ルフィンのJUMP☆ステーション

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純で直球勝負!の社会人ルフィンです^^ 生活のミニ情報から人間考察、お笑いまで‥楽しんだり役立ったりしてもらえたら、うれしいです☆

ごゆっくりお過ごしください☆ 最新記事がいいとは限りません(笑)~ コメントはお気軽にお願いします!


◆いつか書く記事◆

「『負ける』ということ」 「血が汚れる」 「全裸でジャンプした男」

流行語に通じたからといって、流行を行ってることにはならないあせる
まずここを抑えておいて、と。(←風に飛ばないようにネ;)

 

ただ、何しろインパクトは大爆弾
なのでそれをもとに、年を越す僕の今の気持ちをここに、今年の流行語で叩き出してパンチ!みた。

マグロのようにおいしくはないかも、でもノミネート30語のすべては揃えたので、最後にちょっとでも笑えたら幸せかと。
では。

 

いやー、今年と言えばなんてったって改元で令和だよなあ、これぞ4年に一度じゃない、一生に一度だ。って盛り上がりだったよ。

これで天皇家のにわかファンも増えて、ハンディファン(携帯扇風機)なんかに吹かれながらいい気になってポエム/セクシー発言でもつぶやいちゃう?

 

ただちょっとそこは、冷静になろうぜ。

あのれいわ新選組/れいわ旋風のパワーに巻かれたってMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)の勝者になんかなれやしないし、ましてや人生なんてジャッカルのように一瞬で局面が変わったりするものさ、そもそも今ビジネスの現場は闇営業#KuTooって聞くじゃないか。

 

でもその辺は軽減税率キャッシュレス/ポイント還元で国も民間もごまかしていくんだろうな、相変わらず気軽に計画運休とかやってるくらいだし、けど上級国民ならいわばホワイト国の優遇があるから安泰か。

一方それ以外の連中は資産が目減りしてやがては人生転落、その傷穴に名前付けたらおむすびころりんクレーターってとこか、もうこれ現実逃避するしかないんじゃない?

ってのはさ、今はサブスク(サブスクリプション)の定額サービスが便利だし、肉肉しい料理食って例のドリンクでタピるかしたら楽しいし、そういや支払いは○○ペイとかで楽だしな。

いやいや、何しろ新天皇を迎えられたからそれだけでもう後悔などあろうはずがありません、ってか。

 

しかしいつかは来る免許返納…そしたらどうする、もう翔んで埼玉なんて気軽に行けなくなるし、もはや家に籠ってドラクエウォークか、あれ、この流れってスマイリングシンデレラ/しぶこの逆じゃねーか。

なるほど、おかげでこれからは笑わない男が地味に増殖するってオチ?

 

まあでもさ、自分の人生の主役は常にあな番(あなたの番です)つまり「自分自身」だから、それだけはしっかり意識して知恵を持とうよ。

そうやって命を守る行動を取れる人に致命的な失敗なんてあり得ないから、たとえ災害じゃなくても。

そう、僕らは今後そういう人たちと一緒にパプリカ食おうよ~じゃない、ONE TEAM(ワンチーム)として、手を取り合って生きていこうぜ!

 

 

これからもまたどうか、よろしくお願いします―グッド!
来たる2020年、皆様に幸がありますように音譜
ではどうぞ、良いお年をお迎えくださいませ。。。

テレ朝系列のドラマ「おっさんずラブ -in the sky-」が、昨日終わった。

同僚が話題にしたのと、前作が絶品だったというので(笑)見てみたが、なんとまあ。

 

「好きになってもいいですかあ?」

これ、片方はエロスの意味で聞き片方は友情として解釈。

最終話では立場を逆転して同じセリフが流れたが、解釈はすれ違ったまま(であるはず)。

どういうこと?

性愛から、幅広い生きとし生ける者への愛へ昇華したと?

