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FC2に移転しました(線路巡礼)

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1996年9月
神奈川臨海鉄道の本牧駅にやって来ました

当時は
貨物列車がいつごろ動くかとか全く分からず

線路沿いにテキトーに歩いていたら

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貨物列車がやってきました
工場踏切がいい感じ

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当時の時刻表
本数多いですね

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横浜本牧駅(貨物)

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今とは貨車の種類が全然違いますね
トラさんばかり

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貨物駅の奥の方には
怪しげな積み下ろし設備みたいなもの
ホキさん用でしょうか

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線路はさらにのびて行きます

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本牧埠頭駅(というそうです)
この線路を貨物列車が通るのでしょうか?
不思議だったけど
通るんですね(笑)

こちらと反対側に
国際埠頭線があって
トラさんが活躍していたはずです
そちらの線路はチェック漏れ
(この数年後に廃止前にかろうじて巡礼)


さて
2年前(2013年)
かなりん50周年記念で横浜本牧駅の一般開放がありました

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(2013年)
この時
すでに貨物はコンテナのみ
国際埠頭線はとっくに廃止
荷扱い設備は撤去されたみたいです

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(2013年)
昔は
こんなにいろんな貨車がいたんですよ(?)

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(2013年)
この辺りが
荷扱い設備の跡かしら


また来ますね

青山通り(表参道)に
不思議な建物が建設中

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周囲を囲む大きなフレームが
昔流行ったデザイナーズマンションを想像させますが

ここの内見会にお呼ばれしちゃいました

オフィスビルでした

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オフィスビルなのに
各階にベランダ付き!
いいなぁ

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さらに屋上も開放
パーティが出来ます

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ちょうどヘリコプターが急降下
こんな光景も毎日見れちゃう?
さすが六本木エリア

もっとも
こんなに開放的で
下に落ちたらどうするんでしょう?

酔えませんね
オフィスだけど(笑)


暖かい日でした
地下鉄で戻るのは勿体ないので
ハチ公バスに乗っちゃいました
また新鮮
今日は祝日
記念に米タンさんが走っているらしいです

午前中は葬式の手伝いでした
いい天気

帰宅後、
今から浜川崎に行っても間に合います
ということで

鶴見線浜川崎駅

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上りの米タンさんがやって来ました
手前の連絡線に入るシーンがステキ

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ヤードに到着
すぐに機関車を外して機廻し開始

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石炭貨物と米タンの間を走って来る機関車
なかなか絵になります

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機関車は
わざわざ鶴見線ホーム側まで引き上げて来るのがお約束

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拝島に向けて出発!

少し前まで、このヤードで普通に見られた光景ですけど
今は米タンさん運転の時しか見ることが出来ない貴重な線路シーン。感謝


今度は武蔵白石駅
ここから隣の安善駅のヤードが丸見え

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DEさんの浜安善駅までの入換はもう終わっています
ポツンと残されたDEさんのお帰り線路シーン希望です

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旅客用複線とは別の貨物線
鉄道貨物が華やかだったころの置き土産

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DEさん単機は一番外側の側線からやってきます

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貨物線を快走!

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貨物線を通るので
手前の構内踏切は閉まりません

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DEさんが米タンを曳いてくれたらもっと嬉しいのですが(笑)

たとえ不定期でも
米タンさんが走ってくれるから
この貨物線が維持されているのです。感謝


この後
鶴見線浜川崎駅行まで待ち時間があるので
久々に大川駅まで歩いて往復してしまいました
(その話はまた今度)

浜川崎駅に戻ると

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青い変圧器を載せた小シキさんです!
ちょうど到着したところみたい
今日運転日だったんですか?全く知らず

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機関車を外して
今日の運転は浜川崎駅までみたいですね
明朝、新芝浦の東芝工場まで運転されるのかな
これもあの貨物線を走ってれますね
また見に来たいけど

とりあえず
今日の線路はこれで満足

やっぱり米タンさんは線路の友です
南武線経由でなくなったのは残念ですが、
それでも日米の絆です。感謝(笑)
会社関係のお葬式
実は
ものすごい久しぶり

昔は
お葬式があると
もう職場ぐるみで大騒ぎしていました
葬式を仕切るのがステータスみたいな感じ

社員の○○さんの親が亡くなりました

誰も亡くなった人のことは知らないのですが
すぐに葬儀の段取りを仕切ります

新人は駅からの案内係
手伝いが多すぎて路地毎に立ったこともあります
だんだん昇格していくと、受付とか香典掛とかになれます

他の会社の人からは奇異に見えたでしょうね

私の父親が亡くなった時も大騒ぎでしたよ(笑殴)

さすがにバブルがはじけたあとは
この行事も見直されたみたいで

葬儀は近親者のみでとりおこないます
香典・生花は辞退申し上げます

ということで
伝統行事も衰退していったのですが、


今回は社員本人死亡(正確には定年後嘱託なんですが)

会社に入って現業研修後、
私が最初に仕事を教わった方です…

まだ若いのに

ということで
十数年ぶりの葬式
おまけにお手伝い

久しぶりに
懐かしい顔に逢えましたが
みんな
同じく久しぶりの葬式の手伝いに困惑

でも
昔とったなんとやらで、なんとか

でも
最後に香典がちょっと合わなくて…

なんとかなりました


なんとなく
明日の祝日もお手伝いになりました
お世話になった方だから
まぁこれくらい
たぶん線路の話はないでしょう

これまた久々に着た喪服が
履けるかどうか不安でした
キツキツ(汗)


お世話になりました
1996年9月
九州観光出張は
ハウステンボスで現地解散

さっさと一人で
最後の巡礼地を目指します

ハウステンボス駅から諫早駅へ

島原鉄道諫早駅

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もう線路は
機廻りできなくなっていましたが

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JR線とちゃんとつながっていました

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有明海に沿っていい感じ

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こんなに干潟に近い駅
ムツゴロウは見えませんでしたけど

1991年の普賢岳火砕流の後
まだ
南島原駅-深江駅は代行バス

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これが代行バス(こんな小さな車1台でOK)
背後のつぶれたままの民家の屋根がスゴイ

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深江駅

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諫早駅方の線路に車止め

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口之津駅で下車して
目の前のフェリー乗り場へ

島鉄フェリー
口之津18:30→鬼池(天草)19:00

天草諸島に初上陸!

上陸したのはいいのですが
宿がありません

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フェリー乗り場近くの怪しい土産屋
ここの2階が民宿をやっていました

やむなく泊まってみましたが
なんかダニを移されたみたい(泣)


翌朝
バスで天草の中心の「本渡」へ

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殉教公園
日本でもジハードがあった歴史的遺産

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天草の乱激戦地の跡、らしいです
歴史好きとしては要チェック

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ここから
路線バスで天草五橋を通り
海を渡って一気に熊本市内まで

途中下車すれば
三角線に乗れたのですが
バスがあんまり快適なので(汗)

さらに
西鉄甘木線
久々に甘木駅を見て
甘木鉄道に乗って
福岡空港から帰宅しましたとさ
おしまい


あれから
島原鉄道の南半分は廃止
多額の税金を浪費して復旧しておきながら(怒)

島原鉄道の記事は
1983年加津佐駅まで
1992年火砕流突破列車
もご覧ください

あの本渡市は
天草市になってしまいました

どんどん変わってしまいますね