



1984年3月19日に巡礼しました。
当時は現場勤務で、夜勤明けの日を選んで、午後に行って来ました。
この路線も今月末で廃止です。
特定地方交通線に選ばれていないのに、どういう経緯でこの支線が廃止されることになったのかは謎です。それだけ利用者はいなかったということでしょうか。
朝1往復、夕方3往復、すべて茅ヶ崎駅から乗り入れます。
乗りにくいとは言え、神奈川県内の路線です。
こんな廃止間際に巡礼に来るハメになるとは・・・。
でも、こういう近い路線ほど、乗らずに過ごしてしまうんですよね(泣)
茅ヶ崎14:45→寒川14:55
寒川16:02→西寒川16:06
寒川駅で時間があり、支線が分岐するところまで、雨の中を散歩。
(写真1、左に折れるのが西寒川支線)。
寒川駅に西寒川行きが来ました。
終着駅には、あっという間に着いてしまいます。一駅ですからね(笑)。
西寒川駅(写真2,3)。
なんだろう、道路と駅が一体になっています?
なんか、路面電車の駅みたい。
線路が、車止めの先の道路と、同化してしまっている?
赤いディーゼルカーは、このまま先の道路にまで乗り入れてしまいそうでした・・・。
もともと、相模川の砂利採取のための線路で、昔はこの先に河原までの線路があったと思います。
この道路がその跡なのかもしれません。
でも、当時既に痕跡はありませんでした。
悲しいのは、ホームの駅名標示板がなかったこと(写真4)。
バカが盗んだらしいです。
駅名のない、悲しい終着駅でした。
営業最終日も、名無しの駅で迎えたのでしょうか?
ちょっと、あまりにも可哀相です(泣)。
帰りは、茅ヶ崎駅まで直通列車で帰りました。
その後、相模線は電化され、本数も増えました。
西寒川支線の廃線跡は、電車からもよく分かります。
ひょっとすると、支線の廃止を条件に、本線が電化されたのかもしれません?
だとすると、決して無駄死にではなかったわけですね。
名無しの西寒川駅がどうなったのか、その後を知りませんが、相模線の繁栄を、草葉の陰で見守っているのだと思います。