1981年。大学2年生でした。
時刻表の目次欄の小さな記事で初めて知ったのです。

石勝線が開通するにあたり、夕張線の支線である登川線が6月末で廃止になるとのこと。
これを知ったのは廃止の5日前。
とにかくあらゆり用事を片付けて、ほんとギリギリで夜行急行に駆け込みました。
時刻表の目次欄の小さな記事で初めて知ったのです。

石勝線が開通するにあたり、夕張線の支線である登川線が6月末で廃止になるとのこと。
これを知ったのは廃止の5日前。
とにかくあらゆり用事を片付けて、ほんとギリギリで夜行急行に駆け込みました。
これが第2次北海道線路巡礼。
登川線にたどり着いたのは、なんと運転最終日でした。
当時は廃止といってもマニアが大挙して押しかけるほどではなく、
地元の人と和気あいあいとしていました(今じゃ考えられないでしょうね)。
せかくだから二往復も乗ってしまいました♪
登川線にたどり着いたのは、なんと運転最終日でした。
当時は廃止といってもマニアが大挙して押しかけるほどではなく、
地元の人と和気あいあいとしていました(今じゃ考えられないでしょうね)。
せかくだから二往復も乗ってしまいました♪
片道所要14分です。
中間駅は楓駅の一駅だけ。
車窓から将来の石勝線への切替の工事区間が見え隠れします。
中間駅は楓駅の一駅だけ。
車窓から将来の石勝線への切替の工事区間が見え隠れします。
線路巡礼(鉄道旅行)にカメラを持参するようになったのはこれが初めて。
やっと宮脇俊三の呪縛から逃れられたわけですね。
やっと宮脇俊三の呪縛から逃れられたわけですね。
カメラの扱いに不慣れで線路写真をどう撮っていいかわからなかったようで、
どうも駅全体の線路の雰囲気がわかるものがありません。
でも、線路はキチンと見て記憶していました(線路メモもばっちり残しています)
どうも駅全体の線路の雰囲気がわかるものがありません。
でも、線路はキチンと見て記憶していました(線路メモもばっちり残しています)

私の鉄道写真(現存する)のたぶん第1号です(子供の頃の数枚を除く)。
草むらのなかの車止めドアップ(これじゃ何処だかワカリマセンね、汗)
この車止めまで行くのは実はタイヘンでした。
線路の終端を極めるためには何でもします(笑)
車止めから登川駅をみたところ。

登川線(地元ではこう呼ばれていたようです)のサヨナラ紅葉マーク。
(以前「おびとけさん」からコメントがありましたが、夏なのに紅葉です、笑)
素晴らしい駅舎とキレイなルピナス。一緒に映って満足のLUNさんです。
この時は、本当に苦労して駆けつけたので、
記念写真をたくさん残してしまったみたいですね(笑)
本当にノンビリした最終運転でした。
線路もちゃんと記録できたし。
万難を排して来た甲斐がありました(行ってよかった)
線路もちゃんと記録できたし。
万難を排して来た甲斐がありました(行ってよかった)
写真を撮っても、線路図はちゃんと残します(当時の私はエライなぁ)

当時は入場券の収集にも拘っていましたけど、登川駅は無人駅。

この先、岩内線、瀬棚線と道南の線路巡礼が続きました・・・


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石勝線開業後。

紅葉山駅は新夕張駅と名前を変えて、
場所も少し移動して立派になりました(旧駅の跡はいつまでもそのままですね)。
楓駅は名前を残して新駅に移りましたが、話題を提供しただけで結局廃止。
世俗から取り残されて静かに廃止された登川駅は、きっとルピナスだらけでしょう。ね?(笑)