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FC2に移転しました(線路巡礼)

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本日2本目
週末備忘録

金曜日
奥さんが渋谷にランチをご馳走になりに(笑)来たので

また5百円ランチ探し

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ここは
オフィス?
パチンコ屋?

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デスク、じゃありません

回転ずし
「魚べい」でした
108円の皿がたくさんという宣伝に釣られて

線路(レーン)は3つ
コンテナ(プレート)には3皿載ります

二人で
1,026円でした(8皿+たぬきうどん)
奥さんは美味しかったというので、ヨシ


ふるさと納税の新年度が始まりました

昨日第1弾、北海道上士幌町「ナイタイ和牛300g」到着

本日第2弾、北海道足寄町「チーズケーキ12個」到着

今日の午後は雨で自宅待機

おやつは
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チーズケーキです
自然解凍させて食べるのですが
私は凍ったまま食べるのが好き♪
これは昨年も頼んだ逸品です

夜は
焼肉パーティ
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ブログ鍋を出して
焼肉プレート仕様
美味しい
(こういう高い肉は普通に買おうという気にはならないですから、笑)

上士幌(士幌線)も
足寄(池北線)も
線路はなくなってしまった町ですが
ふるさと納税特典は充実しています
と宣伝しておきましょう(笑)


ふるさと納税
4月からルールが変わるそうなので
それまでにどんどん注文しちゃう予定です
今年は鉄道模型は注文しない、と思う(汗)
1996年8月末
九州に観光出張がありました
現地集合の前にあちこち線路巡礼しておいて

佐世保駅前に2泊

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ホテルから見た佐世保駅全景
当時は未だ美しい地上駅です

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駅の北側
佐世保線の線路は
そのまま松浦線につながります
(すでに第3セクター)

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佐世保駅を見たところ


この辺りから
海に向かって線路跡がのびています

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橋梁に線路が残っています
信号機の英語表記から米軍基地の臭いがプンプン

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橋梁を渡って
佐世保駅側を振り返ります
いい感じです

でも
最大の遺構はコレ

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佐世保市の何かの施設の前で分岐する線路
本当に美しいです
横須賀、田浦の線路を連想させますね
(写っている当時の垂れ幕もご注目)

線路が残っているのは分岐のところまででした

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ここから先は米軍基地らしい
佐世保鎮守府の跡?

この線路は
通称、ジョスコー線と呼ばれていたそうです
(米軍基地油槽所引込線のこと)

米軍基地あるところに線路あり、ですね


佐世保駅の隣り
日宇駅の近く
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ここから別の油槽所につながっていた線路跡(車窓から)


早岐駅
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当時はまだ佐世保行の寝台特急が残っていたので
その客車基地があったのでしょうか


さて
線路の話はここまで
おまけで
この旅の目的?の観光出張の話

佐世保に2泊して

世界炎の博覧会とハウステンボスを視察

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まだ
懲りずに痴呆博をやっていました
陶器の博覧会(展示即売会?)がメイン

これとは関係なく
有田の陶器市というのをやっていて
珍しく自宅用にお土産を買いました
夫婦茶碗
安い割には奥さんにも好評で
この後
一昨年まで20年近く使っていました
割れてしまったときはショック
また博覧会やってください(爆)


ハウステンボス

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オランダの街並みを再現したテーマパーク(だったかな?)
悲しいのは背景の山
オランダにこんな山はないですからねぇ(苦笑)

もうバブルはとっくに終わっていたのに
ハウステンボスに面した海岸を埋めたてた別荘地を売れば
将来は入場料も無料に出来ます
とか
ここの責任者が真顔で説明していたのを覚えています


その前からあった
「オランダ村」というのは潰れました
(JR九州のオランダ村特急というのがありましたね)

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ハウステンボスも潰れるのは時間の問題かと思われましたが、
まだ生き延びています
最近はプロジェクションマッピングが有名なので
また行っちゃうかも?


ためになる観光出張は現地解散
この後は島原鉄道編に続きます
池上線を走る電車の引退イベント?
らしきものが蒲田駅であるそうです
引退電車も走るらしい

ということで
蒲田で餃子を食べるのを条件に
奥さんを連れて行って来ました

雪が谷大塚電車区

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左の電車が引退電車
先頭が角ばっているのが特徴

左から3つ目の車両だって
同じくらい古いんじゃないかしら
こちらは先頭が陥没しているのが特徴
(昔はどちらも7000系電車と呼ばれていたと思うのですが?)

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いつでも来られると思っていると、なかなか来ない場所。いい機会です

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先頭車両が中間車に改造されているのがいい感じ

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ようやく出庫

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これは奥さんがスマホで撮影
こっちの方が上手(汗)

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下から見るとモスラみたい


これは回送で五反田駅まで
そこから
五反田駅-蒲田駅を3往復営業運転します
(ちゃんとポスターに書いてあるサービスぶり)


先に蒲田駅に行って
引退電車がやって来るのを待ちます

引退イベントとして
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こんな顔出しがありました
よく出来てましたよ

ホームはもう大騒ぎ
放送で煽ってますから(笑)

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ご到着
いつものように、停まっている電車の車窓から

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角ばっているのはお好き?

