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FC2に移転しました(線路巡礼)

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(今回は線路超大作です)
1994年9月
福島臨海鉄道を線路巡礼

上野駅6:03→泉駅9:38(常磐線)

福島臨海は
常磐線泉駅からのびる貨物専用鉄道
宮下駅、小名浜駅があります

泉駅から路線バスに乗って小名浜駅(貨物)へ

ウレシイことに線路だらけでした
おかげで線路をどう見て歩いたのか記憶喪失

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とりあえず
現地で撮影したこの有り難い地図を頼りに
この記事を書いて行きます
(小名浜港に南極砕氷船「しらせ」がいたんですね!?)

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小名浜駅
昔は旅客扱いがあったのでちょっと立派な駅舎

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駅舎(右)から先に伸びる線路

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これが福島臨海鉄道の終端
昔はさらに先まで路線があったそうです

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駅の泉駅方の踏切
ここは港につながる大きな道路

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踏切から小名浜駅ヤードを見たところ
この最後尾の貨車はもう見られない貴種ですよね

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踏切からさらに戻ります
本線(右)と日本化成小名浜工場専用線(左)

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日本化成工場を覗いたところ
この工場は
手前の宮下駅からここまで敷地があります
工場内には宮下駅からも線路がつながっているのです

今度は港側

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小名浜駅ヤードからスイッチバックした線路が道路を横切ります

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埠頭に続きます

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さらに分岐

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これは一番離れたセメント工場のヤード

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ものすごくいい感じ

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さらにここからも線路は分岐

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埠頭の先っぽ

港湾線路は最高です
横浜の高島付近の線路群を彷彿させますね

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とにかく
美しい線路をたくさん記録して残しておきます(使命感)

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もはや
どこの埠頭のどこだか分からず
(美しければいい?)


小名浜駅から宮下駅へ

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こちらも駅舎は立派

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線路も立派です!
この工場がさきほどの日本化成工場
工場の中の線路もそのまま小名浜駅につながっていたみたい
懐かしい貨車がバラバラに停まっていますが
このあと楽しい入換大会

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工場から
DEさん(?)が出てきました

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工場前クロス線路を近くで観察
なんて美しい線路なんでしょう
(残念ながらこの工場線はすでに廃止されてしまったみたいです)

今度は
この工場の反対側に伸びる線路を追いかけます

小名浜製錬
これも大きな工場です
今でもここから安中駅まで定期貨物があります(安中貨物)

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長い壁に沿って歩くと
こんな興味深い光景

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工場の中
とにかく素敵な線路

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この先が工場線の終端だったみたい


小名浜駅、宮下駅と線路を十分に堪能して
バスで泉駅に戻ります

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泉駅
まだ旅客線時代のホームが健在です
貨物もカラフルですね

泉駅15:27→上野駅19:07

福島臨海の線路を5時間も巡礼できました。満足。


実は
母親の実家の最寄り駅が植田駅
おかげで常磐線は子供の頃から常連
子供心に
泉駅から海側にのびる線路の存在は気になっていました

あの頃に泉駅で下車しておけば
旅客列車に乗れたかもしれないのに残念

でも
この数年後
小名浜花火臨時列車が泉駅→小名浜駅で運転されました
もちろん乗車♪(この話はまた今度)

さらにその後
東日本大震災の大津波で線路も被災
その後貨物営業は復活しましたが
あの美しい線路たちの消息は不明です

「ふくしまりんかい」と調べると
福島臨界になってしまうのが悲しい
大きな台風来ました!

今回は
50年に一度という安っぽいキャッチフレーズ

もう
何度も聞いたようなセリフ
戦後最大とか
統計を取り初めて最大とか

でも今回注目したのは
沖縄米軍が戦闘機を事前に他の基地に避難させたこと
そんなに大きな台風なんだ、と実感できました
さすがな処置ですねぇ
(津波が来るまでじっとして、戦闘機を流されちゃった自衛隊とは大違い)

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でも今朝もいい天気
アサガオも元気
超弩級大型(!?)台風は九州手前でぐずぐずしているそうです
関東は明日の帰宅時が危ないとのことだったのですが

いきなり
今夜がヤマ場に
おかげで
ベランダは鉢が倒れて修羅場になっていました
(事前の避難は明日で十分かと思ってました)

