前回 に引き続きまして 24時間テレビについて 考えすぎてみます。
企画に対する 1視聴者のモンクたれな 内容ですので
嫌いな人は スルーしてください。
今回は 24時間マラソンに 焦点を当ててみました。
マラソンの歴史は
第15回(1992年)に 当時43歳の間寛平さんが
200㎞を予定していて 153km走ったところから
始まります。
毎年同じ距離かと思っていたら人によって走行距離は違うようで、
これまで
一番長い距離を走ったのは
間寛平さん 第18回(1995年: 46歳当時) 600 km!!!
一番短い距離を走ったのは
徳光和夫さん 第34回(2011年:70歳当時) 43.7 kmとも63 kmとも言われています。
最年長は
70歳当時の 徳光和夫さん 第34回(2011年)
最年少は
佐々木健介・北斗晶一家 として出場した佐々木誠之介さん 9歳当時
第35回(2012年)
歴代参加数は
延べ人数 32人、 実質 30人
企画開催は
26回。
と
歴史が厚い様子です。
改めてみると 間寛平さん ハンパなく すごいですね。
超人だ。
間寛平さんが 第18回に
自宅から ゴールの日本武道館まで
600 kmと 限界を目指して走っていたのは、
被災者へ勇気を!! 復興に力を!!!
苦しくても頑張るから 間さんの 元気を受け取って
との メッセージを込めていたようで。。。。
笑いながら やっておられるのに
間寛平さんが 走っている
と なんだかすごく感動したのを 記憶しています。
後は テレビで観たかもしれませんが 記憶に残っていません。
そういえば
まだ SNSが発達していない時代、
24時間テレビで 映らない時間帯に
マラソン走者が 地下鉄や 搬送車で移動していた と
火の無い煙のような 噂が 風物詩となっていた時もありましたね。
さて、
私は そもそも マラソンはあまり好きではありません。
一般的思考が 女なので テレビのマラソン競技放送を
ジッと観ていることが できないのが 原因の1つ。
走るのが苦手なのが 原因の1つ。 です。
だんなさんは 始めから観始めると 最後まで見たいそうです。
ふーーん
理解できなーーーーい
競技マラソンを 鑑賞することが できない私が
競争もない、記録も求められない
なんの目的で走っているか よくわからない
24時間テレビのマラソンに 感動して見続けることは難しい です。
『目的が無いのに 何故マラソン企画をまだ続けているのか』
気になったので ネットで調べてみました。
ゆるく分かったことは
走った走者は
1年間 日本テレビ内の いろんな番組に
出演が 約束されている
ということです。
そうか、走者の人は 生活がかかってるから
必死に頑張ってるんだな。
マラソンに出るんだなあ
と 納得してみたものの
もやもやもや
テレビの番組で芸や能力を披露する場が
中々なくなってきている昨今、
マラソンに出て テレビ出場権を勝ち取り?
顔を売って?
と いうこと???
芸人さんにしろ、タレントさんにしろ
自分の芸や 能力では 勝負しないのか??
こういったマラソンって
自分の売りたい芸や能力と まったく関係ないのでは?
なんて イジワルなことを 思いつきます。
また
24時間テレビにつき 1組しか
つまり1年に1度 1組しか チャンスがないワケです。
出場者を 5~6組にして競わせれば
どう?
と もうちょっと タレントさんたちの 出られるチャンスを 広げる案を考えつきます。
。。。。。
いやあ でも
まだ
M1グランプリや R1ブランプリで優勝したり 印象に残ったりして
テレビ出場が増える方が
納得いくなあ。
24時間テレビのマラソンは
走ること 大変でしょうけど
そちらに労力を使うのって 違うのでは??
売り込み方としては やっぱり ナシだな
と 結論付けるのでした。
つづく