ひとつのことで経験を積んでいくと、忘れがちになることがある。


・人の悪口を言わない

自分の発言に責任を持った意見としてならOK


・公平に行動する

個人的に掲示板の返事をしないなら全部しないと決めている


・肩書きにまどわされない

肩書きよりも人間性や感性、能力を重視する


・驕りは禁物

自慢されて気持ち良い人はいない


・恩を忘れない

なんの取柄もない私の力になってくれた人は財産である


ずっと忘れずにいる。

ときどき、聞きたくないことが耳に入ってしまうことがある。

信頼していた友達が裏では私のことをあれこれ言ってると聞いてしまった。


おそらく、彼女は私を競争相手だとみていたのだろう。

競争なんかしたくないのに。


友達と張り合ったら、友情は薄れていくと思う。

競争よりも共存。刺激のある関係でいたかった・・・。

走ろう

テーマ:
ぼんやりしていたら望みがはたせない、私にはまだ目指すものがあるのだ、やっぱりゆっくりのんびり、というわけにはいかないものだ。そして、逆に常に「自分のカウントダウン」を考えて生きるということは、無駄なことはできない、ということ.
自分自身で精いっぱいである。


渡辺やよいの楽園 初雪より引用


私も今、本を書いている。それも2冊目だ。
去年まで普通の主婦だった私が本を書くなんて今でも信じられない。
たまたま不景気の中、主婦がパソコンで家計を支える姿が目新しかったのだろう。

次々とメディアに取り上げられた私は、某業界で名前だけ先走りしていて、素の自分はどこに行ってしまったのかと不安に襲われるようになった。
期待の目で見つめられると、息苦しさから逃げたくなることもある。
私は凄い人なんかじゃない。失敗だってするし、弱気になることもある。夫に愚痴ばっかり言ってる普通の主婦なのだから。


大げさだが引退も考えた。
休日もなくパソコンへ向かう毎日を送っていると家族への後ろめたさも感じていた。夫や子供達の寂しさを考えるとこのままでいいのかなと思う。
読者から寄せられる大きなプレッシャーにも負けそうになっていた。本当の自分を失いかけていた。
全てから退いて、家事と育児に専念する主婦に戻りたい。気付くとそう思ってる自分がいる。


でも、さおりさんの記事を読み、揺れ動く心が止まった。


一人っ子で親は共働きだったせいか、子供の頃から自分と向かい合って生きてきた。あなたは何をしたいの?何を考えているの?と自分に向かって話すのだ。こうしてみると変な子供だなと思う。

幸運にも今、自分のやりたかったことを仕事にしている。それから逃げたら私には何が残るんだろう?
もちろん、妻、母としての自分は変わらない。でも、私がいない。

走るのをやめることは簡単だ。
マラソンをしていると走っていることが苦痛になる。身体がきつくなって立ち止まりたくなる。でも、足を止めた瞬間に後悔が襲ってくることがわかるから、私は諦めない。

自分が走ると決めたからには自分には負けられない。


いつかまた迷う時がくるだろう。その時に今の気持ちを思い出そう。自分の夢をずっと求めて。


やっと気付くことができました。やよいさん、ありがとう。

ひとりじゃ

テーマ:
気ままにいられる一人がすき。
でも、一人じゃ生きていけない。

また仲間に助けられた。
甘え過ぎだなってわかってる。
でも、一人じゃ乗り越えられなかった。

嬉しいこと、楽しいこと、一緒に笑い合える。
悲しい時はそっと隣にいてくれる。
つらい時は「そのままでいいんだよ。負けないで」って言ってくれる。
私が間違った方向に歩いていったら、遠慮せずに忠告してくれる。

仲間がいる、その幸せを噛みしめる。

陽だまりで

テーマ:
全身で陽のひかりを受け止める。

サハラさんのブログを読んで、私の心とカラダに栄養が足りないんじゃないかと気付いた。

ふと、外を見るといつも日が暮れていた。
風に揺れる葉の音、いくつも重なって秋色を作る落ち葉の絨毯にも気付くことのないまま毎日が過ぎていく。

『これって人生を損してるよなぁ』

かさっかさっと音を立てながら落ち葉の上を歩いてみた。
銀杏並木の下をあてもなくゆっくりとそしてしっかりと歩く。
足の裏で感じ、耳で感じ、目で感じる。
落ち葉の感触が血のように全身を駆け巡っていく。

見上げた空に「久しぶりだね」と声をかけてみる。
懐かしさのあまり、ずーっとずーっと見つめ合う。

何も考えない時間。生きてることを実感できる時間。
心にもカラダにもいっぱい栄養をもらった一日だった。