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FC2に移転しました(線路巡礼)

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いきなりですが
2003年6月の礼文島旅行の話(3泊4日)
ちなみにこの年は
礼文島と屋久島を制覇するという忙しい年でした

ANAの稚内便
スーパー早割とかで片道15,000円

稚内空港→稚内駅

フェリーの時間まで
近くの山に登って時間つぶし
山頂で風力発電プロペラがグルグル

すっかりつまらなくなった稚内駅の線路も見ました。ちょっと悲しい。

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市場で「カニ」買っちゃいました
波止場で酒盛り♪

稚内港→礼文島(香深港)

この香深が島の中心なんですが
宿は
ここから3キロくらい離れた島の南端の「知床」という場所

礼文島なのに知床なんです(!)

「岬しれとこ」
たぶん礼文島最安値の宿
ぼっとんトイレでした
もう夕方なので夕焼けを見ただけ

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(礼文町のホームページより拝借)

2日目
礼文島といえば「花」
見どころは北と南にあります

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バスで一路「スコトン岬」
ここが最北の地らしいです
最北の路線バスの最北のバス停(かな?)

ここから
当時は4時間コースと呼ばれた
海岸線を歩くトレッキング(今は岬めぐりコースと言うらしい)

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ちょっと曇りですが道端に花はたくさん

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レブンアツモリ草の群生地(保護区)
これが礼文で一番メジャーな花かしら
見られる時期に来てよかった

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澄海(スカイ)岬
ここが一番の景勝地なんですけど曇ってて残念

この先
島の西海岸を歩いて島の南の地蔵岩まで歩くのが
「愛とロマンの8時間コース」と呼ばれているのですが
(実際には10時間以上かかる大変な行程で
知らない者同士が助け合って歩いているうちに「愛」が芽生えてしまう、
という田舎伝説があるらしいのです。妻帯者には今さら困りますぅ)

でも事故のため
海岸線は閉鎖、途中から山道コースになっています

なので
途中まで歩いた気になって、浜中まで戻って、またバスで香深へ

この日
「うに」を買いました

奥さん、うにが大好物

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宿のぼろい部屋にて
うに~
ちなみにこの時に使用したプラスチックの楊枝は
記念に持ち帰り
つい最近まで我が家で「うにツンツン」の愛称で使われていました
それくらい高価なうにでした

3日目
残念ながら雨
それでもめげずに合羽を羽織って島の南側を散策

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宿のある知床から桃岩展望台まで
お花はたくさんですが
やっぱり雨がねぇ

お昼に香深の町に出てら
ちょうどお祭りやっていました
ウニ雑炊が無料!

午後は
礼文滝を目指します

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スイスのトレッキングコースみたいなところを抜けて
島の西海岸の礼文滝
滝はしょぼいので
海岸まで降りちゃいます

この礼文滝から海岸沿いに南に歩いて

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巨大なゲートのようにそびえる岩が「地蔵岩」

あの「愛とロマンの8時間コース」の終着点だった場所
こんなゴールだったら感動しちゃいますね
知らない人といきなり婚約しちゃうかも

私たちもゴールを抜けましたよ~(途中を歩いてませんけど)

(ちなみに礼文滝から地蔵岩までも立入禁止だったみたいです。
みなさんフツーに歩いていたので???
ロープ伝いの場所もあるのですが、よく整備(?)されてました
自己責任~)

地蔵岩近くの露店でもウニドン~♪

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これまた有名な「桃岩」を見て
宿に戻りました


4日目
やっと晴れました
帰りのフェリーまでのわずかな時間を、
昨日朝も歩いたあたりを精力的に歩き回ります!

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晴れると
隣の利尻島の利尻富士が良く見えるんです

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やっぱり
晴れると海の色が違いますね

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あ~
やっぱりもう一回来なくちゃ~

と思ったのかどうかは不明ですが
とにかく3泊4日の花とウニの礼文島でした


ちょうど11年前の今頃の話
ANAのマイレージが溜まったので
リベンジ~!?
今度はもう少しいい宿に泊まります
(あの岬しれとこは廃業してしまったみたい)

今度は
少しは宗谷本線の車窓も楽しみたいのですが・・・
(国鉄時代、車窓から見る利尻富士も格別でしたねぇ)
幕張メッセに直行なので時間があります
尾久駅に立ち寄ってみました
北斗星が通過する頃
DEさんが尾久車両センターで古い車両の入換をしているらしいのです


尾久駅
北斗星の通過時間には間に合わなかったようですが
(遅れていたのかも?)
電車が到着するした瞬間、
ものすごいシーンに遭遇

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転車台が

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動いています…

あの転車台は
客寄せパンダで残しているんじゃないんですね、良かった

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DEさんが車両を引き出してきて
みんなで寄ってたかってチェック?

