1986年秋。
国鉄終焉を前に、線路巡礼を続けます。
もっとも、おかげさまでバス転換対象路線は既にほとんど巡礼済み。
あわてることなく?、マイペースで楽しんでいました。
☆は初乗り路線。
国鉄終焉を前に、線路巡礼を続けます。
もっとも、おかげさまでバス転換対象路線は既にほとんど巡礼済み。
あわてることなく?、マイペースで楽しんでいました。
☆は初乗り路線。
1986年9月10日、☆吾妻線、☆足尾線。
小山7:29→大前11:04
両毛線経由ですね。当時はこういう酔狂な列車がありました。
高崎行きと併結運転。新前橋駅で切り離し、大前行きは進行方向を変えて渋川方面へ。
小山7:29→大前11:04
両毛線経由ですね。当時はこういう酔狂な列車がありました。
高崎行きと併結運転。新前橋駅で切り離し、大前行きは進行方向を変えて渋川方面へ。

大前駅。
当時からすっきりした終着駅でした。
もう、アレ以上変わりようがないでしょうね(笑)。
当時からすっきりした終着駅でした。
もう、アレ以上変わりようがないでしょうね(笑)。

足尾線間藤駅に着いたときは、既に夕刻。
残念。
このとき、足尾本山駅には当然行けず、夢をかなえたのは19年後でした(スゴイ)
でも、すでに廃鉱。もっと早く再訪すればよかった。
足尾鉱山駅に行ったときの記事はこちらです。
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/13387726.html
残念。
このとき、足尾本山駅には当然行けず、夢をかなえたのは19年後でした(スゴイ)
でも、すでに廃鉱。もっと早く再訪すればよかった。
足尾鉱山駅に行ったときの記事はこちらです。
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/13387726.html
1986年9月26日、☆野岩線試乗会。

国鉄廃止を控え、逆に未成線区間の開業が勢いずいたのかもしれません。
開業はこの年の10月1日。習熟運転列車に乗れる企画に参加♪。
写真は会津滝ノ原駅(今は駅名変わっちゃいました)。
国鉄会津線とツーショット。
開業はこの年の10月1日。習熟運転列車に乗れる企画に参加♪。
写真は会津滝ノ原駅(今は駅名変わっちゃいました)。
国鉄会津線とツーショット。
会津若松方面への画期的な新ルートの誕生です。
でも、この時に試乗してしまったため?、私が浅草駅→会津田島→会津若松駅と乗りとおすのは、これまた19年後となりました(笑)。
でも、この時に試乗してしまったため?、私が浅草駅→会津田島→会津若松駅と乗りとおすのは、これまた19年後となりました(笑)。
1986年12月3日~7日、四国私鉄巡礼。
これまた、松山への出張に便乗した旅行です。
☆高松琴平電鉄、☆伊予鉄道、☆土佐電気鉄道の全ての路線に乗車してきました。
この年の3月に開業した、☆予讃本線新線区間(向井原~内子~伊予大洲)も乗車。
☆高松琴平電鉄、☆伊予鉄道、☆土佐電気鉄道の全ての路線に乗車してきました。
この年の3月に開業した、☆予讃本線新線区間(向井原~内子~伊予大洲)も乗車。
果たして、現地で仕事をする暇があったのでしょうか?(笑)

松山市内の平面交差に感銘したのは、もちろん。
古市駅の路面電車斜め横断線路も大好きです。

土佐電気鉄道の井野駅付近には、複線が重なっている区間がありました。
狭い商店街を走る工夫でしょうか。
美しいです。
今はどうなっているのかな?
これにて、1986年の巡礼は、お終い。
各地の美しい線路の詳細は、後日線路巡礼の記事にまとめる予定です。
各地の美しい線路の詳細は、後日線路巡礼の記事にまとめる予定です。
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この年11月28日。国鉄改革法案がとうとう成立してしまいました。
国労と社会党がどうあがいても、どうにもなりませんでした。
かえって、逆効果(泣)。
民営化はともかく、分割されたらどうなるんだろう?
長距離列車、直通列車はどうなるのかな?
情報も少なく、疑心暗鬼でした。
国労と社会党がどうあがいても、どうにもなりませんでした。
かえって、逆効果(泣)。
民営化はともかく、分割されたらどうなるんだろう?
長距離列車、直通列車はどうなるのかな?
情報も少なく、疑心暗鬼でした。
もうひとつ。
この年の暮れ。12月28日。
大きな鉄道事故が起きてしまいました。
たまたま鉄道の番組(NHKの世界の鉄道というシリーズ)を見ていたら、突然ニュース速報が・・・
この年の暮れ。12月28日。
大きな鉄道事故が起きてしまいました。
たまたま鉄道の番組(NHKの世界の鉄道というシリーズ)を見ていたら、突然ニュース速報が・・・
「山陰本線餘部鉄橋で、回送列車が橋から転落、水産加工工場を直撃しました。」
正直、私はあまりこの鉄橋に詳しくアリマセンでした(当時は、高千穂鉄橋の方が何かと話題)。
ですが、事故の重大性だけはすぐに分かりました・・・。
ですが、事故の重大性だけはすぐに分かりました・・・。
そんな暗い出来事を引きずりながら、
国鉄最後の年をむかえようとしていました。
国鉄最後の年をむかえようとしていました。