋で買った甲斐路なるブドウを食べながら

ボーッと座っていたら

ウォーキング中の方々に話し掛けられ

何をしているのかの問いの答えに窮して

「良かったらブドウどうぞ、洗ってないですけど」

「いいの?良いブドウなんじゃない?」

「そこの八百屋で安かったんです。種がなくて皮ごと食べられるらしい」

「じゃあ頂きます、美味しい~」

「良かった」

なんて話していたところ

「私達これから汗を流しに銭湯に行くんだけど、あなたも来る?」

「銭湯ですか?」

「そこの和田帝釈天の商店街にあるの、古いけど」

「私が御一緒していいんですか、着替えも何もないから家近いので取りに」

「私達も着たまんま着て帰る、夜にまたお風呂入るし」

「あっそうなんですか?じゃあ……」

って行った超絶レトロな銭湯に感動し

湯上りに牛乳を買って

キャッキャお話してた時にふと

初めて行ったこの手の

スバラシー銭湯を思い出した。

ここまでレトロな銭湯じゃなかったけど

私の中ではちょっとした冒険だった。


中学生の頃の私は

超絶どーーでもいいことで親と喧嘩をした。

「早くお風呂入っちゃいなさい」

程度の事から始まったと記憶しているが

そこからどうしてか祖母に憤慨し

「家の風呂は入らない!!銭湯行ってくる!!」

と、私は着替えだけ持って外に飛び出した。

日頃から銭湯に行ってみたかったのもあって

いい口実になったとさえ思っていたが

「そういや……銭湯ってどこにあったっけ……つーかどうやって入るんだろ?1000円くらいあれば足りるんだろうか……」

そこからかーい!!

と言いたくなるような疑問にブチ当たるも

頭をフル回転させて街の風景を思い出し

「あ、上板橋の方にあった気がするわ」

20分ほどバス通りを歩く事にした。

時刻は21時前くらいだったかと思う。

まぁ元々、電車やバスを使う塾通いで

小学生の頃から22時以降に帰宅なんてのは

慣れっこだったのもあるけど

昼と夜で一気に変わるんだよね、

空だけじゃなくて街の雰囲気まで。

「夜の街ってホントいいなぁ」

と心から思った。

何せ、人生初銭湯である。

リゾート施設とかホテルとか旅館でもなく

テレビや映画でしか観た事の無い

あの情緒溢れるお風呂屋さんに入れる日が

こんなにも早く来るとは。

最初に赴いた銭湯は閉まっていた。

へぇえ!?と出鼻くじかれるも

えぇー……あ、でもさ、もいっこあるよ確か。

来た道を引き返し大通りから小道に入り

公園の近くにあった2軒目は

煌々と電気が点いていた、よっしゃよっしゃ。

まずは……下駄箱?

