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FC2に移転しました(線路巡礼)

ヤフーブログ→アメブロ→FC2の3社直通乗り入れ計画?

古い鉄道ジャーナルを読みふけっていますシリーズ。
1960年代後半!
私は小学生(だったと思う。覚えていません、爆)

SL礼賛ばかりの内容でツマラナイのですが、
そんな中で
気になってしまったネタを3つご紹介(読書感想文ですね、笑)。

その1・暖房車

SL客車を廃止して、
DLやELの運行に切り替えていたころ。

寒い冬
夜行列車の客車に暖房用の蒸気を送るため
蒸気を作るためだけの機関を持った車両が
EL機関車の後ろにオマケで付いていたそうです(初めて知りました)。

これが暖房車
そんまんまのネーミング。

線路の世界には、こんなすごいモノがあったのですね。妙に感動。

鉄道趣味の世界を歪めたSLなんかより、
爽やかな感動があります(笑)
本物を見てみたかったなぁ

雑誌記事では
新宿から松本方面に行く夜行客車列車に「暖房車」が付きます。
大活躍なのですが、
甲府駅で切り離されてしまうのですが、
その先には水を補給できる施設が、すでにないからだそうです。
なんか妙に切ない旅路。
SLは要らないけど。


その2・拝島駅の米軍貨物線クロス

拝島駅の西武拝島線ホームの手前
西武線の線路を、米軍横田基地専用線が我が物顔に横切る美しいクロスがあります。

今でも米タンさんが走る、とても楽しい線路なのですが、
西武線の関係者から見れば、終着駅直前の邪魔モノですよね?

ところが
この西武線の方が、後からノコノコやってきた線路だったのです。
だから
国防上(?)重要な貨物線をクロスして作らせていただいた西武線は
安全運転のための当時の最新鋭技術を結集して作られたそうです。
もちろん
乗客のためじゃなくて、米軍貨物線に敬意を表して(爆)


その3・根北線廃止

当時の雑誌の内容はSLばかりなのですが。
実は毎月のように地方私鉄や路面電車が廃止に追い込まれていました。
そんな廃止記事は、後ろの方でまとめて数行の扱い(泣)

でも、
さすがに根北線廃止は扱いが違いました。
3ページくらいの特殊記事が組まれていました。
さすが国鉄線です。快挙だ!

なんでも
廃止の前日に廃止セレモニーを盛大(?)に行ってしまい、
その翌日(廃止当日。最終運転日)も面倒くさいから
前日のパレードの装飾そのままで運転したそうです。ユルイですねぇ(爆)

私が驚いたのはそんなイベントじゃなくて。
根北線廃止の当時、
すぐ近くで、町営軌道と呼ばれる超私鉄がまだ健在だったという事実!

あの根北線って
町営軌道より客が少なくて、先に廃止させられてしまったのですね。
どんだけムダな線路だったのでしょう(汗)

当時
あの根北線の未完成の橋をTVで観て感動していた小学生の私は
このことを知っていたのかしら?


またネタがたまったら
読書感想文の続きがあるかも~?
(謹告)昨日アップしたとき。西立川駅を西国立駅と書いていました。
    謹んで訂正いたします。南武線ラブです(殴)

先週乗った
臨時快速「鎌倉あじさい号」を
またも見に行きました。

今度は、線路が気になるア、ソ、コ、



イメージ 2
西立川駅
いつもは米タン貨物列車が通過する側線に進入!

イメージ 3
いい感じじゃないですか。
貨物列車の方がいいけど(笑)

西立川駅の側線に運転停止中。
車内を覗いてみると
乗車率50%くらいかな?
先週よりははるかに多いです。
私がブログで宣伝したからに違いない(爆)

イメージ 4
立川駅に先回りしますぅ
(車窓から見た西立川駅の線路もステキ♪)


青梅短絡線から

イメージ 5
ヌッと顔を出しました。

イメージ 6
南武線7番線に向かって侵攻!