これは「カシオペア」という寝台車両
こんな車両がカシオペア号という名前で走っています
あの「北斗星」号と同じルートを走るのです
だったら北斗星3号とかそういう名前にしろよ、と全く好感がもてません

ちなみに今晩は
北海道の豪雨のせいで運休だそうです
だから
1両ずつ車両の向きを反転させているとか?
(そんな面倒くさいことしませんかね、謎)


DEさんが添乗付きで
大宮駅方の引き上げ線に向かっていきます
これはひょっとすると

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ひょっとしました
洗浄線の中を折り返して来るDEさん
こんな線路光景を見たかったです
(常磐線を走っていた特急車両の「お古」が東北本線に移管して来ました
ちょっと調子狂いますね)

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ダブルスリップ線路を悠然と通過、美しい

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留置してあった寝台車両をつなげます
(これが何の為にここにあったのかも謎)

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洗浄線を引き上げていきます
(今はなき田町電車区の様子を彷彿させます)


先ほどのカシオペア号の近くに停めて
今朝の車両いじり(?)は終了

平日の朝に来た甲斐がありました
これは面白いです

毎朝、
職場のラジオ体操みたいに
転車台で何か廻して楽しんでいるのでしょうか?
羨ましい

この後
幕張に行って
線路も楽しんできましたが
その話はまた今度です
線路巡礼:目蒲線目黒駅

目黒線になる前
地上駅の頃の線路の話

実は
1990年代は目蒲線沿線に住んでいて
奥さんの勤務先も目黒だったので
とっても馴染みがある駅でした

1991年

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櫛形ホームの普通の終着駅
1番線ホームに
山手線との連絡跨線橋があってとても便利

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左隣下が
山手線と山手貨物線です
目蒲線ホームはちょっと高いところにありました


1993年

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地下化工事が始まっています
何故か「中線」が設けられて線路が3本

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山手線と反対側にホームを全体的に移設する途中
線路が3本出来てしまった貴重な瞬間と思われます
(通勤に使う奥さんに教えられて、わざわざ写真を撮りに行った記憶があります)


1994年
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山手線連絡橋から目蒲線ホームを見たところ

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山手線ホーム
目蒲線目黒駅とはこんなに近い関係でした
当時の山手線ホームは明るくて開放的ですねぇ

乗り換えもシンプルで便利でした
(ラッシュ時は混んでたけど)


この後
1997年に目蒲線目黒駅は地下化されてしまいます

さらに
2000年に目黒線に改称(多摩川園駅でぶつ切れにされてしまいました)
南北線三田線と直通運転を開始して便利にはなりました

1990年代当時
この他にも大岡山駅、田園調布駅、多摩川園駅と
地下化大工事が進行中
目蒲線ネタの続きはまた今度


目蒲線目黒駅ホームの跡には
大きな駅ビルがドデンと建ちましたが
目蒲線線路のあったあたりは
中途半端にそのまんま
山手線の車窓からなんとなくそれと分かる線路跡が哀愁を誘います
1994年5月末
夫婦で試乗会に招待されました

JR東日本の新しい新幹線
Max(まっくすぅ~)
二階建て新幹線車両

試乗は高崎駅まで(東京駅、上野駅、どちらから乗ったのかしら?)

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高崎駅ホームにて
写真撮り放題です♪

この試乗会
折り返しまでの時間、
駅の外に出ることが出来ます

でも
何をしましょ?
高崎って何があるの??

とりあえず
近くの高崎公園というところまで行ってみましたが
う~む

高崎駅に戻ってから
0番線
上信電鉄のホームを見学

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素晴らしく芸術的な乗り場案内
当時は
JR1番線から
同じホーム反対側先端の0番線の改札口までスルーで行けました
いい時代でしたねぇ
(いつの間にか芸術作品もなくなってしまいました)


新幹線試乗会
行きの時間も帰りの時間も記録がないのですが
楽しかったです

まっくすぅ~
もう20年前の旅行記ですけど
1994年5月の連休
夫婦で四国を巡礼しました
残念ながら往復飛行機
(なんで寝台特急「瀬戸」号を利用しなかったのかしら?)

