


山陰山陽大巡礼から帰ると、すぐに名鉄巡礼に旅立ちました。
これまでの線路巡礼は、主に国鉄線と地方中小私鉄が中心。
なんとなく、大手私鉄は後回しでした。
やっぱり、国鉄のほうが線路として魅力があるのと、「大手」私鉄だったら、当面は安泰であろうという判断。
この時、予定される国鉄の最後の日まで、すでに1年をきっていました。
国鉄ローカル線は次々に廃止。
地方中小私鉄も廃止がありました。
それでも、大手私鉄のローカル線は、まだ安泰と思われていました。
今回は、偉大なローカル線王国?といわれた、名鉄のローカル線巡礼です。
1986年5月10日、11日。
乗車路線:名鉄岐阜市内線、長良川線(~長良北町駅)、美濃町線(~美濃駅)、揖斐線、谷汲線。
小牧線(上飯田駅~)、広見線(~御嵩駅)、八百津線、知多新線(~内海駅)、蒲郡線。
犬山橋。
豊橋鉄道市内線(~赤岩口、運動公園前)
名鉄って、すごい複雑な運行系統でした(今でも、良く分からん?)。
新名古屋から、枝葉の路線まで直通列車が走っています。エライ。
でも、新名古屋が終点のターミナルでないので、東西を結ぶ列車は、どこからきてどこに行くのか、よそ者にはよく分かりません(笑)。
また、経由がたくさんあります。犬山行きなんて、どれに乗ればいいのやら。
新名古屋発、蒲郡行き急行に乗ったのですが、どの線を経由したのか、謎です。
犬山橋。楽しい併用橋。
この年の数年前、職場旅行で犬山に長良川の鵜飼を見にきたついでに、この犬山橋を近くから見ています。
ゴロゴロと大編成の列車が道路の上を車を掻き分けて走るのは素敵。
電車と一緒に記念写真を撮った記憶があります。
ここは乗車もいいけど、外から眺める方が素敵かも(もう、なくなっちゃいましたけどね)。
名鉄のローカル線。
終着の先端区間が二手に分かれるパターンが多いです。
すでに一部区間では、電化をやめてデーゼルカーが走っていました。
おまけに、終着駅の雰囲気もなんとなく似通っています。
正直言って、この時はたくさん見すぎて、あまり記憶に残りませんでした。
幸い、大私鉄の線路なので、その後も何度か乗る機会はありました。
各路線については、その後の巡礼とあわせて、別途線路巡礼の記事にする予定。
今回、一番印象に残っているのは、実は新岐阜駅の線路です(これも別記事にします)。
ビックリしたのは、長良川線。
これは突然、その後廃止されてしまいました。
金華山と犬山城が車窓の正面に見える、風光明媚で観光に便利な路線だったのですが。
終着駅である、長良北町駅の印象について。
当時の記録から(写真1、2参照)。
「ホームらしきものがない。危ない。
どこで待って、どこから乗ったらよいのか分からない。
駅名標すらない。
線路の中に平気で車が入ってくる。
広島電鉄とは、大違い・・・。」
これは、市内線のほぼ全線について言えたことですけど。
当時から、悲しいくらい冷遇されてきたのですね(泣)
今回の線路で一番気に入ったのは、美濃線の、あまりにも怪しい併用区間。
(写真3、日野橋のあたり?)。
もう、線路が地面に埋まっているみたいなんです。
水溜りだらけ。
それでもちゃんと走っているんですよね。
雰囲気最高~♪
この区間は、その後も何度か訪れています。
一方で、ついでに乗った豊橋鉄道市内線は、なんと路面電車の新線区間ができていたのです。
ちょっと、感動。
同じ中京圏なのに、路面電車に対する扱いが岐阜とはえらい違いです。
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数年前、とうとう市内線のすべてが廃止されてしまいました。
名鉄は路面電車の運行改善のため、行政に対して協力を仰ぎましたが・・・。
岐阜市は相当冷たかったみたいです。
残念です。
でも、名鉄さん。ごくろうさま。
(珍しく同情しちゃいます(泣))。
岐阜というのは、路面電車があるから好きだったのですが・・・
金津園だけの町という印象になりました。
斉藤道三と織田信長もきっと泣いています!