PCT特許出願の翻訳や、外国語書面出願の翻訳をする際、逐語訳が必要だと言われます。この逐語訳について、様々な考え方がありますが、我々のグループでの考え方は以下のようにしています。


まず、「逐語訳」の根拠を調べてみます。特許法第36条の2には、こうあります。


2 前項の規定により外国語書面及び外国語要約書面を願書に添付した特許出願(以下「外国語書面出願」という。)の出願人は、その特許出願の日から一年二月以内に外国語書面及び外国語要約書面の日本語による翻訳文を、特許庁長官に提出しなければならない。


ここでは、「翻訳文」とは何かが規定されていません。

そこで、審査基準(VIII 外国語書面出願)を見てみます。


1.4 翻訳文
⑵ 翻訳文の提出は翻訳文提出書により行い、翻訳文提出書中の「【確認事項】」の欄に、翻訳文は外国語書面等に記載した事項を過不足なく適正な日本語に翻訳したものである旨を記載する。
⑶ 第36条の2第2項に規定する翻訳文としては、日本語として適正な逐語訳による翻訳文(外国語書面の語句を一対一に文脈に沿って適正な日本語に翻訳した翻訳文)を提出しなければならない。


ここには、「適正な逐語訳による翻訳文」を提出しなければならない旨の記載があります。もし、「適正な逐語訳による翻訳文」でないと判断された場合は、「原文新規事項」になるのか、ということは、別の項に記載があります。


5.1.2 原文新規事項の具体的判断基準
(1)まず審査官は外国語書面の語句を一対一に文脈に沿って適正な日本語に翻訳した翻訳文を想定する(以下「仮想翻訳文」という。)。①その仮想翻訳文に記載されていると認められる事項、及び、②その仮想翻訳文の記載から自明な事項に限り、外国語書面に記載した事項の範囲内のものとして取り扱う。
(注)「…の記載から自明な事項」の解釈は、「第Ⅲ部 第Ⅰ節 新規事項」を参照。
(2)外国語書面と明細書等の対応関係が不明りょうとならず、しかも、外国語書面を逐語訳しないほうがむしろ技術内容が正確に把握できる場合に限り、明細書等は1.4⑶で示した逐語訳によらずに記載することができる。ただし、この場合においても、当該明細書等は外国語書面に記載した事項の範囲内のもの、すなわち⑴における①又は②の要件を満たすものでなければならない。
(3)また、外国語書面の文章等の順番を入れ替えて翻訳した場合も、それにより外国語書面に記載されていない事項が明細書等に記載されたものとならない限り、原文新規事項とはならない。
したがって、外国語書面中のいずれかの個所に記載がある事項であれば、その事項は原文新規事項とはならない。


このように、逐語訳で無い場合でも、かなり緩やかな判断が行われていることがわかります。では、PCT出願の場合はどうなるのでしょうか。

10.PCT外国語出願の取扱い
PCT外国語特許出願についても、外国語書面出願と同様の取扱いがなされる。


ということで、PCT出願の場合も、同様に扱われます。


以前は、PCT出願の国内移行は優先日より30ヶ月内に行わなければならず、外国からの出願依頼が、前日とか前々日とかにくることがよくありました。その時、100ページ近い明細書を、1-2日で翻訳しなければならず、数人で手分けして訳し、チェックしている暇がないようなこともありました。当然、翻訳は間違いだらけで、非常に読みにくいものになります。しかも、ある意味、逐語訳の方が楽なので、ほとんど直訳のような文章にするのです。


特許庁も、そういう翻訳文を読むのが嫌になったらしく、2ヶ月の翻訳文提出猶予期間を設けるようになりました。そのかわり、読める日本語にしてね、とそういう趣旨です。


ここまでに見てきたように、英語と日本語では、言語構造が全く違います。和訳の場合、主語を常に訳すようにしても、まだ許容範囲内です(主語を訳出した場合に、別の意味になることもあるので注意が必要です)が、単数形と複数形を訳し分けるのか、冠詞を全部訳出するのか、など、実務上の問題が様々にあります。


我々は、要は、(3)に記載されている通り、「外国語書面に記載されていない事項が明細書等に記載されたものとならない」ことが、翻訳の本質ではないかと考えており、その範囲内で、できるだけ自然な日本語にすることを第一としています。