片付けて
部屋の中にも避難させて

さて
超弩級大型最強スーパー台風を
部屋の中からゆっくり見学


私の場合
大きな自然災害というのは
鉄道の長期運休またはそのまま廃止になってしまう事件の有無によって記憶されます

今回は中央西線の南木曽駅付近で大規模土砂崩れ
線路宙吊り

早く復旧するといいですねぇ
(さすがに廃止はないでしょう→迷惑リニアが出来たら並行在来線は廃止?)
1994年9月
磐越西線・只見線をグルリと巡礼

東北本線を北上して
磐越西線郡山駅10:08→会津若松駅11:27

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中山宿駅
当時はまだスイッチバック駅でした
本線は坂の上

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郡山駅方の引き上げ線を戻ります

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列車から中山宿駅ホームを見たところ
(この3年後の1997年にスイッチバックは解消されてしまいました。今でも保線用の線路として活躍中。たぶん)

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会津若松駅で乗り換え時間があるので
じっくりと線路観察
この頃もまだ
磐越西線のホームの先に3本の留置線が健在(写真左側)
大きなクロス線路もステキです(右側は只見線)

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5番線ホーム郡山駅方
線路分岐器用にホームが削られています
これもステキですねぇ

駅の外に出て
郡山駅方面に歩きます

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転車台と扇形庫
ヤラセSLがいないところが、また美しいです

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このあたりから
左側に貨物線が分岐していました

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タキさんがいました!
おそらく専用線なんだと思いますが
現役線路であることに感動


只見線会津若松駅12:44→小出駅16:54


驚いたことに
只見線の車内で会社の人とばったり出会ってしまいました
フロアが一緒程度の付き合いなのですが
とにかく驚き
あなたも好き者だったのですか?
只見線をご一緒に
でも会話が続いたのかは不明

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会津川口駅の手前
川が美しいですねぇ

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会津川口駅
ここでも転車台♪

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どこだか分かりませんが
窓を開けて車窓を楽しむのは世界で一番高尚な趣味です

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小出駅
新潟駅方で只見線と上越線の線路がつながっているのは有名な話
(この数年後、直通列車に乗りました)

会社の知り合いは
新幹線で帰ったみたいですが

私は当然
上越線でゆっくりと帰りましたとさ

上野駅を5:47に出発して
ぐるりと回って
21:43に再び上野駅に戻って来ました
お疲れ様(もちろん18切符)


こんな楽しい日帰り線路巡礼が簡単に楽しめたのですが
只見線は
3年前の大雨でまた一部区間運休のままです
何度も災害運休と復旧を繰り返してますけど
今度はもう無理かな
JRに無理強いしちゃイケマセン


さらに昔の1985年に会津若松駅・西若松駅を巡礼した記事はこちらです
同じく只見線を巡礼した記事はこちらです
1994年8月
奥さんに付き合ってもらって
東京工場(大崎工場)の一般公開へ行って来ました

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南武線支線(浜川崎線)の新車でしょうか
こんなの走ってましたっけ?

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オール2階建て電車がデビューした頃だったみたいで
留置線に展示されていました
中に入れます
(当時は構内運転のサービスは無かったみたい)

今回の目玉は

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2階建て車両から見えた
配給電車クモルさん!

クモヤさんの親戚
美しくスタイリッシュな形
鉄道車両の最高傑作では?

クモルさん
この頃は
それほど珍しいと思わなかったのですが
何時の間にやらいなくなってしまいました。残念
今では
大阪の方に細々と生息しているのだとか

見に行きたい
ポストに入っていたチラシを見てビックリ

あの迷惑リニアのトンネル立坑が
梶ヶ谷貨物ターミナルに出来る!?

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いつもはそのままゴミ箱行きの
キョーサン党の戦利報告チラシから抜粋
これにはビックリ
思わずスキャナしてしまいました

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リニアが何処を通るのかに関する公式ニュースは
JR東海のホームページに載っている
この漠然とした絵しかないはずと思っていたら
何時の間に?

梶ヶ谷貨物駅は
自宅から山の向こう側1キロ以上離れた場所なのですが(時々汽笛が聞こえます♪)

あの素晴らしい場所に
天下の愚物工事が始まるなんて

こんなモノ作るのなら
東海道新幹線の線路増強が先でしょう

小田原駅-三島駅の箱根トンネル路線を作って時間短縮を図るとか

武蔵小杉に新幹線駅も作るとか(これは川崎市民の切実な願い)

そもそも
あの会社は品川駅の折り返しもちゃんと使えないくせに
リニアが必要だなんて笑止千万

きっと出来た暁には
新幹線の本数を故意に減らして
リニアは便利で大人気というストーリーをもう考えているのでしょうね


あんなモノは本当に不要
原発より要らない
電気を浪費するだけ

国鉄遺産の利益はちゃんと利用者に還元してください!