でも
列車と路線バスを使って
四国を5泊6日で一周
朝から晩まで観光しまくりです

初日(5月3日)

羽田7:50→高松空港9:10

空港から路線バスで栗林公園へ

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栗林公園
ものすごくいい感じ
特に何があるわけでもないのですが
公園でこんなにのんびり出来たのは初めてかも

何時までも感動していられないので
路線バスで高松城へ

高松城は海を堀にしているんですよ
とかウンチクを語って
(当時はまだ讃岐うどんに目覚めてなかったみたい)

高徳本線
高松駅12:55→徳島駅14:03(L特急うずしお9号)

駅からタクシーで
阿波十郎兵衛屋敷
ここで15時から人形浄瑠璃の上演

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「ととさまの名は、じゅうろうべぇと申しますぅ」
というキャッチコピー(?)で有名な演芸
あれって人形だったんですね
一回だけ、そこの部分だけ見れば十分です。

「たらいうどん」というのを初めて食べてみました
香川県の「ぶっかけ」に対抗して出来たのかしら(謎)

徳島東急イン泊

5月4日(2日目)

早朝の鳴門海峡に行きたいのですが
鳴門線の朝は遅い

仕方なく
徳島駅から路線バスを乗り継いで観潮船乗り場へ

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鳴門の渦~
ホントはもっともっと大きな渦を見たかったのですが

徳島駅に戻って
ホテルで遅い朝食

徳島本線
徳島駅10:40→阿波池田駅12:00(急行よしの川1号)


沿線に「土柱」という名所があるのです

ほとんど無名ですが
日本のグランドキャニオンとかいう
大袈裟なキャッチフレーズがあったような気がします
かなり興味があったのですが
交通の便が悪いので断念
(あれから少しは有名になったのかな?)

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阿波池田駅
箱庭のような良いレイアウト
ちょいと線路で遊んでから
ここから路線バスで、祖谷の「かずら橋」へ

道路が狭くて大渋滞

ようやく、かずら橋に到着すると

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かずら橋も大渋滞
こんなに乗ってると切れて落ちるんじゃないの!?


また渋滞の道路を折り返して

土讃本線
阿波池田駅18:10→高知駅19:15(L特急しまんと11号)

高知のビジネスホテル宿泊


3日目

高知城を見た後、


土佐電気鉄道(どでん)の車庫発見

見せて下さいと頼むと
簡単にウエルカムでした

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一緒に記念撮影まで
なんでこんなにサービスいいのかしら
(そのくせこの時は全く利用しませんでした、ごめんなさい)

路線バスで
有名な桂浜に行って

闘犬センター

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う~ん
なんか切ない興業…
(まだやってるんですかね?)

高知駅16:25→中村駅18:10(L特急南風7号)

中村では
厚生年金が経営する
サンリバー四万十に2泊

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このホテル
温泉なんですけど
本当にいい宿でした。感動
私が国内で薦める宿のベスト3には絶対に入ると思うけど
残念ながらすでに廃業(消えた年金問題で民間に叩き売られたのかな)


4日目

路線バスで足摺岬へ
灯台があっただけという感じ

一度、土佐清水まで戻ってから

竜串海岸へ
こっちの方が断然面白いです

奇岩の海岸

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これは竹みたいな岩
こんなのが竹林のように海に向かって生えています

さらにこの先に
見残し
と呼ばれる景勝地があるのですが

弘法大師もこの辺りに来たのですけど
ここは行けなかったから、見残し、なんだって

ウチも見残しました~

中村に戻ってから
レンタサイクルで四万十川に沿って走ります
気持ちいい~

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沈下橋というのは面白いですねぇ
よそ見していたら川に落っこちちゃう

まだ
宿毛線(中村駅の先)が出来る前
四万十川にかかる橋は出来ていましたが
工事はしていなかったと思います
(いまだに宿毛線には乗っていないのですぅ)


5日目

中村駅から
予土線の江川崎駅まで
四万十川に沿って
路線バスを乗り継いで行けるのです
すごいでしょ?

この話はすでに記事にしているので
予土線の記事を読んでね

江川崎の西土佐村カヌー館
ここでカヌー教室に参加

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四万十川でカヌーデビューです
面白かった~

夕方
予土線で宇和島駅に出て

宇和島駅18:49→松山駅20:23(L特急宇和海22号)

松山東急イン泊


6日目

さすがに疲れたみたいです
午前中はホテルでぐぅぐぅ

道後温泉本館

入浴後
館内を見学出来ますが

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ここの2階でノンビリ
観光客沢山ですが
誰も見るだけで座りもしないのです
勿体ない
ウチはここで外を見ながら
畳の部屋でノンビリと過ごさせていただきました
寝ちゃったかも?


このあと
石手寺、松山城と見学して

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伊予鉄道の梅津寺駅
あのカンチの駅です
勿体ないのでハンカチは結びませんでした

松山空港18:10→羽田19:30

いやいや
6日間、四国を朝から晩まで弘法大師並みに遊びまわりました
意外と
ちゃんと線路巡礼もしているし
(高徳、徳島、土讃、予讃と4大本線はすべて乗ったし
名のある特急も乗っていますね)


この数年後
讃岐うどんを食べにきたり
室戸岬廻りをしたりしていますけど
最近はご無沙汰
また四国に行こうかしら
巡礼!