パンとサーカス。
トリノオリンピック興業とか、今日TV中継された国別対抗プロ野球大会興業を斜めに見ていて、現代にも当てはまる名言だな、と痛感しました。
古代ローマ帝国の民衆統治方法は、パンとサーカス、と呼ばれます。
民衆というものは、パン(食べ物、広義には衣食住ですね)とサーカス(不満を回避するための刺激的な娯楽)を与えられれば不満を解消され、とりあえず為政者になびくものだ、という民衆を小ばか?にした事実のことです。
逆に、この二つを与えられれば、独裁政権であっても、とりあえず為政者は安泰である、と。
これは、人類が到達した至高の政治形態?現代の民主主義でも同じことのようです。
現代のサーカスとは、スポーツ興業、特にナショナリズムを強調するようなものを指すのでしょう。
私はスポーツ興業に全く興味がありません。
スポーツを自分でするのは好きです。
もっとも、私のスポーツは、ラジオ体操、散歩、水泳くらいですけど(笑)。
トリノ興業の時も、そして今回の野球も、マスコミは興業に出場する選手を盛んにもてはやしています。
私には、民主主義の盾になるべきマスコミが、為政者のために一生懸命サーカスを宣伝しているようにしか思えません。
国民にしても、この国の政治・社会の現状を前にして、どうして目前のパンとサーカスだけで狂喜できるのか不思議です。
私も一応国民の一人なんですけど、そんなサーカスは全く理解できませんし、酔えません。
古代ローマ帝国は、パンとサーカスを与えて成功していたように見えても、それは奴隷制度と植民地支配の上の成立したものでした。
民衆は、それを知りながら、為政者の与えるパンとサーカスに陶酔し、さらに政治の腐敗、社会の弱体化は進みました。
今の日本。
パンは与えられているのでしょうか。
本来、パンは自分の力で得るものですが、これは公正な社会秩序が維持されてこそ成立します。
これを維持するのが、民主主義の政治だと思います。
でも、その盾となるべき肝心のマスコミまで、悲しいかな、サーカスに夢中です。
実際の戦争行為を回避するためのガス抜きの手段として、国際スポーツ試合が存在する。
だから、国民は皆、国際スポーツ興業を観戦して、自国の選手を応援しなければならない?という説もあります。
だからでしょうか?、今朝のマスコミ報道はひどかった。
今日のWBCというプロ野球興業を見るのは、国民の義務だと言わんばかりです。
戦前の独裁国家体制に逆行しつつあるのではないでしょうか?
なんか、軍靴の靴音が聞こえてきそうで、悲しいです。
もっとも、私の奥さんも野球に全く興味ないのに、今日の野球中継を見て騒いでいました(笑)。
一方、私は全く関心なし。
WBCって、ボクシングの新しいタイトルがまた出来たんだ、と思っていました。
小難しい、白けたことを書きましたけど、最後に一言だけ。
スポーツ興業観戦なんて、所詮、他人のお仕事風景を見るだけではないですか?。
自分のしたい事を、自分の体を動かして、体験する、のが本来の人間の姿ではないでしょうか?
だから、私は一年中、公共交通機関を使って旅をしています。
楽しいです。
生きがいです。
結局、これが言いたかったのかな?
スポーツ興業で他人を賛美するのが生きがいだ!
ナショナリズムに酔うことが生きがいだ!
という人には大変失礼いたしました(笑)。
それも、ひとつの生き方だと思います。
でも、それはサーカスを与えられているだけかもしれませんよ?
いつまでも、パンも与えてもらえれば、いいですけどね。