入る際に靴を脱ぐっぽい感じだな、

靴を入れて鍵を抜いて無くさないように……。

番台は無人で時間帯によるものかと思ったら

券売機があって興醒めしたのを覚えている。

とりあえず中学生だから大人、と。

400円とかそんなもんだったと思うが

「毎日銭湯に来るのと家で電気ガス水道を使ってお風呂に入るのはどちらがお得なんだろう、掃除しなくて良いのは銭湯だけど毎月12000円として……?」

なんて考えながら服を脱ぎ

いざタオルを片手に入って愕然とした。

シャンプーとかその手の物が見当たらない。

ホテルや旅館とは勝手が違うみたいだ。

どうしよう……とキョロキョロしていると

「どうしたの?シャンプー忘れたの?」

当時で……今の私より少し若いくらいの

スラッとした女性が私に声を掛けてくれた。

「すみません、そうなんです。銭湯に来るの初めてで」

「私ので良かったら使っていいよ」

「えっ…でも」

「いいのいいの、気にするような高級品じゃないから」

そうピンクのバスケットを差し出されたが

中に入っていたシャンプーとリンスは

確か当時発売されたての濃い緑のボトルの

organicだったと記憶している。

マシェリ・ティセラ・オーガニックに肌水、

それらが発売され爆発的に流行った時代。

肌水は「どうしてそうなった」な

スタイリッシュな外見になったが

マシェリ以外の上記のシャンプーは

見当たらなくなり久しい。

因みに我が家のシャンプーは父の好みで

ラックススーパーリッチ、

祖母の好みでエルセーヴとボディショップが

かなり長い間、定番となっていた。

そんな私は現在、アレッポの石鹸を愛用。

ドフサ一家なので

シャンプーの使用量も水の使用量も

恐ろしく使う羽目になるし

やっと泡立ったとシャカシャカしたら

今度はいつまで経ってもすすぎ終わらない地獄。

ドフサは純石鹸に限る。

「私は髪がとても多いので……」

「いい事じゃない、みんな少なくて困ってるのに」

「いやあの、1回分で使う量が多いと言うか……」

「大丈夫よ、合うか分からないけど使いなさい」

「すみません……」

この人は夜の銭湯でマゴマゴしている

不審な中学生の私に非常に優しかった。

「おうちはどこなの?近いの?」

「あ…そこの……」

「えぇ?何で銭湯来たの?あそこなら綺麗なお風呂あるでしょう?」

「それが……」
 
銭湯に来た経緯を説明すればするほど

馬鹿でぇーす☆と自己紹介してる気分になるが

その人はアハハと笑っただけだった。

「そうかぁ。心配してるだろうから帰ったらちゃんと謝りなさいよ?」

「……そうします」

その人とはそれから他愛ない話をして

髪を乾かして出たところ

ガラス張りの冷蔵庫が目に入った。

「あっそうだ、牛乳買わないと」

「牛乳?」

「何かその、銭湯あがったら牛乳飲んでるのを何かで見てから憧れてて、この機会に」

「いいよ」

「えっ?」

「フルーツ牛乳にしない?」

「えぇえダメですよ、シャンプーも使わせて貰ったしお金は払います」

「中学生と割り勘とか嫌よ、そんなの。年上の人がこう言う時は素直にご馳走様でいいの、たかが牛乳なんだし」

「えぇー……何かすみません、ありがとうございます」

風呂上がりにキューッと牛乳を一気飲みする、

その予定は想定外の奢りと言う出資により

チビチビ飲みに変わった。

何か奢られただけでも申し訳ないのに

それをお金を出してくれた人の前で

一気飲みする勇気は今もない。

奢られるくらいなら奢る。

当時の私はガキだったので

今以上に頭が回らなかったが

今の私が当時の私なら

「あっ、牛乳じゃーん!!銭湯上がりの牛乳って憧れてたんですよね、飲みます?ほらシャンプー使わせてもらったし!!景気良くフルーツ牛乳にしときましょうか、2本ください!!」

