滑走屋 2/11昼公演の余韻など | カラフルトレース

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明けない夜がないように、終わらぬ冬もないのです。春は、必ず来るのですから。

人は油断を見せると背後から刺される。


今回もまさにその通りで、高橋大輔主催のアイスショーが開かれるんだ〜学生スケーターにも声掛けするんだ〜〜大輔さんのことめちゃくちゃ好きな学生に心当たりあるけどさすがにないか〜〜とデカデカと胡座をかいていた。


そしてエストニアでの旅行中、まさかの岩野桃亜さん出演を知り、「心当たり」がそのまま的中したことは、以前にタリン旅行記で言及した通りである。


晴也くんとか、スタァとか、もちろん他に発表されたアンサンブルスケーター各位も魅力的でしたけど。

岩野桃亜は、また話が別なのだ。

当アカウントを数年前から追っている方はそれこそ百も承知でしょうけど、わたしは岩野桃亜さんが大好き過ぎて、入門編なるブログ記事を書き、まさかのご本人にお読みいただいたことすらあるくらい、桃亜さんの演技に骨抜きになっていた。

※滑走屋から桃亜さんを知った人はぜひご一読あれ。

躊躇いなく迸る情感、それを乗せて自由自在に動く肢体、それを支える屈強な体幹、演技の意図が観客に伝わる直球さ。

全てが唯一無二で、全てがわたしを惹きつけた。

いま振り返れば、あのころ浮かされたように綴った熱が、多少なりとも本人にとって負担になっていたのではないか、と反省すべき点はある。

だが、彼女の演技から受け取ったものを逐一言葉にしなければ気が済まないほどわたしは夢中で、そして彼女は腰の不調、アイスダンスへの転向を経て、試合で見かける機会が減った。

きっとこれからその機会が増える方にはいかないだろう、といつの間にか悟ってしまい、結果として「岩野桃亜さんが滑る時は何が何でも駆けつけるマン」が爆誕した。当然、去年の早稲田オンアイスにも出向いている。

何が何でも駆けつけるマンだから平気なんだ。
たとえ東京-福岡間を日帰りすることになろうとも。

もともとアイスショーに通う方ではないので、タリンから時差ボケに目を擦りつつ確保したチケットは、スタンド席の1公演だけだった。

この選択を、とてつもなく後悔する羽目になるとは知らずに。


福岡に到着、まずはしっぽり「牧のうどん」で腹ごしらえ。無限に汁を吸うという噂に恐怖し、異様な速さで麺を啜ってしまったが、楽しみ方を間違えた気が若干しなくはない。ごぼ天、旨いな。


そこからバスでオーヴィジョンアイスアリーナに向かう。この時点でショーの内容に関する前情報はほとんど把握していなかった。黒ロングコート山本草太の存在だけは垣間見ていたが。


コンパクトサイズのプログラム冊子(ありがたい!)をめくり開演を待つ。あまり見ないタイプの質問が書かれていて面白かった。


14時半、開演。

誇張抜きに一瞬で終わった。


溢れんばかりに襲いかかる圧、情報、疾走、エロスの洪水。

これ、一回だけで全てを咀嚼するの、無理すぎませんか???

悪いことは言いません、特定の出演者に思い入れがある人は複数回行くか、ケチらずアリーナ席を購入することをオススメします。


まだ間に合うので。



さてこの「滑走屋」、間違いなく完全に新しいアイスショーである。


その新規性はどこにあるのか。幾つか挙げるべき点はあるが、最たるものは「アイスショーにポップカルチャーとしてのポテンシャルを宿したこと」だろう。


浅田真央さんのBEYONDも新しいアイスショーだが、方向性が全く違う。BEYONDの目指すものが劇場とすれば、滑走屋が目指しているのはライブハウスだからだ。


ここにはバレエもクラシック音楽もない。ビートの効いた音楽に乗せ、フロアダンスが繰り広げられる。


照明の使い方もアイスショーとしてはかなり斬新だろう。滑りやすいようにリンク全体が明るくなる、ということがフィナーレまで一切ないのだ。言葉を選ばなければどぎつい、クラブ的な色合いと眩しさと鋭さを兼ね備えた。わたしクラブ行ったことないけどな!