 

いやいやそういう次元じゃない、何しろ脇役も含めて登場人物の心理描写は稚拙だったから。

そもそも「なぜ好きになったか」に触れてないから、リアル感がない。

だから、感情移入できないし理解もできない。

 

まあ、脚本家と上層部の無能さが露呈されたということなのだろう。

前作のヒットから、単純な視聴率アップを画策したと。

 

青とネイビーは違うし、白とアイボリーは違う。

同じように、性愛と友愛は違う。

類似点、あるいは共通点があったとしても。

そもそも一度断られた人間が、わだかまりなく元に戻れるってリアルにどのくらいの確率?

性の問題は抜きにして。

 

LGBTだの多様化だのも結構だけれど、愛の定義や心模様がこんなに杜撰でどうするの。

 

前提のすれ違いを無視して、曖昧にしてみんな「仲がいいことにする」

これ、戦後処理やいじめ問題の処理や桜を見る会の処理と同じじゃないか。

 

「みんな違ってみんないい」と金子みすゞは詩に書いたけど、

違いを隠してまたは愚かにも理解できなくて突っ走り、そして何かの折に分かった時にはもう収拾がつかなくて。

これは、歩み寄れないとか妥協できないという以前の問題。

それで?

 

仕方がない、僕は、彼らとは違う飛行機を探すことにする。

あいにくこの母国には留まるけれど。

とりあえず、テレ朝の上層部が愚かなことだけはわかった。

こうして日記なるものを書くのも久々というか、ブログ自体からここ数年遠ざかっていたためもあって、今何とも言えない気分なのですが、、

今月は「死」を意識することが二つありました。


リアルな肉親関係とはまったく違う、ある意味バーチャルな問題ですけどね。

一つは…そりゃあもうこのアメーバブログを見ている方なら想像つくでしょう、そう「アメーバピグ」。
終わってしまったのです><;


自分が積み上げてきた思い出も、アイテムや人間関係もすべて。
あっそうかぁ~で頭ではわかっていても、心理的には揺れる絶望がありました。
そして、いよいよその時が来た時のちょっとした恐怖…

これ、死刑囚の一億分の一くらいの感覚ですかね?
とにかく、自分の未来がこの先永遠に閉ざされるというこの現実は重いものがありました。

 

そしてもう一つは、ヤフーブログの終了です。
ここは僕がアメーバに来る前、2007年というはるか昔から続けていたもので…
もはややっていないとしても、とにかく自分の軌跡でしたから。
それが処分されるというのは(他ブログサービスの引継ぎには成功しましたが)、とにかく筆舌の尽くしがたい思いというものがありまして。

 

相互フォローしていた人のブログを、初めて全部熟読したりもしました。
感性の共通点が愛おしく思えると共に、なぜもっと最初からきちんと向き合わなかったのだろうと反省しました。
もっとも、向こうは最後まで放置という名の自然消滅でしたけど。
もしかすると自分のアプローチによっては芽生えたはずの、貴重な人間関係を僕は失ったのでした。

 

一方で自分のブログを、あらためて一部読み返して。

う~ん、社会への評論は結構ですが内容がいろいろとくだらない!笑

それこそ消そうかと迷いましたが、今はひとまず許容です。

これも自分ってことですから。

 

ただ、自分の日常や心象風景の分野の欠落は人間らしい人間生活を送れていないということにも通じるので、僕の価値観としては恥ずかしいことかと。

まぁ、話題のチョイスは自由ではあるんですけどね。

 

これからは、日常で感じたことをもう少し気軽に書いてみようかなと思います。
ただ今となっては、更新率はかなり下がるとは思いますが。。。
ということで読者のみなさん、どうぞ応援よろしくお願いします^^

きょう、ピグのサービスが

終わった。

もちろん事前告知で知ってはいたが

明らかに自分の何かが死んだような…

 

始めた9年前、

人と広くコミュニケーションができることは

僕にとってものすごくうれしかった。

 

地元を離れた僕にとって、

社会人として心を許せる人は誰一人いなかったから。

 

というか、

そもそもアバターからのチャットは斬新だった。

おまけにイベントもあって、

すっかりはまってしまった。

 

 