南武線ホームに移動する途中
駅の掲示板

イメージ 7
あの単調な南武線に
こんなにたくさん行き先表示のレパートリーがあるなんて♪

イメージ 8
南武線を
鎌倉駅に向けて出発。

これくらいの乗車率なら
来年も走ってくれるような気がします(今度は自由席にして下さい。爆)


おまけ。
鎌倉あじさい号を見る前に
南武線をちょくちょく走る、あの目付きの悪い列車も目撃。

イメージ 1
立川駅で
南武線から中央線への侵入
(このルートだと立川駅にホームがないのは線路配線の必然です。グリーン車は無用!)


ところで。
本屋で「ダイヤ情報」を立ち読みしたら
この臨時快速に使用している国鉄特急タイプ(信越本線特急あさま号で使用していたモノかな)
わざわざ長野から回送で運ばれてくるのです。
土曜日日曜日と二日間、青梅・鎌倉を往復するだけのために。
営業距離より回送区間の方がはるかに長いじゃないですか(怒)
JRは
どうしてこんな無駄な運行を平然と設定するんでしょうねぇ?
列車の型や色なんかどうでもいいです。
近くで余っている車両を使えばいいのに。

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以下は恒例週末日記。

昨日は全くダラダラ(泣)
でもベランダでゴーヤの植え替えをして自己満足(笑)

今日こそちょっと線路を見に行かねば、と西立川まで行ってきました。
午後は実家に行って庭の手入れ。この時期にアジサイの植え替えするの?

なんか週末は線路より園芸がメインに。。。
線路巡礼:予土線

予讃本線と土讃本線の
それぞれの終端を結ぶから予土線です。
わかりやすい。

四万十川沿いを走る有名なローカル線ですけど、
意外とトンネルばかりなんですよね(泣)

1983年四国巡礼で往復してますけど
線路終端がないから写真なし


1988年に再訪した時

イメージ 3
江川崎駅での列車交換
(予土線って、この時期から味気ないステンレスカーだったんですね?)


1994年
奥さんと四国旅行で
中村に2泊したあと、宇和島・松山に抜けるのですが。

窪川駅まで戻らないで、
路線バスを乗り継いで北上するルートがあるのです!

イメージ 1

中村から江川崎までを結ぶ夢の四万十川路線バスルートです
(もちろん時刻表なんかに載ってません、笑)

中村駅(6:38発)から
幡多観光バス(普通の路線バスです)

終点でさらにバスを乗り換えます。

西土佐村村営バス

これで予土線江川崎駅に到着

途中、車窓から四万十川名物の沈下橋がたくさん見えて楽しいです。

到着後
西土佐村カヌー館に立ち寄って
四万十川でカヌー三昧♪

イメージ 2
夕方、やっと予土線に乗ります。
江川崎駅17:26→宇和島駅18:36
(このときは古い鋼鉄列車に逆戻りしたのかな?色が青いだけ?)

夢のルートですが
途中乗り換えたバス停とか、路線バスの時刻とか
ちゃんとデータを残さなかったのが残念
いまさら調べても、もう過去帳の世界(たぶん)。


予土線の線路の話でしたが
路線バス連絡の話になってしまいました(笑)

だって
予土線の線路って
新しすぎてイマイチ(殴)


業務連絡
宇和島駅の記事に
線路写真を追加しました。好きな人は見てね。
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/63271905.html
先週、
私も参加して盛大に都内をパレードした神社。
祭りの一番大事(?)な行事「例祭」に出席することになりました。

招待状はこんな人から送られてきます。

氏子崇敬会長 石原○太郎

本殿の中に500人くらい参列してギュウギュウ。

有職故実に則ったらしい儀礼がダラダラ

注目の人物も登場

イメージ 1

国家斉唱もあります。
なんと
繰り返し2回も歌うのです。
こんなの初めて。息苦しい。

玉串ぐるぐるゴッコが終わると
みんなで
直会会場に進むのですが

話題の人物はさっさと帰ってしまいました。
主催者のクセに無責任だね(怒)

