人は
目に見えないものに対しては呆れ返るほど鈍感なのに、目に見えるものに対しては、
これもまた呆れ返るほど敏感だなぁ
ドイツのベルリンを訪れて
ブランデンブルク門を目にしたとき
僕はしみじみとそう感じたんだ
ブランデンブルク門のてっぺんには、四頭立ての馬車に乗った女神の石像がある
跳躍の姿勢で馬車をひく馬は
今にも動き出しそうで
生きてるいるかのように見えた
これは【壁】が壊れるのも納得だなぁ
まだベルリンに壁があった頃
人々はブランデンブルク門の全容を見ることは出来なかった
そこに門がある事はわかるけど
触れる事すら出来なかった
壁に阻まれていたから…
これほどまで近くに在るものに触れる事を拒んでいるのが
壁
であるなら
そんなモノは壊してしまうしかない
僕だってそう思う
統一ドイツの誕生には
幾つもの誰にも止められない歴史の激流が存在した
けれど、僕はもっと感覚的
原始的なレベルで
壁の崩壊という一大事が実現した
素因を皮膚で理解出来たような気がしたんだ
目に見えるものに触れることが出来ない
なんて不自然な状況を長いこと維持出来るほど
人は我慢強くない
目に見えるものに触れることが出来ない
なんて不自然な状況を長いこと維持出来るほど
人の好奇心は弱くない
…そう思った
そして、そんな事を
対馬に行った時に思い出したんだ
日本は
海という名の一種の壁に囲まれている
日本が鎖国なんていう
想像を絶するほどの政策を維持出来た理由は
こう思うと逆に理解しやすい
海の向こうを乗り越えようとする事に…
海という壁の向こうに
様々な土地と、そこに住む様々な人々がいる事に
あまりに鈍感であったんではないかと思うんだ
だけど
対馬からは大陸が見えるんだ
この対馬という島の歴史を足の裏から感じた
対馬は鳶の多い島で
風に乗りゆうゆうと空に遊ぶ鳶を見いたら
風が笑った気がした
海風の赴くままに
その体を委ねる鳶にとって、
海峡は国境ではないんだと
ただの海でしか
ないんだろう
海の彼方、モヤを薄く被せた大陸を
目を凝らして眺める
あの大陸をさらに北の方に向かえば
地球上に残された数少ない
けれど、まだ厳然と存在している
人間の手によって作られた
もう一つの壁がある