ところが、今…

ピグは、その物好きがただ個人的に

うろつくなどする場と化していたと思う。

 

というか、IT社会の行く果てだったのかもしれないけど、

不特定多数との交流に興味を持つ人自体が少なくなった。

それだけ社会はうさん臭く、そして忙しくなった。

そもそもピグに「変態さん」は多かったと思うし、

それよりはリアルの日常のほうが勝ったのだろう。

 

さて、今は僕もリアルに心許せる人たちが

できつつある。

つまり、主軸はそちらでいいということだろう。

 

ただ、人生は一度きりなのだから、

もうちょっと人の「縁」を大事にできないものなのか。

たとえ、それがネットでも。

ネットが不審なら、会ってリアルになればいい。

 

もっとも、こんなことを言うとなんか偉そうだが、

僕はある意地を張ってピグの “友” を失ったことがある。

そのときは、まさかの自分の未熟ゆえに涙したものだ。

この失敗はリアルに活かして、

今はそこで成長を見せるしかしない。

 

もっとも、ピグを仮想と言うのなら

僕は何の失敗すらしていない。

だが、僕は当たり前にそれを認める。

ただ一つ言えるのは、僕は

ピグの人格とリアルの人格を分けたことはなかった。

 

これからも正直に生きよう、

そしてリアルをもっと充実させよう。

ただ、バーチャルという名のもう一つのリアルは

完全に捨ててはいない。

 

いつか縁あれば、

何かの機会に巡り合うと思うから。

 

ピグで関わってくれた皆さん、

どうもありがとうございました!

今後、ひとまずはブログでよろしくお願いします!

 

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」じゃないけど、日本人は、なんでこうも死者に鞭打たず美化して止まないのか。

まあ、墓から掘り起こして鞭打つ韓国人に比べればマシなのかもしれないけど。

 

さてさて、一時体調持ち直しなどと騒がれながら、ついにジャニー喜多川(87)が死去。

ギネスブックには最も多くのコンサートをプロデュースした人物として名前があるというし、稀代のエンターテイナーであることは間違いない。

僕にはあるグループの中で非常に好きな楽曲があるが、それもこの男が目を付けなかったら生まれていなかったと思うと内心複雑だ。

 

ただし、やはり語るべきは禁断の “少年愛疑惑”。

犯罪である。

まあ、そのためには匿名であればあるこそ都合がいい。

所属タレントの画像公開に神経質であるのも結局はそこだろう。

そしてこれこそが、彼が裏方に徹した最大の理由であろう。

 

この疑惑については元所属タレントらとの裁判の中で公に認定されているから、フェイクでもなければ誤解でもない。

そもそも、こういう世界はその気がある人たちが本人だけで夢中になるのが筋であって、無関係な未成年を狙ってはいけない。

それが…

 

あとは非社会的な幼稚さ。

「ジャニーさんに謝る機会を木村君が作ってくれた」 ―SMAP解散騒動に関して、草彅剛のコメント。

今どきどこに、自社の社長をさん付けで公に呼ぶ会社があるのか。

 

要は「自分のもの」。

一人のそれも変態にすり寄り無条件に讃えて甘い汁を吸う、人生とは権力への盲従と見返りがすべてだと。

彼はつまり、そういう価値観を教えて社会を育成してきたということだ。

ジャニーズとは「ジャニーズのもの」とも読める。

 

だから、自分のお気に入りならとにかく出世させるしそうでなければただ落ちていく。

選ばれなかった側は性被害がないので結構なことだが、選ばれた側もなんともまた不公平なことである。

そして「行為」に及ぶならJr.から昇格する。

もう一度言おう、絶対者への服従こそ正義なのだと。

 

相手に芸能の天分を見抜けるのはさすがであったろう。

ただし、それ以上の独善と性の悪戯が君臨した世界がここまで続いたとは。

いずれにせよ、日本の文化に悪しき軌跡を残した。

 

そしてやっとこさ、ついに死去。

彼は今、天国には行っていない。

その魂の傍らには、美少年はもういない。