※この照明が仇となり、個々の顔がスタンド席からだと認識しづらい部分もある。


衣装はクール&セクシーに全振りしており、見る側としては大変ありがたいのだが、あれ全員滑りにくいにも程がありそうで。もしかしてわたしの知らないところで軽量化や簡素化の工夫が凝らされている?


まぁでも「ありがたい」って言っていいでしょ。試合ではまず見られない重ね着・レザー・ロング丈。そして一部スケーターの大胆な露出。村元哉中さんの背中大開き衣装、わたしはありがたかったんですが、その、ありがとうございます…。


振付の話をまだしていませんでしたね。当然のように斬新です。


今回は劇団四季などで研鑽を積まれた方が振付を担当されたと聞いていましたが、なるほど納得。集団の使い方、いわば「集」と「散」の明暗がとても巧みで、リンク上に出ている人に無駄な時間がない(引っ込める時は潔く引っ込める)。これは大人数の処理を捌いた経験に富んだ人の手腕。


既成の「スケートらしい」動きに縛られないからこそ、出演者を競技の中で長年見てきた身としては「あの人ってこんな動きも出来たんだ!?」が連発して身が持たない。競技の制約下ではまぁ見せてもらうのは難しいけどさ、またこういうの見たくなっちゃうよね……ヘヘッ……


あと「絶対これは従来のアイスショーになかった」と断言できるポイントがひとつある。それはフォアクロスによる爆走だ。


クロス。それはスケーティングを堪能する趣味の持ち主にとっては垂涎の響きを持つが、いかんせんそのシンプルさゆえ「難しいターン」とはされず、試合ではクロスは少なさが評価軸のひとつになりうることもある。


だがシンプルゆえに、スケーターの力量も如実に反映される。滑れるスケーターは、いくらでもクロスで推進力を増幅させられるのだ。


ということを真正面から誇示してくれるんですよ。ヤバさが……お分かりですね……?


これが特段フィーチャーされているのは一場面に過ぎないが、ショー全体で「シンプルに速く滑れる人は強くてカッコイイ」のセオリーが貫かれている。


競技におけるスケーティングが「速けりゃいいってもんじゃない」ことを念頭に置くと、いかに今回、望んでいたものをそのままお出ししていただけたか。とてつもない爽快感だ。


そしてもう、これは言ってもいいと判断したので言うけど、そのスピード感溢れるスケーティングの爽やかさと相対するように、許容量を超えたエロさが堂々と放たれていた。放たれまくっていた。


言ってもいいと判断したのには相応の理由がある。

セクシーな動作に微塵の恥じらいも躊躇いもなく、むしろこちらを試すかのように毅然と、変な余韻も息をつくまもなく、畳み掛けてきたからだ。


慣例的にフィギュアスケートの演技に対して「セクシー」という評価を下すことはタブー視されている。その背景には諸問題が複雑に絡んでいるので、安直に是非を問うことはできないが、明らかにフィギュアスケートの文脈においても非日常の空間を舞台とすることで、演じる側も見る側も、セクシーな表現というものに心を開き、素直に身を浸すことができたのかもしれない。


恐らく大輔さんは、パフォーマンスの評価軸として「エロさ」にかなり重きを置いている。「セクシー」で本気出したらこんな表現になりますが、それでもあなたたちは目を逸らしますか、それとも下卑た消費で一笑に付しますか、と、問いを突きつけられたような重さも感じたのはわたしだけだろうか。


この方針がフィギュアスケートにおいて一般的になることは難しいし、なるべき規範だとも思わない。ただ、フィギュアスケートだって色々あっていいし、良い子じゃないフィギュアスケートが広く市民権を得るのも高い価値のあることだ、と言いたいだけだ。



さて。一回きりしかもスタンド席なので、見間違えている部分もあるかもしれないが、個々のスケーターについての覚えている限りの感想。


・多分これが佐々木晴也くんを見られる最後の機会だが、最後に見られた晴也くんが滑走屋で良かった。彼、ああ見えて治安の悪さを存分に秘めてるからさ、楽しそうに治安悪い姿が見られてさ、幸せやん。あと見間違いかもしれませんがオールバック晴也がいませんでしたか?許しませんよありがとうございます


