線路巡礼:松前線、江差線(悲劇の松前線) | FC2に移転しました(線路巡礼)

FC2に移転しました(線路巡礼)

ヤフーブログ→アメブロ→FC2の3社直通乗り入れ計画?

線路巡礼:松前線。江差線。

1980年第1次北海道線路巡礼にて。
そーです。だから写真がないんです(泣)
イメージ 1
函館9:30→江差11:31(急行)えさし1号
江差12:16→木古内13:18(急行)えさし4号
木古内14:29→松前15:52
松前17:02→函館19:10(急行)松前4号

イメージ 2

この時は両線とも終着駅でノンビリしています。

江差駅では海岸まで歩いてみたし。

松前駅では松前城まで歩いて城内を見学しています(覚えてないんだけど、汗)

木古内駅ではタイクツでアイスを買い食いしたらしい。

ああ、写真があったらもっと臨場感ある線路が説明できるのですけど(泣)

でも。
ちょっとびっくりなのは「急行」の存在。
当時はこんなローカル線にまで立派な「急行」が走っていました。
確か木古内駅で分割併合もしていたと思います。
どちらが本線というわけでもない感じでした。

ところが、
廃止ローカル線選別のとき、
江差線が生き残り、松前線はあの世行き。

実際には、木古内駅から先は、松前線の方が旅客数は多かったのに、
函館(五稜郭)~木古内駅が線路の戸籍上は江差線だったという理由だけで、
松前線は廃止、江差線が残った、というのは有名な話。
当時はこういう悲喜劇が日本の各地でありました。

悲劇の松前線。

喜劇の江差線。

イメージ 3
本当はどちらが生き延びた方がよかったのかな?
歴史趣味的には、
どちらも函館戦争の古戦場跡なんです。
ちなみにこの時、函館五稜郭によって、土方歳三最期の地とか訪問しています。
趣味人でしょ?

その後十数年後。
江差線は再度巡礼する機会がありました。
五稜郭~木古内は青函トンネル開通後は全く別の線路ですね。

その先は長閑な雰囲気でしたけど。

肝心の江差駅は
あまりに変貌していました。

線路が1本だけ。
あの時の美しい線路の面影は全くありませんでした。
(この時の写真はあるはずなのですが、探す気になれない)

私の青春(線路)を返せ~

ちなみに。
松前線と江差線を一緒の記事にしたのは、
自作の線路図が一体だからです。
それだけ。悪しからず(笑)

これにて
1980年7/31~8/10
第1次北海道線路巡礼の美しき線路の紹介はオシマイ。
宗谷本線、興浜北線、興浜南線の記事は既にアップしているので、今回さらに追記してあります。
ご興味あったら見てね。