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FC2に移転しました(線路巡礼)

ヤフーブログ→アメブロ→FC2の3社直通乗り入れ計画?

今日の渋谷は
突然の豪雨が凄かったです

そんな中
山手線跨線橋から
旧東横線ホームがよく見えることを発見
(障害物がなくなった?)

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2番線、3番線、4番線
線路はなくても
ローマ遺跡のように重厚で美しい
これが
鉄道施設らしい最後の姿でしょうか…

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こちらから見ると
1番線ホームが後から付け足しなのがよく分かります

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先ほどの場所
少し引いてみるとこんな感じ
埼京線(山手貨物線)のホームがこのあたりに移ってくるとか
上の首都高の橋脚はどうするんでしょ?


あれだけ降ったのに
自宅の方は全く降らなかったそうです
不思議ちゃん
でも、
帰宅したら
どっと降って来ました。ラッキーちゃん
先週まであんなに暑かったのに
一気に梅雨に入ってしまいました
大雨

週末は大人しくしてました
ブログ書いたり
古い写真のスキャナー

ドンキは
雨の日に行くとポイントをくれるので
これだけは欠かさず

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実家からもらった紫陽花
ちゃんと水が上がったみたい
いいですねぇ

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ついでに
これはロベルタ
昨年買ったものがちゃんと今年も咲きました
青い花大好きです

ということで
線路の全くない週末でした
1週間前の暑い暑い市営埠頭の線路が嘘みたい

そういえば
川崎貨物駅のJR貨物車両センターに

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茶ワムさんがいました
4両(5両かな)
大事にしてあげてね
線路の錆び取り用にでも時々走らせてくれないかしら


おまけ
何故かブログの写真使用率が
また30%から29%に戻ってしまいました

記事の書庫移動をしたから?
それとも??
1994年鶴見線巡礼
終着の扇町駅

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旅客ホームの線路は行き止まりですが
隣接したヤードからのびた線路がその先まで伸びて行きます
ヤードには茶ワムさんも居ます(鶴見線の電車も黄色い頃)

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駅すぐそばの踏切
その先はもう工場(発電所?)の構内

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長い長い石炭貨物がいます
この貨物列車は今でも健在ですね(いまや鶴見線最後の定期貨物列車)

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さらに昭和電工の工場に沿って歩くと
途中に
工場の切れ間のような道と踏切(バス停まであります)

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この線路は
扇町駅のヤードから工場に中に直接伸びてくる別の工場専用線
写真は
たぶん扇町駅方面を見たもの
(反対側はどうなっていたのかしら)

この工場の黄色いタンク車が
鶴見線を経由して
運河対岸の大川駅の専用線まで運ばれていました
2006年黄色いタンク扇町駅→大川駅


扇町駅に戻って隣の昭和駅へ

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こういう町の地図を撮っておくと便利ですね

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「列車が来るぞ一旦止まれ」
ちょうど
製油所から踏切を横断してDEさんタンクが出てきました
(これも廃止されちゃいました)


昭和駅から浜川崎駅まで歩きます

途中
道路は高架になって、
浜川崎駅から伸びる専用線の上を渡ります

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この専用線は
早々に廃止になってしまいました
今でも残る高架道路のアップダウンが虚しい

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浜川崎駅
あの保線車両が、あの線路に居ます
すでにこの頃から居たんですね
線路歴史の生き証人?


これにて
1994年の鶴見線巡礼はオシマイ
もうひとつの支線
海芝浦駅は最後のお楽しみに残して置いたら・・・

この支線が
そのまま全国の鉄道
私の最後の未乗車区間になりましたとさ
2005年海芝浦駅で完乗
1994年鶴見線巡礼の続き
大川支線に乗って
大川駅にやって来ました

武蔵白石駅から
たったひと駅ですが
(今は安善駅からでないと乗れません)

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大川駅
(そういえば茶色い電車が最後まで残った路線でしたけど、
そういうのはどうでもよくて)

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小さいホームから線路はそのまま延びて
日清製粉の工場に入って行きます
まだホッパー貨車が健在

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左側の線路
スイッチバック式に
別の工場に専用線が伸びています

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ここも黄色いタンクが健在

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手前から大川駅を見たところ
単線は駅の手前で3本に分かれます

右が電車が通る電化線路、ホームと、その先は工場
真ん中も製粉工場へ
左は黄色いタンク専用線をスイッチバックする線路

見れば見るほど
貨物取り扱いが中心の駅だったんですね
(今は昼間走らない旅客列車だけ)

この後
扇町駅の線路に続きます~


大川駅の線路に感動したら
2006年の大川駅黄色いタンク手押しで入換もご覧ください
1994年4月
鶴見線の線路巡礼
近すぎて意外と行かない線路でした
今から20年前の
貴重な線路写真が続出?

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尻手駅
今と何も変わっていないみたいですが
向こうからやってくる貨物列車
線路の行き先は旅客線(浜川崎線ホーム)になっています

このまま進めば
車止めと激突です!?

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いったい何だったのでしょうね
ちょっと懐かしい浜川崎線の電車に乗ります
浜川崎で乗り換えて
鶴見線武蔵白石駅へ

浜川崎駅の頭上には
この武蔵白石駅から分岐して高架でそのまま塩浜(川崎貨物)に向かう「連絡高架線」がありました
今も大高架橋が浜川崎駅の頭上に燦然と残っていますが

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これが当時の「連絡高架線」の
武蔵白石駅の手前の分岐部分
右側の線路が高架になって浜川崎駅の上を通過して行きました
今は線路は残っていませんから、貴重~


安善駅まで歩いてみました
途中で
大川支線からの貨物列車ホキさんがやって来てビックリ
(写真撮り損ね)

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安善駅です
構内の線路はあまり変わりませんが
DEさんが豪華に2両もいます

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浅野駅方面
こちらも余り変わりませんが
背後の大きなタンクはいまはありませんね

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貨物支線の浜安善駅方面
今は米タンさんしか使っていませんが
当時はホキさんがいました

大川駅のホキさんの留置場所?


それでは
安善駅から大川駅まで鶴見線大川支線に乗ってみましょう


当時は
武蔵白石駅にちゃんと大川支線のホームがありました

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かわいい「番線」表示

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茶色い短い17m車両
カーブが急で
20m車両に置き換える時に
ホームまで廃止されてしまったらしいです
(廃止されたのをしばらく知りませんでした)


この先
大川支線の初巡礼の話は大川駅篇に続きます~