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FC2に移転しました(線路巡礼)

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本日2本目
おさんぽ川越号のあと品川駅に寄って

そのあとは
自宅から自転車で中原電車区へ!

青い配給電車クモヤさんはどうしているかなぁ?

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どうもしていませんでした
先週の土曜日に武蔵中原駅方の定位置の留置線から
こちらに引っ越してきたまま

でも
ひとつ違ったことが

あの「貼紙」がなくなっていました

そもそも
あの差し押さえ書に「2月6日まで」と書いてあったのは、何の意味があったのかしら?

廃車回送は12日(会議があるじゃないか~!怒)が
怪しいという噂がありますけど
だったら何で1週間以上前にここに移動させたのかしら?
そもそも貼紙の意味は?

ひょっとして
貼紙もはがれたことだし
12日に定位置に戻るだけ?(爆)


中原電車区の出入口
「なんぶ南でも情報」の№10が掲出されていました

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なかはらでんしゃくに来た
めずらしいでんしゃをしょうかいします
なりたえくすぷれすが、すこしのあいだ、おとまりしていました

というカワイイ案内

おとまり(お泊り)は鉄道用語だったのですね。納得。


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昔から
クモヤさんはこの場所に何度も移動してきたことがあるのです
気がつくとまた定位置に戻っていました
また
そうならないかしら・・・
またも乗って来ました
臨時快速おさんぽ川越号

やっぱり大宮駅の線路が気になります。もう一回乗りたい。

今回は途中駅から乗車とさせていただいて
武蔵浦和駅から

埼京線川越行きに乗って来たのに
この駅でわざわざ
武蔵野線の川越行きに乗り換えます(爆)

武蔵浦和駅にて
埼京線ホームなら8:49発で川越駅着9:10
武蔵野線ホームなら8:51発で川越駅着9:29
どっちに乗ります?もちろん!

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おさんぽ川越号が到着したホームの表示
シンプルでしょ?
武蔵野線で川越行き
まるで定期列車みたいな感じ(笑)


今回も前回同様に混んでます
でも運よく
運転席後ろがキープできました(途中駅から乗ったのに!)
最後尾の方ですけど、ほんとラッキー

おさんぽ川越号は
川越線への直通開始!
再び大宮駅の線路を堪能しましょう!


その前に
大宮駅のホーム番線の謎

12番線がないのです
(11番線のホームは片側しか使われていません。勿体無い?)

この川越号に乗ると
その理由がよく分かります

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11番線から北に向かう線路は
地上駅時代の川越線の線路なんですね
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/63731923.html
(前回の記事を書いたときに教えてもらいました、笑)

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12番線に相当する線路は
東北本線にも高崎線にも接続していません
元・川越線の線路にしか接続していないのです
だから
旅客営業用には使えないのね
(もし川越線直通列車が定期運用化されたら、ホントに12番線が出来るんじゃないかしら?)

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高崎線と工場の間の線路は
川越線の線路だったのね
だけど普段はまったく使い道がないんじゃない?

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踏切通過
いつもは電車が通らない線路を通りますぅ~

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ここが
高崎線との渡り線
上りの臨時列車はここから川越線→高崎線に入っていきます

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保線区があります
ここと線路がつながっているので
元・川越線の線路は、普段は保線車両の出入りに使われているのでしょうか?

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ようやく
今の川越線の巨大トンネルが見えてくると
元・川越線線路は高崎線とは離れていきます

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ここが
川越線の新旧線路がつながっている場所
元・川越線→川越線上り

続いて
川越線下りに入っていきます
楽しかった♪


今回は
南古谷駅で降ります
ここの電車区に回送電車が入っていくシーンが見たくて

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終着の川越駅から折り返してきた電車が
グニャグニャと電車区に入っていきます
快速という表示はサービス?


この日はものすごく寒くて
川越線の車窓から富士山がとても大きく見えました
だけど
寒すぎてちょっと顔が痛い


南古谷電車区にも
青い配給電車さんがいるのです

これを見ていたら
中原電車区のクモヤさんが気になってきたので
おさんぽ川越号はこれでオシマイ
上り(帰り)は前回乗っていますので見送り


今回は
2日間だけの臨時運転でしたけど
両日ともかなり利用者が多かったです

むさしの号(八王子-大宮)とか
しもうさ号(新習志野-大宮)を
川越駅まで延長運転すればいいのに

せっかく元・川越線の線路があんなに立派に残っているのですから!