くらいの勢い任せで2本買うね。

まぁ中学生と割り勘なんてって人に

中学生が奢るのもどうなのとは思うが

恩返しはスマッシュの如く。

相手に遠慮する隙を与えず

いーのいーの!!って軽々しさで押し通す。


その人とは帰る方向が一緒だったので

途中まで一緒に帰った。

私は実の母とは性格の不一致により

疎遠がちな人生だったが

その代わりと言うか何と言うかで

母と近い年代の人がこんな感じで

良くしてくれる事が度々あった。

本当に他愛ない話をして

私が驚いたり相手が笑ったりしてる内に

「あ、うち、ここなの。まだ歩くよね、大丈夫?送ろうか?」

「いえ、何だか本当にありがとうございました」

「おばあちゃんと仲直りしてね、私もすっごく楽しかった。またね、バイバイ」

その人は奥のアパートに消えていった。

そこは前記事にも書いた

私にナメタケを教えてくれた

エヌちゃんの家のすぐ近くだった。

そこから夜道をテクテク歩いて

昔ながらの住宅が並ぶ街並みを抜けると

一気に高層マンション群が飛び込んできて

空がどんどんマンションで見えなくなる。

両親の離婚後は

自分の家が嫌だと言う訳でもないし

住居としては非常に快適なのだろうが

私は昭和中期から時間が止まっているような

こちら側で生きていたいと思った。

その気持ちは今も健在で

再開発が進みマンションが毎月建つ

熊本の今の地域の物件の中でも

敢えて1番、築年数の古い家を選んだ。

庭付きガレージ付きの4DKで56000円。

私がイグアナと暮らしていた

ワンルームのアパートより全然安い。

難点はそうね、

引っ越した当初はクーラーが付けられず

工事しても1台が限界との事で

子供とペットの部屋のぶち抜き12畳にしか

エアコンがつけられなかった事くらい。

全室にエアコンがついていた環境で育っても

エアコン1台つけるのがやっとの

築年数の古い家を選んじゃう。

新しい物はどんどん選択肢が出てくるが

古い物は今ある物から選ぶしかないからさ。


何で新しい方を選ばないのかと

自分でも不思議に思うのだが

やはり「慣れ」からの「反対の環境への憧れ」

なんだと思う。

都心の人ほど山奥に行きたがるみたいな話。

それに私自身が幼い頃から

「縄文時代かぁ……憧れるなぁ……」と言う

古いとかそんなレベルじゃない感性の持ち主だ。

子供時代の半分くらいは

竪穴式住居に住む妄想をして

ペットに囲まれながら

自給自足に憧れていた人間に

地方の郊外の築45年なんて生易しい。

竪穴式住居はさておき

私が好感を持つ佇まいと言うのは

開けたら寅さんがいそうなくらいで丁度いい。

良く言えばレトロ、

悪く言えばリフォーム無しの古い家。

だから六本木zabooや大江戸温泉みたいな

スタイリッシュさを出されると

「これはこれで良いけど違う……」

寅さん出てくる絵が余り描けなかった。

タイル張りの壁に正面には富士山とか松林の絵、

古ぼけた木の椅子にやたら深い洗面器、

そんな銭湯に2度も行けたのは

私の人生では喜ばしい事の1つだと思う。

一人暮らしする時も

「あ、銭湯行ける……」と過ぎったのだが

帰宅後は しょっちゅう玄関でそのまま崩れ落ち

明け方にゾンビのように起きるような生活で

銭湯に毎日行くとなると……

超絶悪天候の日とかどうするよ……

と考え、家賃の差異が

2万少しほどしかなかったので

風呂ありの物件にしたものの

「女性の一人暮らしで本当にここでいいんですか!?そもそも女性自体いませんよ!?」

と言う不動産屋の心配をよそに

同じアパートの人は年齢や国籍に関わらず

みんな何か親切だったんだよね、

ドラマで見た昔の長屋の雰囲気に近かった。

見た目はパンクなショップ店員さんから

「猫ちゃーん、米いる?実家から大量に来てさ、野菜も食いきれねぇし貰って」

「こんなにいつもすみません……」        

とか

「カレースキデスカ?スリランカノカレー、オイシイカラタベテクダサイ」

「スリランカの方だったんですか!!うわー美味しそう、いいんですか!?」

って貰ってしまうので

私も貰ったテイで買ってビールとか返して

ホラー映画借りたけど独りで観られない人とか

何かチラホラ接点が出来始め

その繋がりが繋がりを呼んで

ご近所さん同士の繋がりも増えて行って

それなりに楽しくやってたんだけど

最後は私が一般的に言うところの

ストーカー被害(笑)で幕を閉じる。

「何か最近、変な男に付きまとわれてない?ダメ元で警察行きなよ、マジで何なのあの男」

「こないだまで付き合ってた人です」

「別れてんでしょ?じゃストーカーじゃん」

「結婚の話を断って別れを切り出したのが原因だと思う、話が平行線で面倒で着拒したから来るしかないのかも」

「何か猫ちゃんにもかなり問題ありそうだけど、何されるか分かんないよ。何か普通じゃないもん、雰囲気が」

「モテそーなんだからとっとと次行きゃいいのに……まぁでも私の事を好きとか言う時点でおかしい奴なんだしこんなもんなのか」

