相性のご相談を受けていて、いちばん多く聞く言葉があります。
「三合を調べたら合うと出たんですけど、実際はしんどいんです」
これ、勘違いでも気のせいでもありません。三合の表だけでは足りない部分があるからです。
今日はその足りない部分を埋める見方を書きます。三合を「四つの仲間分け」ではなく「五段の階段」として見る方法です。
三合は四組、でも階段は五段になります
まず、こう並べてみてください。
申子辰 → 巳酉丑 → 寅午戌 → 亥卯未 → 申子辰へ戻る
輪になっています。ご自身の生まれ年の支が入る組を、真ん中に置いてください。
たとえば寅午戌の年に生まれた方なら、こうなります。
二段上 … 申子辰
一段上 … 巳酉丑
自分 … 寅午戌
一段下 … 亥卯未
二段下 … 申子辰
一番上と一番下、同じ組が出てきましたね。
組は四つしかないのに階段は五段。だから端と端が重なります。
ここが面白いところで、二段離れた相手とは、お互いが相手を上だと感じる関係になります。どちらから見ても向こうが上に見える。だから力関係がずっと入れ替わります。
それぞれの段の呼び名
十二神殺の名前がそのまま当てはまります。
同じ段 … 華蓋
一段上 … 天殺
一段下 … 攀鞍
二段離れ … 月殺(相冲)
お手元の命式で十二神殺を見てみてください。生まれ年の支を基準にすると、同じ並びになるはずです。新しい理屈ではなく、既にある道具を別の向きから使っているだけです。
同じ段どうし(華蓋)
考え方も動き方も似ています。説明が要らない。それがこの組み合わせの良さです。
ただ、上下がありません。どちらも譲る立場に立たないので、お互いを立て合う手間が延々と続きます。片方が主導権を握ろうとした途端に、そこから疲れが始まります。
相手が一段上(天殺)
大きな話を持ってくる人です。自分ひとりでは手が回らない規模の話を、平気で運んできます。
この配置は疲れの溜まり方が偏ります。下の段の側にだけ溜まります。
意外に思われるかもしれませんが、片側にしか溜まらないぶん関係は切れにくいです。離れたと思ったらまた繋がっている。そういう形でよく出ます。
相手が一段下(攀鞍)
こちらが立ててあげる側です。手間はかかりますが、長く続きます。
競い合う形にすると下の段はほぼ勝てません。だから勝ち負けを持ち込まない。それだけでうまくいきます。人を使う立場なら、一段下の方が最も扱いやすいとされています。
二段離れ(月殺・相冲)
さきほどの「お互いが上だと思う」関係です。
調子が上向くたびに立場が逆転します。上り坂のときは互いに道を開いてくれる、心強い相手です。
ただし同じ場所に居続けると消耗が激しい。この配置は離れているほうが保たれます。単身赴任、生活リズムのずれ、どちらかが一時的にペースを落とす時期。そういう条件が入ったときに続きます。
年齢差で確かめられます
三合は四年おきに巡ります。ですから段の差は年齢差に置き換わります。
同じ段 … 同い年 / 四歳差 / 八歳差
相手が一段上 … 一歳上 / 五歳上 / 三歳下
ただし注意点があります。これは目安であって判定基準ではありません。生まれ月と節気の兼ね合いで、同じ年齢差でも段が変わることがあります。年齢差から逆算しないでください。
六合が出ていても、段のほうが強く出ます
ここが今日いちばんお伝えしたいところです。
巳年の方と申年の方。巳申は六合ですから、表を見ると「合」と出ます。
でも巳酉丑と申子辰は一段ずれた組です。日々の生活では上下の構図が働き続けます。表では合なのに、当人たちだけが理由の説明できない疲れを抱える。冒頭の「合うと出たのにしんどい」は、たいていこれです。
六合が無意味という話ではありません。見ている場所が違うのです。六合は場面ごとの噛み合い、段は関係全体の高低。別々のものです。
ちなみに巳申は六合であると同時に刑でもあり破でもあります。一つの組み合わせに三種類の札が立つ、珍しい配置です。良いところだけ拾うと必ず外れます。
「合う相手」ではなく「続く条件」を探す
段で見るようになると、質問が変わります。
この人と合いますか、ではなく、この関係はどうすれば続きますか、に変わります。
同じ段なら、立て合う手間を惜しまない。
一段上なら、下の側の疲れを定期的に抜く。
一段下なら、勝負の形を持ち込まない。
二段離れなら、距離そのものを味方にする。
最後にひとつだけ。
前回この場所で、相性は何枚かの層でできているという話を書きました。今日の段は、そのうちの一枚です。
段が離れていても、足りない五行を補い合う力が強ければ人は惹かれ合います。噛み合わないまま離れない。そういう形で出ます。
ですから段が悪くても、そこで止めないでください。段が良くても、日支まで見ないと結論にはなりません。
一枚で決めない。今日もそこに戻ります。