そうすれば
もっとゆっくりと線路が楽しめます(爆)
1988年7月
水郡線の郡山行きの列車を
磐城棚倉駅で途中下車

昔々
国鉄白棚線(白河駅-磐城棚倉駅)という路線がありました
私は全然知らない路線なんですけど(汗)

いつの間にか廃止
その後、国鉄バスに転換されました
廃止路線の線路をバス専用道として使って(!)
これは乗ってみたくなりますよね

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磐城棚倉駅
左側が白棚線の廃線跡

駅前のバスに飛び乗りました

ここから
線路なし巡礼:JRバス白棚線

磐城棚倉駅16:10→白河駅17:04


バスの最後尾に乗って車窓見学
残念ながらしばらくは一般道を走りますが、

途中から
お目当ての廃線跡(バス専用道)へ入ります


バス専用道
楽しい楽しい♪

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駅があった場所
この屋根は鉄道時代のモノ?

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踏切があった場所
一般道と変な交差をしています
車は立ち入り禁止なんだよ♪

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対向のJRバスと行き違い
単線ですから信号所がこういう設備が必要です

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廃線跡(バス専用道)と
一般道との違いがよく分かります

専用道に入ってくるバカ車はこのときは見かけなかったですね


バスは再び一般道に戻ってしまいます

新白河駅を経て、白河駅へ

白河駅付近の廃線跡は
全然分からなかったです(悲)

駅の向こう側に見えた白河城跡が
またいい感じでしたね
(当時は捨てられた廃城みたいで、それがまた良かったです)


ちなみに
東京に戻るには
水郡線で郡山駅経由より
白棚線経由の方が早かったのです
意外と役に立つ?(笑)

おまけ
「はくほう線」と読むそうです
「しらたな線」かと思っていました(汗)


■線路メモ
国鉄白棚線(白河駅~磐城棚倉駅)23.3km
1942年廃止(それじゃ知らないわけです)
国鉄(JR)バス白棚線は現在も健在です



昔の人は知恵と遠慮がありましたね
復旧費用を税金にタカったり
バス専用道化に反対する前に
白棚線の垢でも煎じて・・・
1988年7月
快速あじがうら号、日立電鉄のあとは
線路巡礼:JR水郡線(もう前年から国鉄じゃなかったのね、泣)

日立電鉄常北大田駅のすぐそばに
水郡線常陸太田駅があります

期待して
線路を見に行くと・・・

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ショック!
構内の線路は完全に整理されてしまっています
なんて悲しい光景

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駅舎だけは
なんとか昔のモノが残っているみたいでしたけど

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水戸駅方面
一本だけの線路が寂し過ぎます
剥がされた線路跡が哀れを誘います(泣)

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つまらない線路終端を見ます
昔はどんな線路があったのでしょうね・・・


常陸太田駅13:09→上菅谷駅13:28
上菅谷駅13:47→磐城棚倉駅16:10


水郡線というのは
本線(水戸~安積永盛・郡山)と
支線(上菅谷~常陸太田)の総称です

だけど
分岐駅の上菅谷駅の線路は
支線の方が本線扱いみたいな感じ
運転本数はほぼ同じくらい

でも水郡線というくらいだから
郡山駅に向かうのが本線ですよね?(笑)


途中の常陸大子駅

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絵に描いたように美しい車庫がありました

それにしても
水郡線というのは長いですねぇ

郡山駅行きの列車だったのですが
手前の磐城棚倉駅で下車してしまいました
ちょいと気になるモノがあったので

おかげで
水郡線を全線巡礼するのはずいぶん先になってしまいましたけど

廃止対象路線じゃなかったので、のんびりと(笑)
今日は雪(大したことなかったですね。JRだけ大騒ぎ)
なので中原電車区クモヤさん観測も4日連続で終わり

その間に
実は別の場所で線路の大事件が勃発

JR渋谷駅の恵比寿よりのある
渋谷保線区の線路

ここは
あの美しい渋谷貨物駅の引き上げ線を
そのまま活用しています

ところが
先月末から
この線路に異常が起きていました

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山手貨物線との間の渡り線(横取り線路)が撤去されています!
これがなくちゃ
深夜に保線車両が走れないじゃない?

この先
どうなるのか気になっていたのですが・・・


一昨日
昼休みに代官山から渋谷まで歩く途中で
悲劇的な光景を見てしまいました

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線路がない。。。

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しかも
ちょうど枕木を掘り起こしている真っ最中

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大きな立派な木製枕木
かなり重そうです
ひょっとしたら
渋谷貨物駅時代からの歴史的な一品かもしれません

どんどん
掘り起こされていきました。ふぅ。


この先
この場所はどうなるんでしょうね?
いままで
保線車両がたくさん停まっていて、昼間から動いていたのですけどね

渋谷保線区を廃止して、
また不動産で儲けようとしているのか?

それとも
枕木をコンクリート製に置き換える大工事なのか?


どちらにしても
あの渋谷貨物駅の美しい線路の最後の「遺産」が消滅してしまったのは
かなり悲しいです

まさか
この上を通る
東横線の高架線路より先に逝ってしまうとは(泣)