直会(ランチ)会場もギッシリ。
来賓挨拶が長くて

でも、
みなさんアノ人の話の凸凹諸島買収話が聞きたかったらしくガッカリしてました。

私は
成田空港みたいにさっさと強制代執行で収容しちゃえばいいと思っているので、
アノ人と強欲地主の「美談」なんて全く興味なし。

ちなみに
来賓の挨拶内容もすごいです
さすがアノ人が召集するだけありますね(笑)
まるで
戦前にタイムスリップしてしまったかのような雰囲気。

歴史で習う大政翼賛会って、こんな感じ?(汗)

異世界から
無事に現代の平和ボケの世の中に戻ると

オウムの最後の逃亡犯が捕まっていました。
川崎駅付近在住だったらしく
週末に奥さんと捜しに行こうと思っていたのに、残念(爆)


お土産に
お赤飯が入っていました。
自宅に持ち帰って、奥さんと美味しく頂きましたとさ。

週末は線路の話に戻しますね~(笑)
1983年3月
四国国鉄線巡礼の最終回。
最後の巡礼先は・・・

線路巡礼:中村線中村駅

高松駅からのびた線路は、
高知駅を経て、さらに窪川駅までが土讃本線。
なぜかその先は中村線。

そういう差別(?)のおかげで
国鉄中村線は廃止対象の仲間入り(泣)

まずは予土線
宇和島駅9:24→窪川駅11:23(これは快速あしずり6号、なんと高松駅行き!)

窪川駅のひとつ手前の若井駅で予土線と中村線が合流。
線路の戸籍的には、
この区間は中村線に所属。

中村線に乗り換えます。
窪川駅11:47→中村駅12:25(特急南風1号。四国ワイド周遊券だから乗れちゃう)

イメージ 2
中村駅のホームの先端。

先のほうに貨物ホームが見えます。ワムさんみたいなのが停まっています。
貨物取り扱いが健在だったのです♪

線路は先のほうにのびています。
私は
線路終端を見なければ気が済みません。

イメージ 3
少し歩いて駅を振り返ります。
右に分かれるのが貨物線(ちょっと新しい線路ですね)

イメージ 4
貨物ホームを通り過ぎると
線路は高架になって左へ曲がります。

引き上げ線にしては少し長いけど。

この先を延長する計画線がありました(当時はすでに工事中止だったと思うけど)。
ひょっとして延々と工事線路が続くの!?と焦りましたが。

イメージ 5
車止め発見。
この先は線路なし(良かった、殴)

イメージ 6
でも、
その先も高架橋は出来上がっていました。
なんて無駄なんだろう(泣)

折り返し列車は20分後。
ここまで走ってもう汗だく~

このとき
まさか、あの車止めの先に線路がのびるとは思いませんでしたけど。。。



その後
予定通り中村線は廃止。
胡散臭い第○セクターになりましたが、
杓子定規な解釈で窪川駅-若井駅もそこに盗られてしまい、
四国のJRの線路がぐるりとつながらず、大迷惑。
(もっとも、予土線がJRで生き残った方が杓子定規かも知れませんけど。失笑)


1994年。
奥さんと四国大旅行を楽しみました。
そのとき利用した、
中村駅前の公共温泉ホテル(サンリバー四万十)がものすごく良くって、今でも語り草。

懐かしの中村駅の線路を10年ぶりに訪ねてみたのですが、

イメージ 1
引き上げ線は剥がされてしまいました。
つまらない車庫が出来ていました。
特徴ある貨物線ホームだけは屋根が残っていたみたいですが。

すでに
まさかの計画線(宿毛線)の工事が再開されていたのです。

バカだねぇ。。。

ちなみに
私はこの線路(中村駅-宿毛駅)は巡礼したことがないのですが。
やっぱり廃止になる前に行こうかしら(笑)