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毎度おなじみのバカ騒ぎ~
TVカメラまで来てました
そんなにスゴイことなんだ(笑)

せっかくなので
これに乗って奥さんと池上駅まで往復
車内はもう大変な状態

池上駅にて

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お気に入りの
先頭車両と中間車の連結部分撮影

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できれば
あの陥没タイプの先頭車との連結も見てみたかったですね


蒲田駅に戻って
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駅近くの名店「歓迎」で餃子を食べて
(ランチ1人前、焼餃子、水餃子で二人で1,280円、安い!)


また蒲田駅に戻ると
ちょうど引退電車が五反田駅まで行って戻ってきたところ

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なんか
ぎこちない「五反田」行き

と思ったら

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あれ、何かへんだぞ?

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ビビビ…(電気がついた)

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液晶モニターONでした
ちょっとやり過ぎ(汗)


ここで奥さんと別れて
一人で五反田方面へ

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大崎広小路駅
池上線と言えばこのイメージ

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前面展望
あの角ばった窓の様子がなんとなく分かるような

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また行き先表示をいじくっていました
今度は「蒲田」行き

やり過ぎだけど
やっている側も楽しんでいるみたい(苦笑)

ちなみに
引退電車はまだこの先も走るらしいですよ(早朝のみ)
お疲れ様~

そもそも
この車両は3年前に引退した
黄色い検測車両デヤさんと同じタイプですよね
あの興奮を今一度?


このあと
せっかくなので
こどもの国線まで乗ってしまいました
終わり
思い立ったように
夕刻の上野駅へ

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寝台列車の推進回送運転というのを見たくなったのです

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寝台特急「北斗星」
出発時間は19:03(意外と見やすい時間なんですね、忘れてました)
回送がやってくるのは18:43(ホームでアナウンスしてくれます、笑)
上野東京ライン開業を控えて
「始発」の表示が…

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車止めの真後ろからのんびり見学
出来るかなと思ったら
はじめは誰もいなかったのに
後からウジャウジャと

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尾久からの推進回送運転
とても珍しいのですが
貨物列車の入換では当たり前?
(掛員さんが「旗」を持っていないからちょっと違うらしい)

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推進運転はここで停車
前方に渡り板を降ろします

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「灯」も回収されます
制御用の箱みたいのは何でしょう?

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扉も閉めて、尾灯も付きました
あれ?
箱がそのままですよ

車両に
近づいてみます

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掛員さんが箱からのびていた紐(ホース?)を外して

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秘密の箱も回収、お持ち帰り
渡り板ももとに戻します
これで推進回送運転は完了
いろいろと儀式があるんですねぇ


これだけ見て帰るつもりでしたが
やっぱり
出発も見ておきますか


13番線ホームの先端
平日なのにすごい人
これが3月の廃止まで続く、と(いつものことですね、苦笑)

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駅員さんの後ろから
そっと、てきとーに

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てきとーの割には
ちゃんと写ってました(笑)

青い寝台列車が目の前をガタンガタンと

いい光景ですけど
もうすぐ廃止
おバカさん達は田舎新幹線を選んでしまったのだから仕方ない

お得な切符で何度か利用させていただきました
乗っておいて良かったです
わざわざ見に行ったのは
これが初めて(笑)
1996年8月
下関駅前に宿泊

翌早朝から高架の下関駅をぐるりと囲む謎の線路を巡礼するためです

当時の地図を見ると
駅南側にある
シーモールという施設
そこから
線路が出ているように見えるのです

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実際はこんな感じ
シーモールが出来る前は、この先に貨物ヤードがあったのでしょうね

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シーモールを背に
門司駅方を見たところ
右手が下関駅

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左手に線路が分岐
これは埠頭に続きます

下関駅ホームから見ると

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(この写真は1992年)
左端に
高架から地上に降りていく線路が見えます

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高架から地上に降りていく連絡線
さきほどのシーモールから伸びてくる地上線路と合流します

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この先には
今でも使われている下関電車区があります

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左手に分岐した埠頭線に戻ります
この線路は高架の山陽本線下関駅の線路と連絡線(電車区入出庫線)で結ばれているわけです

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踏切の先でステキに分岐(していた跡)

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埠頭には
線路がたくさん残っていました

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瀬戸内海を見ながら
埠頭線はさらに続きます

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右に曲がって
山陽本線の高架の下へ
この左手はもう関門トンネルの入り口近く

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下関駅側に振り返って
左は埠頭線
右の鉄クズの中から別の線路も合流

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山陽本線をくぐりますよ(下り貨物列車通過~)
なんて良い光景

これは電車から見た光景
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(この写真は1992年)
左が下関駅シーモール前から埠頭線を経てのびてきた線路

山陽本線をくぐって北側へ

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線路はさらに右に曲がって
山陽本線に沿って下関駅に戻るように

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運河があります
ものすごい設備ですね

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その先に見えるのが下関市場

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規模の大きな貨物扱いがあったことを物語ります

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ここがかの有名な
下関の鮮魚貨物列車の始発駅?

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残っていた線路はここまで
廃線跡はさらに続いていました


ちょうど下関駅の北側
シーモールがあった反対側

往年の鮮魚列車は
下関駅南側で
高架線から地上に降りて
スイッチバックを2回経て埠頭線に入って
そこから右回りに大きく迂回して駅の北側に出て
という途方もない大廻ルートを経て市場まで来ていたのですね
「鮮」魚なのに大変ですね(苦笑)

(当時の古地図を見た方が話が早いのですが、捜索中)

残っていた美しい線路を記録できただけでも良しとしましょう


この後
関門海峡フェリー(小さい!)に乗って
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門司港駅へ
また九州編に戻ります