・我らがスタァこと大島光翔さん。本当にどこにいても目立つてキミは。最近試合だとインパクト強めのプログラムが続いていたから、ここに来て「この人普通にカッコよくしてたらめちゃくちゃカッコええな…」というよく分からん気づきを得た。最後フィナーレ、大輔さんにマイク渡せる役目を得られてよかったね☺️


スタァはどこにいても探し出せる光で、晴也くんはどこにいても感知せざるを得ない熱。この2つの強烈な個性が同時にぶつかり合うアイスショーがあるなんてねえ。


・黒ロングコート山本草太さんの時点で「アカンやつや」と危険予測はしていたが、それをはるかに凌駕したので困ってしまった。わたしは山本草太を清廉さから構成された楚々たる生き物と思い込んでいたが、そもそもそれが大間違いだったのかもしれない。


あんなに危なっかしくて、闇に誘う魅力に満ちて、彼の安全装置は一体いつ外されてしまったんですか。彼自身も理解しえない形で、彼自身も知らない彼が解放されてしまったんじゃないか。


駄目だ、一度こんな山本草太を知ってしまったら、もう後には引き返せない。試合でも闇堕ちプロどんどん…やりませんか…いややっぱり清楚とダークの交互浴がいい……(そういうアンタは強欲だよ)


・闇夜の雨音に吸い込まれる、友野くんのハルストン(これわたしが急にポエマーになったわけではなく、本当にそうなってたんです、信じてください)。このショーで友野くんが暴れ枠ではなくしっとり枠に位置づけられていることに、なんとも言えない感慨深さがある。


踊ることも楽しませることも得意な人が、静かに寄り添って魅了することを選んだ、そのひとつの正解がこのショーで見るハルストンだったかもしれない。照明で夜の静けさに満ちていたリンクに、本当に過不足なく似合ってたんだ。


村元哉中さんによるソロダンス。これはもう、滑走屋の白眉でしょう。アイスダンサーだから踊りが上手いのは当然すぎるほど当然なのだが、とてもそんな説明では片付かない空恐ろしさすらあった。もしかして、アイスダンスでカップルを組んでいる時の哉中さんは、己の内側に眠る猛獣を大人しく馴らしているたのではないか。競技で見ていた姿は、二人で踊るために抑えていたんじゃないか。そんなことすら想像してしまう。


・はい。岩野桃亜さん。まずね、他のアンサンブルスケーターたちがまだ競技を続けている中、それとは別で桃亜さんを選出していただき誠にありがとうございます。


で、もうね、彼女はソロでも目を引くけど群舞だとさらに目立つというとんでもない人で。もともとフロアダンスを得意としてそうだから、今回のようなコンセプトのショーで映えるのは、予定通りと言えば予定通りです。


しかし今回改めて、氷上のフロアダンス的な桃亜さんを見ると、これが本当にやりたかったことなのではと思ってしまうほど、伸び伸びと自然にうねり、曲線を描き、躍動していたのだ。ああもう、嬉しい。競技の時はどうしても、己の表現したいこと以上に気にしないといけないことがたくさんあっただろうから。


今回はシングルスケーター同士がホールドを組んだりスピンしたり、軽いリフトを一瞬したり、そういう新しい取り組みもあったわけだが。桃亜さんが一度はアイスダンスに転向し、しかし思い描いたとおりに事が運ばなかった経緯を知っているからなのか、ホールドされたりリフトされたり、が単に生来のセンスの良さだけが理由じゃないと見て取れたから、ギュッと胸を掴まれるような涙が流れそうになった。


全員を見るべきショーなのにずっと桃亜さんを凝視していて申し訳ない。BEYONDの頃からマジで成長がないオタクなので許してください。でもやっぱり、氷上で踊っているあなたの吸引力は代替しがたいものがあるんだ。目線も体使いの大胆さも、その率直さも、全て。


今になってこんな、多くの人に見てもらえる場で、いつも溢れかえらんばかりの情念を氷上に解き放ってバキバキに踊る岩野桃亜さんを見られるなんて。幸せだよ。本当に感謝してます、招いてくださった大輔さんにも、参加してくださった桃亜さんにも。


アイスショーで日の目を見たMOAバナータオルも喜んでるよ。



気分が良すぎて帰りはリンクから駅まで歩いたし、途中の酒蔵で6種類のテイスティングもしちゃいました。博多百年蔵のお酒、美味しかったです。