「殺されたらどうすんの!?アイツ普通じゃないよ!?とりあえず家にいちゃ絶対ダメ、必要な物は俺がベランダから入って取ってくるからここにいな」

と心配性の隣の家の人に匿われ始めた辺りから

ストーカー(笑)と住人が喧嘩になったりで

そこに住むのが困難になり一旦実家に戻って

キューティの家に引っ越す事になった時は

みんなで送別会までしてくれた。

職場とかならともかく

あんまり聞かないよね、

アパートの誰かが引っ越すから送別会って。

そんだけ温かい場所だったんだよ、

他人と関わるのが嫌いな人には

キツい環境かもしれないけど
       
古いところに敢えて住むと

このような流れが発生しがちになる気がする。

池袋の歓楽街が近いのもあって

治安はあんまり良くなかった気もするけど

そこも結束を強める1つだったのかもしれん。

    
因みに引越し先のキューティのマンションは

完全オートロックで

マンションの人とは挨拶程度

エレベーターホールで話し掛けられて

会話が発生しても気候や世間話止まり

鍵を忘れてヒェッとなるも

「鍵忘れた時うち押して良いよ、居たら開けるから」

ってんで開けてもらう程度だったが

先述のレトロ銭湯のある

和田帝釈天の商店街の人も

地元の人ばかりだからか

フレンドリーな人が多かったよね。

袋ラーメンしか食べないキューティと

住み始めてから私は料理を始めた訳だが

レシピも商店街の人達から

たくさん教えて貰った。

だから離れる時はやっぱり寂しかった。

「あら珍しい、今日はお休み?」

「近々結婚で引っ越すので何か名残惜しくて、この商店街を堪能しとこうと」

「引っ越すの?私これからお昼に行こうと思うんだけど、お昼まだ?一緒に行かない?」

「良いんですか、是非行きましょう」

って流れでお店の人とご飯に行き

「この子、結婚するから引っ越すからもう来れなくなるんだって」

「じゃあこちらサービスで付けとくよ」

「えぇえいいですいいです何か悪いし」

「もっと付けなさいよ、結婚祝いなんだから」

「いやあの流石に幾ら何でも」

「そうだなぁ、じゃあ」

「いやいやいやいや大丈夫です、ホント申し訳ないから」

「何言ってんの、お祝いお祝い。私達が勝手にお祝いしてるだけなんだから、気にしないでお祝いされときなさいよ」

そこが個人経営のお店だった事もあり

周りの席の常連さんらしき方々も

「俺、何度かあんたの事見た事ある」

「結婚かぁ、おめでとー!!」

「相手の男は幸せもんだー」

みたいな不思議な流れになって

「現代の人が冷たいなんて嘘なんだよな」

と心から思った。


いずれも、お礼を言うしか

お返しが出来てない。

何で返せば良いのかと考え月日は経ち

私が出した結論がある。

「えぇ?お前、結婚するの」

「うん、まず猫さんに報告しようと思って」

「そっか、ご飯まだ?」

「まだだけど」

「よーしじゃあお寿司行こう!!お前よく回転寿司食べたいつってたの今思い出した」

「小学校の頃ね!?行きたいけど節約せんといかんけんが、結婚って金掛かるわー」

「いやいやいやこんな年の差で割り勘とか勘弁してよ、年上の人が奢るって時はご馳走様ですーで良いんだって」

「何か今までも色々してもらったけんさ、申し訳ないよ」

「それとは別だよ、今回は結婚祝いなんだよ結婚祝い!!私が祝いたくて勝手にやるんだから祝われる方が気にする事じゃないんだって」

って感じで機会があるごとに

罪滅ぼしみたいにやってるけど

……これでいいんかね?



粋。

そんな言葉がピッタリな

私がこれまでに会った大人の人達に

人生半分過ぎた私が近付けてるのかは謎だが

自分がビックリするほど良くして貰って

お礼が不十分だと燻ってる時は

当時の自分と同じような人に

して貰った事と同じような事をすれば

私の中で相殺されて昇華

……しねぇんだよ、これがなかなか。

だからまだ足りないんだと思う、

恩返しに至ってない。

そしてこう思う人が代々住み続けるからこそ

結果的に袖振り合うも多生の縁が続いて

古い町には人情がー

みたいな事を言われてるんじゃないかね。

そこにはコスパもタイパも関係ない。

ただ、相手に喜んで欲しかったり

自分なりにしたかったから

その場でそうしてみただけ。

下手を打つと距離感掴めないお節介マンだが

大人達が子供や若い人達に

優しくしてたかどうかって

未来に繋がる事でもあるのかもしれないよね、

その当時の子供や若い人が

大人になった時の話に繋がるっつーかで。

でもさ、あの時ああしてれば…って

寝る前に思い出して悶々と煩悶するより

義務でも義理でもなくても

その場で良心に従った方が絶対いい。



銭湯で独り手ぶらでまごついてる子供がいたら

声を掛けたりシャンプー貸して

締めの牛乳を奢るくらいはするし

顔見知りが引っ越しとあらば餞別渡すし

知り合いが結婚すると聞いたらお祝いする。


羅列してこう書いてみると

そんな大きな話ではないんだけどね、

して貰った側の私は終始焦りまくりだった上に

何十年経っても忘れられず

ずっと感謝している訳です。